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和也くんの不思議な日常  作者: ポアロ
真理子編
2/52

2 想定外の出来事

 ――you win!

 ディスプレイに表示された文字を眺めつつ、兄を見やる。

 「クッソー!もう一回!今のかなりいい勝負だったよな!」

 「……飽きた。あと眠くなってきた。明日学校だし」

 「え、なに、逃げんの?俺も明日一限あるけど。勝ち逃げは許されねーぞ」

 「はぁ……」

 久しぶりに大学の研究室から帰ってきたと思ったらこれである。

 和也は優也に、対戦型テトリスの相手をさせられていた。ランダムに落ちてくる様々な形のブロックを回転させたり移動したりしながらラインを揃えて消していくという、実に地味なゲームである。先にブロックが積み上がり、画面の上まで達した方が負けだ。

 「研究室の人たちとやればいいじゃん」

 「いや、布教したけど、みんなあんまハマんなくてさ。テトリスに関してはお前以上の好敵手いないわ」

 「好敵手って……俺からしたら雑魚すぎて相手にならないんだけど」

 「いや、今日こそ勝てる気がする。必勝法を編み出した」

 何が必勝法だ。なんでもいいから早く寝かせてほしい。

 ガチャ――ガチャ――。

 二人でテトリスに熱中していると、玄関から鍵を開ける音がした。

 「たっだいまー!おー、優也いるじゃん!」

 父と母が騒々しくリビングに入ってくる。

 「やっと帰ってきた。明日二人とも会社でしょ。大丈夫?」

 「んー?いけるいけるー。まだ十二時だよ?」

 母が脳天気に言いながら、冷蔵庫を漁っている。

 父はワインを準備し始めた。

 まだ飲む気か。両親の酒豪っぷりには毎度驚かされる。

 「……よし、俺の勝ち。俺はもう寝る」

 「えー!もう寝んの?くっそー、一勝もできなかったな。てことで父さん、俺の分のグラスも入れてー」

 「もちろん」

 今夜は一体何時まで飲むつもりなのだろう。呆れながら、和也は一人、二階の自室へと寝に向かった。

 

 次の日、朝リビングに向かうと、父がダイニングテーブルで朝食を食べていた。母はキッチンでお弁当を作っているようだ。

 「おはよう」

 「おはよう。2人ともすごいね。二日酔いなってないの?」

 「俺は少し頭が痛いくらいかな」

 「私は、今日は全然平気。あ、和也、優也起こしてきてくれる?今日一限にテストあるとか言ってたから」

 「え、テスト!?あいつ……余裕かまし過ぎだろ」

 驚きつつ、階段を上って優也の部屋に向かう。優也の部屋は和也の隣だ。

 「おーい。とっとと起きろ」

 案の定、体をゆすってもなかなか起きない。

 「うーん……今何時?」

 「9時」

 「え!?うっそやば!」

 優也が飛び起きた。

 「嘘だよ」

 「なんだよ、ビビらせんなよ。マジ焦ったわ。目覚めた」

 「よかったじゃん」

 二人で戻るとすでに朝食が用意されていた。今日はソーセージと目玉焼きだ。

 

 和也はいつものように、朝、最後に家を出た。鍵をきちんとかける。

 空は一面鉛色の雲で覆われ、低く垂れ込めた景色が心に重くのしかかる。湿った生暖かい風が頬を撫で、思わず顔をしかめた。念のため傘を取りに戻ったが、雨が降り始める気配はまだなさそうだ。

 駅へ向かう道中、いつもの赤い郵便ポストを確認し、そこから目印にしていたピンクの看板を探した。しかし、どれだけ歩いても見当たらない。

 代わりに目に飛び込んできたのは工事現場だった。鉄骨の建物に組まれた足場、白い養生シート、そして道路には大型車両が数台止まっている。あたり一帯がすっかり様変わりしたように感じられた。大型車両によって道が一方通行になっていることも、混乱する要因のうちの一つだった。

 もうかれこれ二十分くらいはこの辺りを彷徨っている気がする。このままでは電車に乗り遅れて学校に遅刻してしまう。

 ――どうしよう。誰か同じ制服を着た人は通りがからないだろうか。

 周りを見渡したが、立ち話をしている散歩中のおじさんしかいない。

 ここは家からせいぜい徒歩十五分程度の場所だ。中学から同じ高校に進学した生徒は自分の他に数名しかおらず、もちろん、その人々の顔を和也は誰一人として覚えていない。また、彼らが自転車通学をしている可能性もある。それを当てにするのは無謀に思えた。

 ダメもとでGoogleマップを開いてみる。駅の名前を入力し、案内を開始してみた。しかし、最初の一歩をどちらに踏んだらいいのかが分からない。コンパスの矢印が、スマホの向きを少し変えるだけでクルクルと回転してしまう。どうしてみんなは、こんなものを上手に使いこなすことができるのだろうか。

 ――マップの指示によると東に進むらしい。太陽のある方向……。

 空を見上げて太陽を探したが、曇っていてよく分からなかった。もう一度あたりを見回す。しかしやはり、工事現場によって何もかもが変わって見えた。目印になるのはあの看板だけだったのだ。

 スマホを片手にうろうろしていると、前から中学校のジャージを着た三人組が走ってきた。邪魔になると思って避けたが、彼らは何故か近づいてくる。

 「おはようございまーす!早川先輩じゃないっすかー!」

 「あ、え……?」

 どうやら知り合いみたいだ。

 「先輩聞いてくださいよぉー!今日朝練あるのにこいつが寝坊してきて。遅刻したら部長にどやされるぅ」

 先頭を走っていた子が言う。

 「いや、お前も寝坊しただろ。実際来るの林とほぼ変わんなかったぞ」

 ツッコミを入れたのは三人の中で一番大柄な子だ。

 「え、そーなの!?お前、自分は間に合いましたみたいな顔して、俺に責任転嫁する気だったんだな!?」

 ――と言うことは、この一番小さい子が林か。

 朝練と言うワードで、剣道部の後輩だろうと当たりをつけた。確かに林という後輩がいたはずである。

 「久しぶり」

 「お久しぶりっす!早川先輩久々に見た〜!ちょっと身長伸びました?」

 「あ、わかるか?去年より5センチ伸びたんだ」

 「え〜羨ましいっす!俺もまだまだ伸びますかね?」

 立ち話を始めようとする男子の頭を、大柄な子が叩く。

 「おい!マジで遅刻するって!」

 「あ、やべえ。じゃあ俺ら急ぐんで!先輩も勉強頑張ってくださいー!」

 和也は走り抜けていく三人の背中を見送った。

 ――助かった。

 もう少し立ち話を続けていたら、ボロが出ていただろう。知り合いにいきなり話しかけられるのが一番緊張するのだ。

 剣道部の後輩達のことを思い出してみる。その中で林と特に仲のいい二人。加藤と佐藤だったのかもしれない。しかし、確信は持てない。

 ――あ、みんなに駅の方向だけでも聞けばよかった……。

 後悔しても遅い。始業の時間は刻々と迫ってくる。またマップを開き、スマホを進行方向に傾けて、なかなか止まってくれないコンパスの矢印との睨めっこを再開した。

 いっそのこと地面に置いてみるかと、道路の端にしゃがむ。

 「……お前何してんの?」

 急に後ろから声をかけられた。振り返ると人が立っている。自分と同じ高校の男子用の制服。そして金髪と、耳にキラキラと光っているピアス。ここまで特徴が揃っている人物は一人しかいない。

 「佐々木!え、佐々木だよな?なんでこんなところにいるんだ?」

 つい最近、同じクラスに転入してきた男だ。まさに救世主。和也にとって佐々木は、学校の中で唯一即座に識別できる人物となっていた。

 「なんでって、前に住んでた家に戻ってきたんだよ。」

 佐々木は呆れたようにいう。

 「前っていつ?」

 「……小四」

 「え、佐々木の通ってた小学校ってこの辺なのか?俺もだよ」

 「……それ、マジで言ってる?」

 佐々木が困惑したような声で言った。

 「え?」

 ――何かおかしなことを言っただろうか。

 「……ほんとに覚えてねぇのか」

 佐々木が低い声で何か呟いたが、よく聞こえなかった。

 「よかった。一緒に学校行こう。今日一限体育だったよな。なんか雨降りそうだ。そうしたらバレーになるかな」

 「……ああ」

 佐々木の声が少し暗いような気はするが、逆にさっき会った後輩たちがうるさすぎただけかもしれない。

 

 共に駅へ向かって歩いている途中、佐々木がふと口を開く。

 「お前さっきマジで何してたの?」

 「えっと、……Googleマップ見てた」

 「……はっ、意味わかんね」

 佐々木が少し笑うのをみて、ホッとした。

 しかし、工事はいつまで続くのだろうか。これからどうしよう。帰りは優也か両親の帰宅時間まで駅付近で時間を潰して待てばなんとかなりそうだが。佐々木が近所に住んでいるのなら、明日から一緒に学校へ行けないか頼んでみるようか。いや、でも普通に迷惑かもしれない。よく考えると、佐々木との接点はクラスが同じだというだけなのだ。でも、毎朝これでは流石にキツい。

 「……あの。面倒だろうし、無理だったら全然断ってくれていいんだけど……明日から一緒に学校行かないか?」

 「……何で?」

 「あ、えーと……」

 ――しまった、理由を考えていなかった。何かいい言い訳……。

 「えー、その……佐々木と仲良くなりたくて……?」

 「は?なんだそれ」

 確かに、なんだそれ、だ。キモいと言われなかっただけマシなレベルである。もう少しまともな言い訳があったんじゃないだろうか。

 「……まあ、別にいいけど」

 「本当か!?ありがとう……!」

 驚いて佐々木に顔を向ける。が、案の定、佐々木がどんな表情をしているのかは分からない。

 ――何はともあれ、明日からは道に迷わずすみそうだ。


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