事情説明
放課後、佐々木を部屋に呼んだ。
スイは案の定、勝手にベットの上に寝そべっている。彼のことは佐々木には見えていない。幽霊だから当然だ。佐々木を勉強机の前の椅子に座らせて、和也はベッドの端っこに腰をかけた。どこから話すべきだろうか。
「……まず、スイさんと出会ったのは、映画の帰り。俺がいきなり柱に向かって走り出して、声をかけたの、覚えてるか?」
「……ああ」
「あの時は咄嗟に見間違いだったって誤魔化したけど、本当は……顔を見た瞬間にわかった。幽霊だって」
しばしの沈黙の後、佐々木が口を開いた。
「母さんの時と同じか?」
「うん。ほら、俺って人の顔、分からないはずだろ?でもスイさんの顔ははっきり認識できたんだ。真理子さんの時もそうだったんだけど」
一息ついて、ベッドのシーツを無意味に指でなぞった。
「家があるわけでもないし、行くところもないって言うから……とりあえず、うちに連れてきた」
「簡単に言うけどな」
佐々木が低い声で言う。
「素性の分からない幽霊を家に連れ帰って、しかも今日みたいに勝手に体使わせてるだと?危険すぎんだろ」
「……でも、なんていうか。体が入れ替わった時に、真理子さんの時と違ったんだ。重みっていうか……“まだ実態が残ってる”って感覚がして」
「ハッ……実態?俺には何も見えないけどな」
「そうだけど、スイさんは……この世界にすごくリアルに“存在してる”感じがして。だから、たぶん普通の幽霊じゃないんだと思うんだ」
佐々木は口をつぐみ、和也の言葉をゆっくり咀嚼するように眉間を押さえた。
「で、今はスイさんの正体を調べようとしてる。生前、どんな人だったのか。なんで記憶がないのか。もしかしたら、ちゃんと“死んでない”のかもしれない」
「……それって、つまり」
「うん。もしかしたら、死にかけている、とか――」
そこまで言って、口をつぐむ。
「……なんにせよ、ちゃんと調べる。まずはスイさんが、何者なのかを知るところから」
スイはそのやりとりを黙って聞いていた。珍しく何も茶々を入れてこない。
佐々木はしばらく黙ったあと、ゆっくりと口を開いた。
「……お前は、平気なのか」
「うん。大丈夫。今のところ、スイさんに危害を加えられたことはないし……スイさんも、俺の体を勝手に使って悪いことしようとしてるわけじゃないと思う」
「思う、って……。そこが曖昧だから不安なんだよ。もし、お前の意識が戻らなくなったらどうする? “返さない”って、今日、アイツ言ってたよな。……冗談じゃなく、ああやって乗っ取られたら、どうするつもりだ?」
「……それでも、信じてみたいんだ。誰かがちゃんと、スイさんを見つけてあげないと、きっとこのまま誰にも気づかれずに消えちゃう気がするから」
沈黙が降りる。
「俺は、そいつを信用出来ない」
「……うん。まあ、そうだよな」
「……そいつのことでお前が動くときは、俺も同行する」
スイが、「過保護だなぁ」と、呆れたように呟いた。
「ごめん。また迷惑かけちゃうな」
佐々木は深くため息をつき、部屋を見渡した。
「で?そいつ、今もここにいるんだよな?」
「……ああ。ベットの上に」
「ここだよー」
スイがぐーんと手を挙げる。佐々木には見えないけれど。
「スイさんのことを調べるのは冬休みに入ってからにします」
佐々木が帰った後、和也はスイに向き合い、断言した。
彼はじーっと和也の目を見つめてくる。
「へー、本当に調べてくれるんだぁ。ところで冬休みっていつから?」
「今週からです。金曜日が終業式で」
「終業式とか懐かしいなぁ」
「それまでに、手がかりになりそうなこと思い出しておいてください」
「はは、無茶言うねぇ」
確かに無茶かもしれないが、今はそれしか方法がないのだ。




