あだ名の命名
「まず、あなたの名前と職業を教えてください」
バーテン服の男に向き合い、真剣に問いかける。なんだか職質みたいだな、と思う。
「それがさぁ、何も思い出せなくてさ。気づいたら道に突っ立ってて、とりあえず人に話しかけたんだけど、みんなスルー。冷たくない?」
確か真理子も、同じようなことを言っていた。でも彼女は、自分が幽霊だと自覚した瞬間に、生きていた頃の記憶を思い出したと言っていたはずだ。幽霊にも個人差があると言うことだろうか?
「あの、自分が幽霊だって自覚するのがまず重要だと思います。以前出会った幽霊の方は、それで記憶が戻ったらしいので」
「え、他にも幽霊と会ったことあんの?やば、俺も会いたかったー。今どこいんの?」
「……成仏されました」
「うわー、マジか。先輩って呼ぼうと思ってたのに。てか、成仏ってどうやんの?申請とかあんの?」
「いや、俺に聞かれても……なんか、やり残したこととか、気がかりを解消すれば、みたいな」
「ん〜、やり残し……とりあえず、酒……?」
「違うと思います」
この人、背は高いし顔も整ってるのに、とにかくだらしない。もしかして、生前ヒモだったんじゃないだろうか。
このままじゃ埒が明かない。そう思って、ちょっと発想を変えてみることにした。
「……じゃあ、仮に名前を付けてもいいですか?」
「え、いいの?嬉しい〜。どうせならさ、酒の名前がいいなあ」
「……じゃあ、“獺祭”とか」
「ダッサ……いやダジャレじゃなくてさ。てか獺祭知ってるんだ?渋いじゃん」
「親が飲むんです」
「あ〜、なるほど。でも俺、獺祭って感じじゃないよねぇ」
「じゃあ、“ジン”とか」
「それコナンの人じゃん」
「えっ、コナンご存知なんですか?生前の記憶はないとおっしゃってましたよね」
「……あっ、ほんとだ。なんで知ってんだろ、俺」
男は自分でも驚いたように首を傾げた。
――いや、でも確かに。今さらだけど、さっきから“バーボン”、“ジン”、“ウイスキーボンボン”果ては“獺祭”まで。やたらと酒関連に詳しい。
生前の記憶がないって言うわりに、知識だけは妙に残ってるらしい。
記憶を失っても、“知ってること”は魂に刻まれているのか?それとも、この人が特別なのか。
「うーん……じゃあ、“翠ジン”から取って、“スイ”とか?緑のボトルのやつ。最近コンビニでもよく見ますし」
「え〜、ちょっとやわらかすぎ?女っぽい気もするけど……まぁ、響きは嫌いじゃない」
「じゃ、スイさんで」
「もう決まり?即決だねぇ、まあいっか。よろしく〜」
勝手に納得して、勝手に名前に満足したスイは、和也のベッドの上でゴロゴロ転がった。
「……俺も寝るので、ベッドから降りてくれません?」
「えー。俺もベッドがいいなあ。床冷たいし」
やっぱりおかしい。というか、幽霊って眠くなるのだろうか。少なくとも真理子はそんなこと言ってなかった。
「じゃあせめて、どっちかに寄ってください。俺、明日も学校あるんで」
「ああ〜、そうか。君って高校生なんだっけ。若いなあ〜」
スイはコロンと壁際に寄った。
でも、シングルベッドに高校生と成人男性(?)が並んで寝るとか、普通に無理がある。
しかも、肩と腕が重なった部分だけ、ひんやりと湿った粘膜みたいな感触がある。
「……あの、これ、重なってますよね。身体」
「だねぇ。面白いね〜この感じ」
スイがぬるっと左手を差し込んでくる。
「ひいっ……ちょ、やめてくださいってば!」
「え〜、なんかゾクゾクするじゃん、こういうの」
「気持ち悪いんですよ!重なってるところが!」
「ほらほら〜、ここ心臓? うわ、これかな〜」
スイの指が胸に触れた瞬間、視界が真っ白に光り――。




