13 謎の女性の正体
和也は放課後、学校から地下鉄の駅に向かって歩いていた。今日は和也が委員会で遅くなったため、1人だ。駅までは一本道のため、流石に1人でも迷いようがない。
自販機の前で財布を取り出し、ボタンを押そうとした瞬間、背後に気配を感じた。
「まだイチゴ牛乳、好きなんだ」
その声を聞いた瞬間、和也は凍りついた。恐る恐る振り返ると、そこには、前に駅の改札で出会したあの女性が立っていた。
白いブラウスと深緑のロングスカート。以前、駅で見たときとまったく同じ服装だ。彼女は静かに微笑み、和也を見つめている。その顔はまたしてもはっきりと「見える」――それが、和也には不思議でたまらなかった。
「えっと……俺のこと、知ってるんですか?」
女性は少し意外そうな顔をして、けれどすぐにまた微笑んだ。
「ええ、知ってるわ」
「その……どこかでお会いしたことがありましたっけ?」
女性は答えず、ただその場に立っている。柔らかな風があたりを吹き抜け、彼女の黒髪をそっと揺らした。
「私ね、ユーレイなの」
「……はい?」
この人、マジでやばい人なのか?
「幸介の母よ」
「幸介って……誰ですか?」
和也の問いに、女性は目を丸くして、吹き出した。
「ふふ、佐々木幸介よ。最近よく一緒にいるでしょ?」
――あ。そういやあいつの下の名前、幸介か。
「……いやいや、流石に無理ありますよ。佐々木の母親だとしたら流石に若過ぎます」
「あら、嬉しいこといってくれるのね」
女性のいたずらっぽい微笑みに、和也は一瞬、ドキッとしてしまった。しかし、すぐに自分を取り戻す。
彼女は、とても高校生の息子がいるようには見えなかった。どんなに年上に見積もっても、30歳を超えているとは思えない。
「あの、美人局とかですか?見ての通り、高校生なんでお金とか全然無いですよ」
「バカね。違うわよ。……あのね、私を殺した犯人を突き止めて欲しいの」
その言葉を聞いて、一瞬、耳を疑った。目の前の女性が言った「私を殺した犯人」という言葉が、まるで映画の中のセリフのように響いたからだ。
「ちょっと待ってください、本当に、さっきから何言ってるんですか?」
なんとか聞き返す。
「私は7年前、自殺した事になってるの。でも本当は自殺なんかしていない。……その事件のせいで、幸介もあの人も、ずっと過去に囚われたままなのよ」
そんな話、到底信じることができない。目の前で話しているこの女性が、既に死んでいるなんて、あまりにも奇妙で現実離れしすぎている。
「全然信じてないですけど、もし仮にそれが本当だとして、どうして俺が?さっきも言ったけど、俺ただの高校生ですよ?」
和也の問いかけに女性は軽く微笑み、少し顔を傾けた。
「あなたには、特別な力があるからよ」
それを聞いて、ますます混乱した。特別な力? 自分には何も特別な能力なんてない。むしろ、自分の持っている障害の方が、問題だった。
「力、って……どういう意味ですか?」
今度は真剣に問い直した。
女性は、少しの間黙った後、ようやく口を開いた。
「あなた今、私が見えているでしょう? それが、あなたの力よ。普通の人には、私のような存在は見えないの」
「俺には幽霊が見えるって言いたいんですか?そしてあなたも幽霊だと?」
女性はうなずき、再び微笑みを浮かべた。
「そうよ。まあ、信じられないのも無理ないわね。今度はあなたが幸介と一緒にいるときに出直すわ。またね、和也くん」
女性はゆっくりとその場を離れていった。ヒールを履いているにも関わらず、少しも足音がしない。まるでその存在が現実のものではないかのようだった。和也は動けずに立ち尽くしていたが、しばらくして我に返ると、女性の姿はすでに消えていた。
「……なんだ、夢だったのか?」
自分に言い聞かせるように呟いた。だが、胸の中で何かが引っかかっていた。
夜、ベットに横になり目を閉じていても、彼女の顔が浮かんで離れなかった。幽霊だと名乗った女性が言ったこと、そして「幸介」という名前も。
「幸介……」
思わず呟いていた。
一緒に映画を見に行ったことや、登下校の時のことを思い返す。随分と仲良くなれた気がしていたが、実際にはまだ、知らないことだらけだ。下の名前ですらきちんと覚えていなかった。
彼の母親だと言っていた女性が、自分を殺した犯人を突き止めて欲しいといった。彼女が言った、「幸介は過去に囚われている」という言葉に、和也は引っかかりを感じていた。