11 映画の後で…
土曜日の朝、約束の時間より少し早くに、いつもの佐々木との待ち合わせ場所であるポストに向かった。休日のためか、街の空気はどこか緩やかで、のんびりとした時間が流れている。
やがて、少し離れたところから私服姿の佐々木が歩いてきた。グレーのシンプルなトレーナーに、少しゆとりのあるダークなジーンズを合わせている。足元は白いスニーカーで、全体的にシンプルながらも、高身長の彼によく似合っていた。いつも制服姿しか見ていなかったため、私服の佐々木は新鮮に映った。そのまま並んで駅へと向かう。
地下鉄に乗り込むと、休日の朝だからだろう、車内は比較的空いていた。十分ほど経つと、アナウンスが目的地の大きな駅への到着を告げる。佐々木と共に席を立ち、改札を抜けて映画館へと向かった。
映画館は、街の中心部にある大きな駅のすぐ近くに位置していた。駅前にはショッピングモールや飲食店が立ち並び、人々の行き交う賑やかな雰囲気が漂っている。その一角にある映画館は、駅の出口から徒歩数分の距離にあり、アクセスの良さから多くの人に親しまれている場所だった。
館内は土曜日ということもあり、学生や子連れなど、幅広い世代の人々で賑わっていた和也はふと、中間テストの直前、佐々木と一緒に勉強していたときのことを思い出す。
「俺さ、ロバート・クレインっていう監督の映画がめちゃくちゃ好きなんだ」
和也が言うと、佐々木はペンを止めずに小さく頷いた。
「うん、いいよな」
その反応に驚いて、「え、知ってんの? クレインの映画!」と声を上げると、佐々木はさらりと言った。
「知ってるも何も、過去作全部見てる」
それから最新作が公開中だという話題で盛り上がり、テストが終わったら一緒に観に行く約束をしたのだ。
席についてしばらくすると、場内が暗くなり、予告編の音楽が流れ始めた。映画前の予告の時間も好きだ。普段自分が見ないようなジャンルでも、劇場で予告を見ると見に行きたくなってしまう。
本編が始まると、さらに集中してスクリーンに視線を注いだ。登場人物の顔の判別はつかないため、服装や髪型を注視する。アクションシーンで思わず前のめりになりすぎてしまった時には、隣で佐々木が軽く笑う気配がした。
映画が終わり、場内の明るさが戻る。まだ興奮だ冷めず、席を立つ佐々木に声をかけた。
「……めちゃくちゃ面白かった」
佐々木は頷きつつ、ポケットからスマホを取り出して時間を確認した。
「もう一時か。三時間あっという間だったな」
「え、もうそんな時間か。確かにお腹減った」
そう言った瞬間、お腹が「グー」と大きな音を立てた。恥ずかしい。
「俺も腹減ってるし、どこか行くか」
「え!じゃあ俺チーズバーガー食べたい!」
「劇中で何度も出てきたもんな」
「うん。映画に出てくる料理ってどうしてあんなに美味しそうに見るんだろうな」
映画館からすぐの場所にあるチェーンのハンバーガー屋に着き、和也はチーズバーガーセットを、佐々木はそれにプラスして、単品の海老カツバーガーも注文した。
窓際のテーブル席に着くと、待ちきれずに話し始める。
「あの序盤のシーン、完全にミスリードだったよな。 俺、てっきり主人公が裏切られる展開だと思ってたけど、まさかの逆パターンで……」
話すうちに身を乗り出してしまう。佐々木もどこか楽しそうに相槌を打っていた。
「でさ、最後のあのセリフ! 完全に伏線回収だよな。あれってやっぱり、前作のテーマと繋がってるのかな?」
「俺も思った。でも、ちゃんと一つの作品として完結してたな」
「確かに! そういうバランスがうまいよな。前作を知ってる人にも嬉しいけど、知らなくても全く問題ない作りになってて――」
食事を終えてからも会話が尽きず、気がつくと既に四時を過ぎていた。
「そろそろ出るか」
「うん。その前にお手洗い行ってくる」
佐々木を席に残して立ち上がり、店の奥にあるお手洗いへと向かった。映画の余韻で心が弾んでいたせいか、店内でも迷子になる可能性をすっかり忘れていたのだ。
案の定、お手洗いから席に戻ろうとして迷子になっていた。広い店内を見渡すが、席の位置も方向もわからない。唯一の手がかりは、佐々木の目立つ髪色だった。
そのとき、視界の端に金髪が映った。ホッとしてその背中を追いかける。
「佐々木!」
安堵からか少し大きな声を出してしまった。
「ごめん、遅くなった。もう出る?」
佐々木は一瞬固まったように見えたが、「ああ」と言って歩き出した。珍しく肩を組んでくる。どうしたんだろう。佐々木ってあまりスキンシップを取るタイプじゃなかったような。それに、こんな香水つけてたか?
「おい、早川!」
いきなり強い声で呼び止められ、驚いて振り返った。
「え、誰?」
呼び止めてきた男に腕を掴まれる。
「何言ってんだよ。ふざけてんのか?」
「……あ、佐々木?え、でも、だったらこの人は……」
混乱して、佐々木だと思っていた男に視線を戻した。一方で、男は興味が失せたように肩をすくめた。
「悪い悪い、面白そうだったからちょっと相手してみただけだよ。てか君、まさか俺のことコイツと見間違えてたの?どんなそっくりさんに会えるのか楽しみだったのに、顔全然違うじゃん。ま、いーや。バイバーイ」
軽く手を振り、男はそのまま店を出て行った。
佐々木はゆっくりと和也の腕を離し、顔を見つめてくる。
「……どう言うことだ?」
その問いに、笑おうとしたが、佐々木の顔を見るのが怖くてすぐに目を伏せてしまった。




