学校生活withスイ③
「お、早川じゃん。どうしたの?うちのクラスに用事?」
八組の前を通ったとき、入口にいた女子に声をかけられた。すらっとした体型に、髪はセミロング――情報が少なすぎて誰だか判別できない。
この学校には南校舎と北校舎があり、二つの渡り廊下がそれをつないでいる。八組は南校舎の一番奥にあり、この時間にこの場所を通るのは、大抵八組に用のある生徒だけだ。
図書室へ続く渡り廊下の先の、朝は人が通らず静かな場所でスイと話すつもりだったのだが。
「実はその、図書室の返却ボックスに本返そうと思って」
「えー、昼休みにすればいいのに。もうすぐ予鈴鳴るよ。早川、二組だよね? 間に合う?」
「うん、急ぐ」
廊下を渡り終えると、案の定誰もいなかった。
「青春だねぇ。さっきの子、結構可愛かったじゃん。見た目は清楚系っぽいけど、話し方サバサバしててさ」
それを聞いて、さっきの女子が鎌田だったのではと見当をつける。確か山本も鎌田について似たようなことを言っていた気がする。去年は同じクラスだったが、今年は八組のはずだ。
「あの。家を出る前にした約束、もう忘れたんですか?」
「覚えてるって。周りに人がいたら無視されても文句言わない。二人きりの時以外無闇に話しかけない。勝手に触って入れ替わったら出禁」
「……覚えてるなら」
「別に、さっきまでのは独り言みたいなもんじゃん。君が無視すればいいだけの話でしょ?」
「そうですけど……」
「そっかぁ……」
スイはニヤリともせず、淡々と言った。
「和也くんはお人好しだから。いくら幽霊相手でも、無視するのは心が痛むんだ?」
……このやろう。
「分かりました。これからは独り言としてスルーします。それと、言ってなかったんですけど……俺、道を覚えたり人の顔を認識したりするのが苦手なんです。そういう障害で。だからマップがないと通学できないし、さっき話しかけてきた女子も正直、誰か分かりませんでした。今後もそういうこと、あると思いますけど……いちいち驚かないでください」
キーンコーンカーンコーン――。
「あ、予鈴。教室戻ります。いいですか?くれぐれも、変なことはしないでくださいね」
「……ああ、うん」
そう答えたスイは、さっきより少しだけ落ち着いた顔をしていた。
一時間目は数学だった。科目は数Ⅱだが、うちの学校の授業はほとんど演習に近い。
プリントには大学入試で過去に出題された微分・積分の過去問が四問載っており、それを四十分で解いて、残りの時間で先生が解説する、と言った感じだ。また、放任主義なため、寝ていたり内職したりする人がいても、誰も咎めない。
今日の問題は、この間佐々木が解説してくれた問題に似ていたため、スラスラと解くことができた。
「……ひぇ〜さっぱりわかんねぇ。みんな頭いいんだねぇ」
スイはしばらく隣でプリントを眺めていたが、すぐに飽きたのだろう。教室をうろうろし始めた。そして、教卓でパソコン作業をしている数学教師の元に向かっていく。
「わあ。ねぇ、この人こんなすました顔でエロ漫画読んでるよ。しかもこれ、違法サイトじゃない?」
……知りたくなかった。
「えー、なになに……『強制発情学園★絶頂の鐘は7限目に鳴る』……タイトルだけで胃もたれしそう」
「ぶっ——ゴホッ、ゲホッゲホッ……ッ、ゲホッ、うぇっ……!」
思わず変なところで息を吸って、気管に入った。喉が焼けるように痛いし、涙も出てくる。呼吸を立て直そうとするたびに、またタイトルが脳内再生されて、追い咳が止まらない。
嘘だろ……。
あの教師、独身アラフォーで、声が小さくて、地味で、いつもベージュかグレーしか着てなくて、メガネは昭和から時を止めたような形で……。
正直、無害を通り越して空気みたいな存在だったのに。
なんでそんな人が、堂々と違法サイトで『強制発情学園★絶頂の鐘は7限目に鳴る』読んでんだよ。
意味がわからない。いや、理解したくない。
よりによって、 数ある中でそれ選ぶか?
だめだ……。もうあの先生のこと直視できない。




