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和也くんの不思議な日常  作者: ポアロ
真理子編
9/52

9 勉強会

 佐々木の案内で無事に家に着くと、彼を二階の自室に招いた。部屋にはベットと勉強机と本棚があり、その一角に教科書や問題集が積まれている。

 「そっちの椅子、座ってくれ。俺はこっちの折りたたみ椅子使うから」

 勉強机を指さすと、佐々木は腰を下ろした。

 元々ダイニングテーブルとして使っていたテーブルなので、二人で並んで座っても十分に余裕があるのだ。

 机に向かうと、数学の問題集に取り掛かった。佐々木は和也が貸した世界史の教科書を眺めている。しばらくは黙々と問題を解いていたが、途中で手が止まってしまった。

 「ちょっといいか?」

 赤ペンで印をつけた箇所を佐々木に見せる。

 「これ、途中までは合ってると思うんだけど、この先でどうしても詰まるんだよな」

 佐々木は問題集を手元に引き寄せると、問題文を一瞥した。

 「……極限の問題か」

 しばらく問題集を眺めていた佐々木が、和也の解答を指差す。

 「ここの式変形が間違ってる」

 「え、これじゃダメなのか?」

 「分母のところ……この絶対値、外す前に場合分けが必要だろ」

 佐々木はさらさらと紙の隅に補足説明を書き足していく。佐々木の書くメモは余計な情報が削ぎ落とされており、簡潔に整理されていた。

 「で、こうやってε-N論法を使って証明終わり」

 書き終えると、佐々木は何事もなかったかのように和也の方へノートを押し戻した。

 ――すごい。こいつ、本当に頭がいいんだな。

 「俺がやった方法でも、計算ミスしなければ解けてはいたよな?」

 「間違ってないけど余計な計算が増えてる」

 「そっか……なるほど、整理の仕方が全然違うんだな」

 ついでに他の問題も聞いてみることにした。今度は空間ベクトルの応用問題だ。

 「これ、三角錐の体積を求めるやつなんだけどさ、どうやっても途中で計算がぐちゃぐちゃになるんだよな」

 自分で解いたノートを見せると、佐々木は怪訝そうに言った。

 「……これ、いちいち辺の長さとか出す必要ないだろ」

 「だって、普通そこからやるんじゃないのか?」

 「外積使った方が早い。これ三次元だし」

 佐々木は余白に空間ベクトルの公式をさらさらと書き始めた。

 「これが底辺のベクトル、これが高さ。外積で平行四辺形の面積出して半分にして……体積はこれで終わり」

 「……待って、そんな簡単に終わるの?」

 「簡単だろ」

 「いや、俺のやり方だと十行くらいかかったのに……」

 佐々木の書いたノートを食い入るように見つめながら、和也は心底感心していた。

 「ていうか、お前教えるの上手すぎだろ」

 「そうか?」

 「いやマジで。学校の先生より全然分かりやすい。俺、他人の解説がこんなにスッと入ってきたの初めてだわ」

 佐々木は少し黙り込んで、顔をそむけるようにしてペンを置いた。

 「別に普通だろ」

 「いやいや、こんなの普通じゃないって。職業にできるレベルだよ。塾の講師とかマジで向いてると思う。こう、難関大向けのさ」

 「……大袈裟すぎ」

 その後も、さまざまな数学の難関問題を佐々木は淡々と解説していった。

 「……でもさ、このレベルの問題をそんなに簡単に解けるやつ、なかなかいないよな」

 「お前も結構解けてるだろ」

 「いや、俺は考え方が散らかるタイプだし、時間もかかる。佐々木みたいにぱぱっと筋道立てては解けないよ。本当にすごい」

 褒め続けられて佐々木はむず痒そうに顔をしかめていたが、和也は知る由もない。


 気がつけば時計の針は午後七時を指していた。ペンを置いて大きく伸びをする。

 「ありがとう、佐々木。ほんと助かったわ」

 「別に」

 「ていうか、結局俺の勉強に付き合わせちゃったな。ヤバそうなの世界史と古文と現代文だっけ? でも佐々木なら前日に教科書に目通すだけでいけそうだな」

 「じゃあ前日に教科書貸してくれ」

 「いや、冗談だよ。流石に三科目一夜漬けはヤバいだろ。ていうか、リビングにコピー機あるから印刷するか?」

 「……助かる」

 二人で部屋を後にして、階下に向かおうとしたその時、玄関の鍵が開く音がした。続いて、母の「ただいま」という声が聞こえてくる。

 佐々木と一緒にリビングに下りると、ちょうど母が買い物袋を片手にキッチンへ向かおうとしていた。父もスーツ姿のまま後ろから続いてきている。

 「おかえり」

 和也が言うと、母が足を止めて振り返った。そして佐々木を見た瞬間、一瞬固まる。

 「あら、和也のお友達?」

 その声はいつもと変わらない明るさだったが、その奥には微かに緊張が隠されているようだった。

 「お邪魔してます」

 「佐々木っていうんだ。夏休み明けに転校してきた」

 和也が簡単に紹介すると、母は一瞬言葉を失ったが、次の瞬間には普段通りに戻っていた。

 「佐々木くんね。いらっしゃい!和也が友達を連れてくるなんて珍しい」

 「もうすぐテストだから一緒に勉強してた。佐々木の家、めちゃくちゃ近所だったんだ」

 「そうなのね。お腹空いてない?今夜はカレーだから、よかったら食べていって」

 母はにこやかに言いながら、買い物袋を持ち上げてキッチンへ消えていった。

 「部屋で勉強してたのか。疲れただろうから、リビングで少しゆっくりしていきなね」

 父も佐々木に気さくに声をかけて、シャワーを浴びに行く。

 一方で和也は違和感を覚えていた。うまく説明できないが、両親と佐々木の間に漂う空気がどことなくぎこちないような気がしたのだ。

 「お前の親、元気だな」

 「まあ、そうだな。お前も腹空いてるだろ?うちのカレー、結構うまいぞ」

 「いや、今日はもう帰るよ」

 「そうか?じゃあ俺、送っていく」

 「ばか。お前が来たら俺がまた送り返すハメになるだろ」

 「あ、そっか」

 ――ガシャン。

 キッチンで、お皿が落ちる音がした。

 「え、母さん?大丈夫」

 「ごめん。ちょっとびっくりして。佐々木くんに話したんだね。病気のこと」

 驚いたような声で母が言う。和也は家族以外に病気を知られることを極端に嫌がっていため、無理はない。

 「あー、今日バレた。そうだ、暇な日は帰りも一緒に帰ってくれないか?工事終わるまで」

 「……いいけど、工事ってなんだ?」

 「駅前、工事してるだろ。そのせいで今まで通学の目印にしてた看板がなくなったんだよ。それまでは俺だってちゃんと一人で学校に行けてたんだ」

 「なるほどな。それであの日、道端にしゃがんでたのか」

 「う……あれはもう忘れてくれ」

 


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