死のうとしていた校内で人気のマドンナで幼馴染の女の子がいたので告白した
「眠たい……」
俺は眠たい目をこすりながら寝そべった状態から見える晴れ晴れとした青空を眺める。時刻は午前10時。時間的には学校の1限が終わって10分経てば2時限目が始まる位。俺は今学校の屋上で絶賛サボっている。
サボっている理由としてはまあ授業が退屈で先生や周りの生徒とも仲良く出来そうにないから。まぁそれは今に始まったことじゃない。思い返せば高校生の今に至るまで俺は誰ともそりが合わず誰とも仲良くしてなかった。ただ一人を除いては。
ガチャと屋上の出入り口が開かれる音が聞こえて俺は扉へと目を向ける。するとそこには。
「あっ」
成績優秀で品行方正と教師や生徒から人気の高いマドンナ的存在の永野芽衣がいた。彼女は俺と目が合うといつも周りに向けている笑顔ではなく泣き出しそうな顔を浮かべた。
「ここにいたんだ」
「ああ」
どうしたんだろう。声音から元気というものを全く感じられない。それに俺がこの場にいることを責めているように感じられる。
「どうしたんだ。お前がここにいるのは珍しいな。サボりか」
「それは高橋くんもでしょ」
呆れ混じりに永野が俺の名を呼ぶ。実は永野とは保育園から一緒の幼馴染だったりする。昔はお互い下の名前で呼び合ったりしていた。いつからお互い苗字で呼び合う仲になったのだろうか。今まで近かった距離がいつの間にか離れたことに僅かに心が痛んだ。
「これからさ、ここから飛び降りるからどっか行っててくれない」
「は」
突拍子もない言葉に俺は固まった。俺の傍に来ていた永野の顔に目を向ける。その顔は何かを決意した硬い表情を浮かべている。きっと今言った飛び降りると言ったのは本気なのだろう。というか
「今日飛び降りて死のうってのに水色のパンツ履いてんのな」
「ちょっ、見える位置にいるのは分かるけどそういうこと言わないでっ」
永野は顔から首筋にかけて赤く染めると俺にパンツが見えないようにスカートの前の部分を両手で隠した。
「相変わらずデリカシー無いんだから」
「そんなの昔から知ってるだろ」
俺は昔から思ったことしか口にできない。嘘を吐くのが苦手だ。だから良く他人に俺の思った事を口にすると喧嘩になったりした。そして極めつけは俺の目つきだ。常に人に喧嘩を売ってるかのような三白眼。今はそれほどでもないが、小学校中学校は良く絡まれていた。
「それで」
「それでってなによ」
気を持ち直した永野がキョトンとした顔で俺の言葉の先を促してくる。
「なんで屋上から飛び降りる気でいるんだよ」
「今聞く必要あるの」
「退屈なサボりの合間に話し相手が来たからな。少し話しに付き合ってよ」
「私は退屈しのぎかよ」
俺の言葉に永野は苦笑する。その顔からは全てを諦めた悲壮感がひしひしと漂っていた。
「まあ特に大きな理由はないよ。ただ、疲れたんだ」
「疲れた。それって何に対して」
「周りが求める永野芽衣に」
その言葉に俺は思い当たる節があった。永野は昔からずば抜けて見た目が良く勉強も出来て人当たりが良かった。いやそれは違うな。そういうふうに彼女が努力してることを俺は知っている。
保育園の最初出会った頃の永野は人見知りで泣き虫だった。そんな永野が変わったのは小学校にあがってからだ。小学5年の時に永野は父親を交通事故で亡くした。そこで彼女が変わった。
普通なら泣いて学校にも暫く来れなくなってもおかしくないのに、永野は毎日学校に来て笑顔でいた。でもその笑顔はどこか壊れているように俺は感じた。それからかな。俺が永野と呼ぶようになって永野も俺を高橋と呼ぶようになったのは。
「なるほどな」
「分かったらさっさと」
「無理」
屋上から立ち去らさせようとする永野の言葉を遮り俺は拒絶の言葉を述べる。恨めしそうに永野が俺を睨む。
「なんでよ」
「だってお前がここから飛び降りて死んだらこの屋上は封鎖される訳だろ」
「そうね」
「そしたら今後俺サボれねえじゃん」
その言葉を聞いて永野は呆れ半分感心半分というように俺の顔を見つめた。いやその可能性は考えなかったんかい。
「せっかくの俺の憩いの場をそんなので失いたくないし、それに」
「それに」
俺の大切な幼馴染を失いたくねえっての。と素直に言えたらどれだけ良いんだろうな。
「なんでもねえよ」
永野にぶっきらぼうに言いながら俺は身体を起こす。
「あ~今嘘付いてるでしょ。ゆうの嘘吐く時声音が変わるの知ってるんだからねっ」
永野の言葉に俺は即座に永野の顔を見た。その顔は満面の笑みで。いやそれよりも。
「今、ゆうって」
昔、幼馴染の永野が俺の事を良くそう呼んでいた。なんでこのタイミングで。
「あっ」
俺の言葉に永野は再び顔を赤くした。無意識で今呼んだのかよ。まあでも心の底から嬉しそうな笑顔を見れてよかった。まるで昔の頃の喜怒哀楽の激しかった永野に戻ったみたいだ。
「き、気のせいじゃない」
消え入りそうなほどか細い声で永野は顔を俯かせながら否定する。
「ふっ、やっと笑ったな」
「あ」
永野が俺の言った言葉にそういえばと言うように反応する。
「永野は昔みたいに笑ってたほうが良いと思うぜ」
「これから死のうとしてるのに。笑っても意味ないよ」
はぁ。またさっきの暗い顔に戻んのかよ。しゃあない。俺も勇気出してみるか。俺は立ち上がる。そして永野の元へと歩く。
「ちょ、ちょっとっ」
無言で歩み寄ってくる俺に怖さを感じたのか永野は後ろにジリジリと下がった。
「っ」
そして永野は壁に追い詰められて俺は彼女の顔横に手を勢いよく置いた。これが俗に言う壁ドン。めっちゃ勢いよく壁に手を置いたから痛えんだけど。俺はその痛みに耐えて永野を見つめた。
「好きだよ芽衣ちゃん」
俺は人生で初めての告白をした。永野が俺の言葉を聞いてぽかんとして固まった。数秒後、俺をぼーっと見つめていた目がこれでもかというほど大きく見開かれ今までにないくらい顔を赤く染めた。
「っ」
「あっ、ちょっ」
永野は俺の壁に置いた腕を凄まじいスピードで下から潜り抜けて屋上の出入り口から去っていった。俺はその去っていった扉をただただ見つめていた。
◆◆◆◆◆
「〜〜〜〜っっ」
何なの何なの何なのアイツっ。私は屋上から走り去りながらゆうから言われたことを思い出す。
『好きだよ芽衣ちゃん』
男の人にそれも保育園から一緒の男の子に初めて告白された。えっ待っていつから、いつから私のこと好きだったの。
「はぁはぁ」
気付けば私は校門前に来ていた。どうしよう。元々授業は1限だけ受けてそれから屋上で飛び降りる予定だったから、今から授業を受けようっていう気になれない。それにあんなことがあったんだから尚更。
少し考えて私は家に帰ることにした。今は落ち着ける場所に居たい。私は電車とバスを利用して家へと帰る。
「ただいま」
「あら学校は」
「ママ」
家にたどり着くと嫌そうな顔でママは私を見る。あぁ嫌だな。いつからこの家に私の居場所はなくなったのかな。
「体調悪くて、早退した」
「そう」
興味の無さを前面に押し出したママはすぐさま部屋へと戻っていく。私はその後ろ姿を見送り終え、2階の自室に足を運んだ。
「はあ」
ようやく落ち着ける場所にたどり着けた私はベッドにダイブする。ふかふかのベッドの感触が心地良い。
『好きだよ芽依ちゃん』
「〜〜〜〜っっっっ」
屋上でゆうから言われた言葉が脳裏にフラッシュバックされて私は手足を暫くジタバタさせた。そして立ち止まり、私はうつ伏せの身体を仰向けにさせる。そして天井に目を向けた。
真っ白な天井。私はその真っ白な天井を見て少し嫌な気分になる。私はこの天井の白さに比べてどれくらい汚れているのかと考えてしまう。ダメダメ。私は自分の思考を切り替えることにした。でもそうすると必然的にゆうから言われたことに意識が向けられて。
「っ」
胸が苦しくなる。ああもうっ、今日何回胸が苦しくなってるのよ私っ。今までこんなことなかったのに。そもそもあのタイミングで言うっ。こっちはもう耐えきれなくて屋上から飛び降りて楽になろうって思ってたのにっ。
「冗談で言ったのかな」
ああ言えば私が死のうって思わなくなると思ったのかな。ある意味ではそれは成功したって言えるけど。でもそれくらいじゃ私の自殺願望は消えない消えてくれるわけがない。
いつからだろう。パパを亡くしてから全てが変わっちゃった。パパが死んでからママは虚無感に打ちひしがれて、その現実を受け入れなくて私は周りに笑顔を向けて勉強も運動も今まで以上に取り組んだ。それで気づいたら成績優秀で品行方正の優等生としての永野芽衣が出来上がっていた。
それからはママやそれまで関わっていた友達、そして先生周りの人達に迷惑が掛からないように振る舞った。中学校もそうして過ごした。嫌われないように敵を作らないように。
結果的に周りは私の事を凄い人間だと思いこむようになった。勉強も少し学べば簡単に解ける人間で運動も簡単にできる人間だって。
ふざけるな。そんな人間私は今まで会ったことなんてない。私は毎日その日に受けた授業の内容を復習したから今の成績なんだ。大した努力もしないで簡単にできる人間がいるなら会ってみたいよっ。
「どうせ誰も私のことなんて理解してくれない」
私は両手で顔を覆って目を瞑る。誰も理解してくれない。違う。私が周りを遠ざけたんだ。誰にも心配をかけたくなくて強がったんだ。その結果ママは私に過度に期待して友達も教師も私を焦燥感に駆り立てさせる。私ならもっと出来るって追い詰めてくる。
「ホント、もうヤダ」
だから今日で終わらせようって思ったのに。屋上で飛び降りるって決めてたのに。なんでよ。なんで邪魔をするのよ、ゆうっ。
――ピンポーン。
「はーい」
チャイムが下から響いて下からママの返事をする声が聞こえた。
「よう」
暫くしてノックもなしに私が今頭を悩ませてるゆうが入ってきて驚いてベッドから飛び起きる。
「な、なんでここにいるのっ」
「お前鞄学校に置きっぱなしにしてたろ。お前のクラスの担任が俺に押し付けてきたんだよ」
えっ。先生が。確かに先生は私とゆうが小学校中学校同じだって事は知ってるけど。普通任せるかな。
「あっそ。ならとっとと出てって」
私はぶっきらぼうにそう告げる。でもゆうはその場を動こうとしない。
「久しぶりだなこの部屋はいるのも。親父さんがなくなって以来か」
「っ」
どうして触れてほしくないことを平然と触れてくるのかな。
「さっきは悪かったよ」
「え」
いきなりの謝罪に私はゆうに向けて辛く当たろうとした口を止められてしまう。
「でも誤解だけはしてほしくなくてさ。俺はずっと昔から永野、いや芽依ちゃんの事が好きだったよ」
「うそ」
簡単に信じられない。だったらなんでずっと関わってこなかったの。パパを亡くしてからゆうは私に全く関わってこなかったじゃないっ。
「ずっとさ無理してんのは知ってた。勉強とか周りの友達や先生にも気を遣ってるのも知ってた」
「ならなんでっ」
なんで傍にいてくれなかったの。声をかけてくれなかったの。頭に浮かんだ言葉を口にしようとして私はその言葉を飲み込む。周囲に心配かけないように振る舞おうと強がったのは私だ。それを幼馴染に一番傍にいた人間にぶつけちゃだめだ。
「芽依ちゃんが決めたことならそれを俺がとやかく言えないし、言える立場でもない」
ゆうの言うことは正論だ。幼馴染でも家庭にましてやデリケートな問題に赤の他人が口を挟むことなんて出来ない。
「なら、ほっといてよっ」
気付けば私はゆうの目の前に行ってゆうの胸を思いっきり叩いていた。声も涙声になって頰から熱いものが流れている感覚を覚えた。ああ私今泣いてるんだ。あんなに周りに弱さを見せないように強がっていたのに。
「私はゆうも含めて周りを遠ざけた。強がることで。だからゆうも私なら大丈夫だって思って離れていったんでしょうっ」
パパが死んでから強がってた私にゆうは話しかけてこなくなった。たまに話すこともあったけどひどく事務的なものでそれが終わればすぐ私から離れていった。
「はあ」
ゆうはそこで溜息を吐いた。その溜息はどういう意味なんだろう。恐る恐るゆうを見る。そこには慈愛に満ちた笑顔などではなく、心底呆れた顔があった。
「あのな。俺は芽依ちゃんのこと見放したつもり一度もねえけど」
「え」
「考えてもみろよ。俺素行不良なのに芽依ちゃんと同じ高校にいるんだぞ。少しはおかしいと思わなかったのか」
「え。でもそれは勉強が出来てやりたいことが有るからじゃないの」
私はゆうの言ってる意味が分からず問いかける。
「はあ。俺は勉強なんかに興味はねえよ。やりたいことがあるっちゃあるけどさ」
「それって何」
「あー」
ゆうは視線を私から外すと項垂れる。あ、これ嘘言う前兆だ。
「本音しか聞く気ないから」
「うっ」
バツの悪そうな顔をゆうが浮かべた。
「逃げ道速攻潰すなよ。まあいいや」
そう言ってゆうは私を真っ直ぐに見ると
「芽依ちゃんがどこかで挫けた時に傍で支えられるようにだよ」
その言葉に私は声を失う。え。それをするために私と同じ高校に来たっていうの。
「もう少しだけさ頑張ってみねえか。もし芽依ちゃんが辛いんだったらその気持ちを俺にぶつけてくれよ」
「なんで」
なんでそこまで私のためにそこまで出来るの。
「覚えてるかな。初めて会った時、芽依ちゃんだけが俺に話しかけてくれたんだよ」
「っ」
覚えてる。初めて保育園で会った時、ゆうは誰とも関わろうとしてなくて誰もゆうに近づこうともしなくて。
「はじめはさ、うぜえなコイツくらいにしか思ってなかった。けどいつも本気でぶつかってきてくれるその芽依ちゃんの態度に年を重ねる毎に好きになってた。だから親父さん亡くした時の芽依ちゃん見て思ったんだよ。強くあろうって決めたんだなって。なら俺の出来ることはそれを近くで見守ってもし、潰れたりしたらそれを全力で支えようって」
「あ、あぁ」
私は地面に倒れ込むように座ると盛大に声をあげて泣いた。今まで溜め込んでいた辛かった気持ちを全て消化するかのように。
◆◆◆◆◆
「ゆーう」
「なに」
「ただ呼んだだけ」
あれから時が経ち俺と芽依ちゃんは高校卒業を機にアパートを借りて一緒に暮らすことにした。芽依ちゃんの泣き声を聞いて芽依ちゃんのお母さんが何事かというように部屋に来た。そして俺はそれまでの全てを話した。
話を聞いた芽依ちゃんのお母さんはそれまでの自分が悪かったのだと気付いて芽依ちゃんに何度も涙ながらに泣いて謝っていた。これで親子のすれ違いが少しでも解消していってほしいなと心から願った。
それからは学校でも芽依ちゃんは俺に積極的に話し掛けてきた。はじめは周りがなんでこんな奴に永野芽依は話し掛けているんだと好奇の目で見ていた。でも彼女が俺に向けている蕩けるような笑顔を見て外野は次第に減っていった。そして高校を無事に卒業して今ここにいる。
「そういえば」
「どうしたの、ゆう」
「ここまで来て今更聞くのもあれだけどさ。告白の答え聞いてないんだけど」
そう。流れでここまで来たけど俺は芽依ちゃんから直接あの日の告白の答えを聞いていない。ぶっちゃけここまでデートもしたしキスもやることもやってるから今更なんだけど。
「あ、意地悪」
芽依ちゃんは俺の事を恨めしそうに見たあと、気まずそうに俺から目をそらす。こころなしか顔が赤くなっている。暫くの無言の後芽依ちゃんが俺を力強く見てきた。そして
「好きだよ、ゆう。だから私と、一生傍にいてくださいっ」
俺が心の底から守りたいと思った満面の笑みであの日の告白の答えを伝えてきたのだ。プロポーズと思える言葉も添えて。
はじめまして。ここまで読んで良いなと思った方評価よろしくお願いします。