表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和也くんの不思議な日常  作者: ポアロ
真理子編
44/58

44 2度目のお泊まり

 その後も、優作との会話は不思議と途切れなかった。真理子との日々のことをぽつぽつと話すうちに、何度も仕掛けられたお茶目な悪戯のことや、思わず笑ってしまうような出来事がいくつも思い出された。優作はそのたびに、静かに笑って相槌を打ってくれる。

 いつの間にか、自分が持つ障害のことにも触れていた。交通事故に遭ってからのの日々のこと。深く話すつもりはなかったのに、優作がそこにいると、なんだか自然に言葉が出てくる。

 弁護士って、どんな仕事なんですか――そんな問いも、気づけば口にしていた。

 興味があるなんて、自分でもあまり意識していなかったけれど、優作は真面目な顔で、司法試験のことや仕事のことをわかりやすく話してくれた。

 いつの間にか、食卓の皿は次々と空になっていた。佐々木がキッチンへ向かい、気づけばまた別の香ばしいおつまみが食卓に並んでいる。

 そのせいか、つい酒が進んでしまう。

 ふと時計に目をやると、針はもう二十三時を回ろうとしていた。

 「いけない、時間を忘れてた。親御さん、心配してないか?」

 優作さんの声に、小さく首を振った。

 「いえ、大丈夫です。佐々木の家にいるって伝えてあるので。家も、すぐ近くなんです」

 「そうか。それなら――もう遅いし、明日も休みだろ?よかったら泊まっていきなさい」

 思いがけない言葉に、少しだけ返事を迷った。

 「えっ、でも……」

 グラスを口に運んでいた佐々木を、ちらりと伺う。

 彼は何も言わずに一口飲んでから、静かに口を開いた。

 「泊まっていけよ。別に、初めてでもないんだし」

 「……じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」


 佐々木の後にシャワーを済ませ、ふたり並んで二階の部屋に上がる。前に来たときと同じく、無造作だけど、どこか整った空間だった。

 「お前、ベッド使えよ。俺、床で寝るから」

 「えっ、それは悪いって。俺が下でいいよ」

 「いや、マットレスがないんだよ。座椅子倒して、布団かけて寝てるだけ。バイト前の仮眠とか、よくこれで済ませてるから慣れてる」

 「えっ、佐々木バイトしてたの? 何の?」

 「……古着屋」

 「えー、かっこいいな」

 「従姉の知り合いに頼まれただけだ」

 一瞬、会話が止まる。客の分際で家主を床に追いやるのはどうにも気が引ける。というか、もしかして――前にソファで寝落ちたときも、佐々木は床で寝てたんじゃないか。

 ――あれ? このベッドって……。

 「っていうか、これダブルベッドだよな? 二人で寝ればいいんじゃないか? 優作さんも、多分そのつもりで“泊まっていけ”って言ったんだと思うし」

 佐々木の動きがぴたりと止まる。何か、まずいことを言っただろうか。

 「それは……」

 「え、もしかして、めちゃくちゃ寝相悪いとか? ちなみに俺は、たぶん寝相いいぞ」

 「……寝相は普通。……わかった、俺もベッドで寝る」

 少しぎこちない動きで佐々木がベッドに上がり、和也もその隣に体を横たえた。

 

 「優作さん、いい人だよな。なんていうか、話しやすくて」

 天井をぼんやりと見ながら呟く。

 「……そうだな。あの人、子どもにもわりと……遠慮ないから」

 すぐ隣で返ってきた声は、普段よりも静かで、やわらかかった。

 その響きに耳をくすぐられるような感覚がして、自然とまぶたが重くなっていく。

 「それがいいんだよな。今日も俺の話、ちゃんと聞いてくれてたし……。なんか、大人と対等に話せたの、初めてだったかも」

 「……お前、ちょっと酔ってんだろ」

 「えっ、ばれてた?」

 「顔には出てないけど、しゃべり方でわかる」

 「そっか……へへ。なんか今、ふわふわしてて、楽しいんだ」

 ごろんと横に転がり、そのままの勢いで佐々木の方へ身体を預ける。肩がそっと触れ合い、頭のてっぺんがかすかにくっつく。酔いの力を借りれば、少しくらい素直になれる気がした。

「……ありがとな、佐々木」

 目を合わせてそう言った瞬間、佐々木の身体がわずかにこわばったのがわかった。呼吸が浅くなり、まるで何かを飲み込むように喉が動く。

 ――やっぱり、なんだか照れくさいよな。

 「……なんだよ、いきなり」

 「んー……なんか、楽しくてさ。今。だから、そう言っときたくなっただけ」

 返事はなかった。けれど、拒まれることもなかった。ただ、沈黙だけが、ゆっくりと隣に寄り添ってくる。

 それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 「そういや、まだ言ってなかったけどさ……俺、思い出したんだ。……全部」

 声がかすれていた。自分でもわかるくらい、喉の奥がつまっていた。

 「……ごめんな、手紙書くって言ったのに。……また、一緒にプラネタリウム行こうって、言ってたのに……」

 酔いと眠気で、思考がだんだんととろけていく。それでも今だけは、どうしても伝えたかった。

 ――ちゃんと思い出したんだよ、俺。

 そのとき、不意に腕を引かれた。ぐっと引き寄せられて、頬が服の布地に触れた。心臓の音が、すぐそばで鳴っている。

「……っ、佐々木……?」

「……もう、わかったから」

 押し殺したような、低くかすれた声だった。

 彼の手が一瞬、宙をさまよい、ためらいながらも、そっと背中に回される。

 ――佐々木の心臓の音、すごく速い。

 何か言い返したかった。でも、もう口がうまく動かなかった。

 胸の奥があたたかくて、少しだけ苦しくて、それでも安心していた。

 目を閉じる。静かな鼓動に包まれながら、和也はそっと、眠りに落ちていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ