45 第二の幽霊現る
「めちゃくちゃ怖かった……特にお爺さんがいきなり発狂するシーン」
「あの時お前、ちょっと叫んでたよな」
「あ、やっぱ聞こえてたか。恥ずかしい……」
「多分俺しか気づいてない」
ファミレスのボックス席に向かい合って座り、佐々木とさっきまで観ていた映画の話で盛り上がっていた。
佐々木と映画を観に行くのは、これが三度目だ。今回はクライムサスペンスとホラーが融合したような作品で、正直かなり怖かった。心臓が何度跳ねたか数え切れない。
店内には小さなスピーカーから、クリスマスソングが流れている。鈴の音が軽やかに響き、どこか浮ついた気持ちにさせる。天井には金と赤のオーナメント、テーブルにはサンタ帽をかぶったミニチュアのトナカイ。ファミレスらしい、手作り感のある飾りつけだ。
あの日から、もう二ヶ月――真理子がいなくなってから、季節はすっかり変わってしまった。
少しずつ寒さが増していく街は、すっかり年末の色に染まっている。
「音もすごかったな。さすが轟音上映」
「俺も初めてだったけど……あれ、心臓に悪いな」
「あと隣のカップル、女の子が終始しがみついててさ、あれちょっと羨ましかった」
「……お前、そういうの興味あったのか」
「え、どういう意味だよ」
「いや、なんか意外だっただけ」
佐々木はそう言って、ストローでアイスココアをかき混ぜた。カラン、と氷がグラスの内側を打つ音が小さく響いた。
レジを済ませ、ファミレスを出るころには、外はすっかり夜の帳に包まれていた。吐く息は白く、空気は肌を刺すように冷たい。肩をすくめながら、アーケード街へと歩を進める。頭上では、色とりどりのイルミネーションがまばゆく瞬いていた。赤や金のリボンが吊るされ、ツリーのオーナメントが風に揺れる。店先には「クリスマスセール」の看板が並び、ネオンライトが鮮やかにそれを照らしている。BGMで流れる陽気なクリスマスソングが、どこか現実味を削いでいた。
「もう来週か、クリスマス」
吐息まじりに呟く。
「その後すぐに正月で、春にはもう受験生……。あっという間だったな、二学期」
「そーだな」
アーケードの外れに差しかかった時だった。
「……ん?」
「どうした?」
「なあ、あそこ……人が倒れてる!」
柱の影――イルミネーションの光が届かない、ひっそりとした一角に、人影が横たわっていた。
「おい、待てよ!」
佐々木が制止する声も聞かず、駆け寄る。
近づくにつれて、その男がただの酔っ払いでも、ホームレスでもないことは一目でわかった。艶のある黒のシャツに、深いボルドーのベスト。スラックスは皺ひとつなく、革靴の先まで磨かれている。まるでどこかのクラシックバーから抜け出してきたような装い。だが、その身なりの整い方が、逆に異質だった。この寒空に、こんな場所で横たわっていることが不自然すぎる。
「お兄さん!大丈夫ですか?」
声をかけると、男がゆっくりと顔を上げる。
その瞬間――。
「……!」
脳の奥に、ビリビリとした電流のような感覚が走った。輪郭がはっきりしている。目も鼻も、口元も。ぼやけていない。
顔が、わかる。相手の顔を“識別できる”。
背筋に、冷たいものが這い上がっていく。
「……まさか」
無意識に一歩、後ずさる。
「おい!」
すぐ後ろから、追いついた佐々木の声。
「お前……何に話しかけてんだよ?」
視線を戻すと、男はすでに身を起こしてこちらを見つめていた。その目に、先ほどまでなかったはずの生気が宿っている。
「……見えるの?俺のこと……」
ゆっくりと、男の手が伸びてくる。
次の瞬間、ふわりとその腕が和也を包み込んだ。とっさに避けようとするが、体がすくんで動かない。
ひんやりとした温度。
それなのに――触れている。確かに。
「触れる……。他の人は無理だったのに。ねえ、見えてるんでしょ?」
ぞわり、と背筋を撫でる感覚。あの時と同じ。真理子と初めて出会った、あの夜と――。
――またか……。
消えた真理子。あれからようやく落ち着いたと思っていた日常。それは、やはり束の間のものに過ぎなかったのかもしれない。




