表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和也くんの不思議な日常  作者: ポアロ
真理子編
PR
32/58

32 事件の真相

 和也はアルバムのページを見つめたまま、携帯を取り出した。鴻池との別れ際に電話番号を交換したのだ。佐々木の視線を感じながら、少し迷ったものの、結局発信ボタンを押す。

 コール音が数回鳴った後、相手が出た。

 『……なに?』

 不安そうな声だった。一瞬、どう切り出すか迷ったけれど、結局そのまま口にした。

 「君の父親のことを聞きたいんだけど」

 短い沈黙の後、受話器の向こうから小さくため息が漏れる。

 『なんで……?』

 「ちょっと調べたいことがあって。……お前の親父って、今どこに住んでる?」

 『知らない。離婚してから会ってないし』

 やっぱり、離婚していたか。

 『……でも、職場ならわかる。鹿島製薬だよ。もともとは研究職だったらしいけど、今もそこで働いてるかはわからない』

 佐々木と目を合わせる。無言のうちに情報を確認し合い、鴻池に礼を言って通話を切った。

 「……製薬会社、か」

 「研究職なら研究所にいる可能性が高いけど……それだと、結構遠そうだな。今日はダメもとで本社のほうに行ってみよう。部門移動ってパターンもあるし、情報くらいは掴めるかもしれない」

 「今から行くつもりなのか?」

 「ああ。今すぐ、確かめたい」

 最寄り駅までの道を急ぎながら、佐々木がスマホでルートを検索してくれる。鹿島製薬の本社は、電車を乗り継げば四十分ほどで着ける距離だった。

 佐々木に続き、ICカードで自動改札を通る。真理子はするっと後ろから付いてきた。なんだか今日は、彼女の表情がいつもより暗い気がする。俯きがちで、視線も合わない。今から会うのが自分を殺した犯人かもしれないのだから、当然か。

 電車の中では、三人とも無言だった。窓の外に広がる景色をぼんやり眺める。何かがはっきりするのか、それともただの勘違いに終わるのか――。

 途中で乗り換えが一度。ホームに吹き抜ける風はどこかひんやりしていて、真理子の存在と重なるように感じられた。

 そうして、ビル街の中に建つ鹿島製薬の本社が目の前に現れたとき、背筋には、冷たい汗が流れていた。

 ――ここで、すべてがわかるのかもしれない。


 会社の受付で、なるべく落ち着いた声で言った。

 「すみません、鴻池雅也さんに忘れ物を届けに来たんですけど」

 受付の女性が軽く首を傾げる。

 「お約束はされていますか?」

 「いえ、でも急ぎで渡さないといけなくて……。少しだけでいいので、お時間をいただけませんか?」

 そう言うと、佐々木も「ご迷惑はかけません」と淡々と付け加えた。二人の雰囲気がただ事ではなかったからか、受付の女性は一瞬戸惑ったあと、内線でどこかに連絡を取る。

 「少々お待ちください」

 ほどなくして、建物の奥の方から一人の男が現れた。

 ――鴻池雅也。

 背は高く、スーツはきちんと着ているのに、どこかに影を引きずっているような雰囲気があった。

 だが彼が現れた、その瞬間だった。

 「……!」

 真理子が、息を詰めた。

 肩がかすかに震えている。顔から血の気が引いていた。

 「どうしました?」と小声で尋ねるが、真理子は返事をしない。ただ、彼女は鴻池雅也を凝視したまま、震える手をきつく握りしめていた。

 「……思い出した」

 絞り出すような声だった。

 「この人よ……私を川に突き落としたのは……」

 心臓がどくりと跳ねた。

 ――確定だ。

 思わず目を細め、雅也を睨む。だが相手は、ただ訝しげにこちらを見ているだけだった。当然だ。真理子の声は彼には届かない。

 「……君たち、誰だ?」

 低く、警戒心を隠そうともしない声。

 まずい。ここで怪しまれるわけにはいかない。

 「あ、すみません。忘れ物を届けに来たんですけど……人違いだったみたいで」

 「……そうか」

 雅也はしばらくじっとこちらを見ていたが、やがて興味を失ったように言った。

 「もういいか?」

 無言で頷き、佐々木と並んでその場を離れ、ロビーを静かに抜けて、外へ出る。

 冷たい風が頬を撫でた。駐車場の脇で立ち止まり、ふと後ろを振り返った。

 まだ――雅也は、建物の中からじっとこちらを見ていた。

 

 「……警察には言わないで」

 唐突に、真理子の声が響いた。

 「……どうしてですか?」

 驚いて振り返る。彼女は、穏やかな、どこか諦めたような表情を浮かべていた。

 「彼の家族には、罪がないわ。加害者家族にしてしまうのは、酷だもの。それに、今さら告発しても、私が生き返るわけじゃない。騒ぎになれば、また家にマスコミが押し寄せるかもしれないし……私はただ、自分の死の真相を知りたかっただけなの」

 ふっと微笑んで、真理子は言った。

 幽霊になってもなお、彼女は誰かを裁くためではなく、守るための道を選ぼうとしていた。

 言葉を失った。何か返そうとして、口を開きかけたが――何も言えなかった。

 佐々木が怪訝そうに見てくる。

 「……母さんは何て言ってる?」

 和也は真理子の言葉を思い返し、慎重に言葉を選ぶ。

 「……あの人に突き落とされたのは間違いない。でも、彼の家族を加害者にしてしまうのは可哀想だって。真理子さんは、自分の死の理由を知りたかっただけで……もう、これ以上騒ぎにはしたくないって」

 佐々木は、しばらく黙っていた。

 「……そうか」

 ゆっくりと息を吐くと、ポケットに手を突っ込んだまま、空を見上げた。

 「母さんがそう言ったんなら、仕方ないな……」

 「でも……これで、本当にいいのか?」

 佐々木が今、どんな顔をしているのか――知りたかった。目を凝らすが、その輪郭すら曖昧で、見えない。

 「……もう六時だ。帰ろう」

 「……分かった」

 和也は最後にもう一度だけ、会社の建物を振り返る。

 ――本当に、これでいいのか?

 胸の奥に、形のない重たいわだかまりを残したまま。

 二人は歩き出す。その背を、真理子が静かに追いかけていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ