灯篭の回顧
「昔は良かったなあ」
空が木通色に染まる頃。
家の庭に置かれた石灯籠に火を灯すと、眠りから覚めたようにつらつらと語り出す。
「人間が沢山いて、賑やかでよお。色んな人が代わる代わる俺を磨きに来るんだ。庭も、いろんな花が咲いててなあ」
とうの昔に死んだ祖母曰く、付喪神が宿っているらしい。
本当かはわからないが、灯籠は確かに話をする。滔々と語るばかりのときもあれば、意見を求められたり、質問をされたりすることもある。
私は縁側に腰かけなら話を聞き、ときおり言葉を返す。傍から見ればおかしな光景だろう。一緒に住む息子の嫁はとっくに慣れたようだが、小さな孫たちはオバケといって庭に近づこうとしない。
そんな孫たちに、灯籠は怒るかと思いきや「昔のお前にそっくりだなあ」と笑う。灯籠に顔はないけれど、あったらきっと、優しい顔をしているのだろうなぁと思わせるような声音で。
「それが今じゃあ、すっかり静かになっちまって……」
灯籠は悲しそうにボヤく。
何でも昔はこの家に、たくさんの人が出入りしていたらしい。というのも、大昔はそこそこ大きな商家で、使用人や従業員がわんさかいたのだそうだ。戦争やら財閥解体やらで色んなものを手放した結果、広いこの家と灯籠だけが残った。
「あら、私たちだけじゃ不満なの?」
「不満じゃねえけどよお……。……ん? なんだ、その……手に持ってるやつ」
「ああ、これ?」
私は手に持っていた、一枚のカードを見せる。
「今日貰ったの。未来を占うカードなんですって」
「ほう、占いか。あれは面白いよなあ。そうそう、昔、陰陽師とかいうやつが――」
灯籠はいつものように思い出話を語り始める。それを聞き流しながら、手の中のカードを眺めた。コインのクイーンというらしい。よくわからないけれど、希望だとか、幸福だとか、そういう意味を持っているそうだ。
「カードの意味は聞かないの?」
「商人じゃないんだぞ。占いなんか聞いてどうする」
灯籠の中で火が揺らぐ。まるで泣いているみたいに。
「……お前とはあと何回、こうして喋れるんだろうなあ」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ。あと二十年は生きるわよ」
「二十年なんてすぐだろうがよお」
「そうね、あなたには二十年なんてあっという間かもしれないわね」
私はふふふと笑いながら、灯籠の火にカードを焚べた。
「あ、おい、なにすんだよ」
「あなたにあげるわ。大事にしてね」
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