今度の幽霊は
「酒ないの?ワインでも焼酎でも、日本酒でもなんでもいいけどさぁ。できればバーボンがいいなー……」
「……高校生の部屋にあるわけないじゃないですか」
アーケードで倒れてた“バーテン服の幽霊”は、その後なぜか和也の家に居座っている。ちゃっかり床に座って酒を所望してくるその姿は、幽霊というよりただのダメな大人にしか見えない。
「えー……じゃあチョコレート……ウイスキーボンボン的なやつとか……」
「それもないです。ていうか、幽霊って飲み食いできるんですか?」
「うーん、やっぱ俺って幽霊なのかなぁ。実感ないんだけどねぇ」
欲しがるものが供養とかじゃなくて、酒と甘いもんってあたりが現実味なさすぎて、正直困る。
……でも、思い返せば、日常が少しずつ狂い始めたのは、二学期のはじめからだ。
夏休み明けに、佐々木幸介という転校生が和也のクラスにやってきた。
金髪にピアス。見た目のインパクトが強すぎて最初は驚いたが、そんな外見の生徒は他にいないため、和也でも間違えずに見分けられた。
小学生の頃の事故の後遺症で、和也は地誌的失認と相貌失認を抱えている。つまり道も覚えられないし、人の顔も識別できない。だから、見分けられる誰かは、それだけで特別な存在になる。
佐々木とは、ある朝迷子になっていたときに偶然出会い、それをきっかけに和也が頼んで一緒に登校するようになった。自然と会話も増えていった。
そして、その時期と同じ頃――幽霊が見えるようになった。
最初に現れたのは佐々木の母親だった。真理子と名乗る彼女は「殺された」と言い、和也にその真相を探ってほしいと頼んできた。混乱しながらも彼女に協力することを選んだ。
その過程で、忘れていた記憶をひとつ思い出した。佐々木は、小学四年の頃に仲良くしていた、毎日一緒に遊んでいた男の子だった。佐々木が転校し、その直後に和也は事故に遭って、当時の記憶を丸ごと失っていたのだ。
真理子は和也の身体を借りて残された家族に気持ちを伝え、最後は笑って消えた。あれで幽霊騒ぎは終わったと思っていた。
――が、冬の夜。佐々木と映画を観た帰り道、アーケードの隅でまた“見て”しまった。バーテンのような格好をした、妙にきれいな身なりの男が倒れていたのだ。男は和也を見て、こう言った。
――「見えるんだ、俺のこと」
その後、男は勝手に和也の隣を歩き始めた。
家の近くまで来ても全然帰ろうとせず、最終的に「いや、ちょっとだけ。ほんとちょっとだけだから」などと意味不明なことを言いながら、ちゃっかり和也の部屋に上がり込んだ。
「狭いけどさ、なんか……人の気配があると、落ち着くんだね。変だね」
「……狭くてすみません。って、まさか本気で居座る気ですか?」
「ん〜、居候……じゃなくて、滞在?軽めのステイ?って感じで、頼むよ」
こうして“普通じゃない日常”は、また勝手に上書きされた。
佐々木の母、真理子の幽霊が消えて、ようやく落ち着いたと思ったのに。
今度のこの人は……どう考えても、もっと面倒そうだ。




