5 体育の時間
体育館に入ると、生徒たちは既に、各々練習を始めていた。
「すみません、遅くなりました」
椅子に座って出席簿を眺めている体育教師に近づいていく。
「おー、戻ってきたか。俺はてっきり早川も一緒にサボりに行ったんだと思ってたぞ。まあよかった。あっちの空いてる台使え。あと、佐々木は次回から学校指定のジャージで来いよー」
佐々木を制服のまま引っ張ってきてしまったことに、言われてから気がついた。
「いこう。あと二十分くらいはできるだろ」
「上手いな……」
「いや、お前が下手なんだろ」
呆れた佐々木の声に申し訳なさを感じつつも、内心、大喜びしていた。
――ラクだ!
何度ピンポン球を拾いに行こうが、佐々木を目印にすれば、全く迷わずに同じ台へと戻ってこられるのだ。特に今日の佐々木は、髪色以前に、みんながジャージを着ている中、一人だけ制服だ。
「だって佐々木、スマッシュ打つじゃないか。ラリー続けたいのに」
「勝負したいんじゃなかったのかよ」
「……勝負は次の回にしよう。今日は練習」
「ははっ……わかったよ」
まただ。今日の佐々木はいつもよりよく笑う。それが純粋に嬉しかった。
体育が終わり、更衣室へ向かっていると、クラスの女子が集まってきた。
「早川いつの間に佐々木くんと仲良くなったの?」
「めっちゃびっくりしたんだけど」
「佐々木くんがまともに会話してんの初めて見たわ」
案の定、質問攻めにされる。
「家が近所で、朝とかよく会うんだ」
本当はここ最近毎日なのだが。
「へぇー。ねえ、佐々木くんてどんな人?」
「どんなって……俺もまだ、そこまで深く話したことはないから分からないけど、優しい奴だよ。親切だし」
毎朝嫌な顔せず……かどうかは分からないが、待ち合わせ場所に来てくれる。それに今日だって、面倒であれば和也に付き合う必要はなかったのに、結局体育館まで来てくれた。
「うっそぉ!あの見た目で?」
「えー、それなら私も話してみたいな。けどやっぱり怖いー」
やはりみんな、佐々木を怖がっているようだった。
「佐々木のどこが怖いんだ?頻繁に怪我をして学校に来るからか?」
「うーん、それもあるけど、話しかけるなオーラが凄い」
「わかる。そもそもあんま教室いないしね」
そんなにいなかったのか。ひょっとすると、教室にいない時はいつもあの第二音楽室にいるのかもしれない。
「けど佐々木くんってめっちゃかっこいいよね。そのせいで余計に話しかけづらいかも」
その言葉に首を傾げる。
「なんでかっこいいと話しかけづらいんだ?顔が怖いから、なら分かるけど」
「えー、逆に早川は美人な子に話しかける時、緊張しないの?」
「する……のかな?経験がないから分からない」
「おい、うちら全員ブスって言いたいんかコラ」
ポニーテールの女子に襟首を引っ張られる。この遠慮の無さは清水に違いない。
「いや、うそうそ!あ、清水、体育の前までは髪下ろしてたよな。ポニーテールも似合ってる」
「……むぅ」
ようやく清水が手を離してくれた。そうか、普通は美人に話しかける時、緊張するものなのか。和也がまだ人の顔を認識することができていた小学生の時は、「かわいい子」はいても「美人な人」はまだいなかった。
男子更衣室に入ると、すでに多くのクラスメイトが着替え始めていた。
「おい、まさかマジで佐々木連れてくるとはな。どんな技使ったんだよ?」
「めっちゃ普通に卓球してたね佐々木。案外普通のやつなのかな」
「おい、騙されるな。絶対何か裏があるに決まってる。おい早川、マジでどんな人参ぶら下げて連れてきたんだよ?」
声と態度で山本と吉川だとすぐに分かった。
「何にもないよ。裏なんて。普通に卓球勝負しようぜって言ったらついてきたんだ」
「ひひひ、自分から勝負ふっかけておいてあれかよ。まじ、ボコボコにされてたじゃん。だっせー」
山本がここぞとばかりに揶揄ってくる。
「うるさいな。ていうか、そんなに見てたのかよ俺たちのこと」
「いや、見てたも何も、隣の台にいたよ僕ら。なのに早川全然こっち見ないんだもん。まあそれだけ集中してたってことか。完敗だったけど」
その言葉に、自分の顔がすっと凍りつくのが分かった。
全然気が付かなかった。佐々木に意識を向けすぎたせいで、周りへの注意が散漫になったのだろう。
「そろそろチャイム鳴るよな。急がないと」
話題を変えるように言い、忙しなくジャージを脱いだ。