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蛇の革命  作者: 来生ナオ
7/30

詐欺師

 翌日。昼を過ぎたころにレオニールは訪ねてきた。午前中からやきもきした気持ちでいたエキナは、自室で椅子に座ったまま素っ気なく出迎える。退屈であったとはいえ、自分だけ楽しみにしていたようで癪だった。


「今日は午後いっぱい空けておいたから。ゆっくり話せるよ」


 レオニールはそんなエキナの態度を気にした風もなく、それどころか上機嫌な様子でそう言うと、エキナに言われる前から図々しく昨日と同じ向かいの席に腰掛ける。


「……それで、何が聞きたいんだ?」


 単刀直入な問いかけにレオニールはいそいそと懐から紙を取り出す。どうやら質問事項をまとめてきたらしい。


「まず、ヌシについて聞きたいな。北森にはヌシがいるの?」


 エキナはどう話したものかと考えながら口を開いた。


「少し違うな……いた、と言うべきだ」

「今はいない?」


 問い返しながらレオニールはペンとインクまで取り出す。


「……そんなに興味があるのか?」


 占い師というよりかは学者に見えてきた。


「興味……というより、価値があるんだよ。僕にとっての、生命線だ」

「価値……か」


 昨日も言っていた。価値のある時間だった、と。


「うん。役に立つ、と言ってもいい」

「こんな話が、何の役に?」


 レオニールはくすりと微笑む。そして、悪戯っぽい顔で人差し指を口元に当てた。


「内緒にしてくれる? ロゼも」


 部屋の隅に立って控えていたロゼが突然話を振られたことに驚きつつもコクコクと頷く。エキナも肩を竦めた。


「まあ、話す相手もいないからな」

「僕は占い師、なんて名乗ってるけど、別に未来が見えるわけじゃないし、その人にいいことがあるかどうかなんてわからないんだよ」

「……それで占い師が務まるのか」

「ふふ。本当だよね。僕もね、我ながら詐欺だなあと思うよ。最初は小遣い稼ぎに始めて、それがいつの間にか王宮の専属だ」

「当てずっぽうで言ったらたまたま当たりでもしたか?」


 レオニールは「まさか」と苦笑する。


「僕は見てわかることを言っただけだよ。そもそも占いなんてものに頼ろうとしてる時点でその人は何かに迷ったり困ったりしているんだ。あとは、何に困ってるのか見当をつけて背中を押してやればいい。そう難しくはないさ」

「……そういうものか?」


 エキナは今一つ飲み込めずに首をひねる。簡単そうに言うが、そんなに簡単な話だとは思えない。


「そういうものだよ。例えばエキナ、君の……故郷の村だけど」


 ぴくりとエキナは眉を寄せる。それを見てレオニールは穏やかに笑うと続けた。


「あるいは……里、と言うべきなのかな。隠れ里みたいなね」

「どうして、隠れ里だと?」


 たしかに、エキナの暮らしていた場所はまさしく隠れ里だ。だが、レオニールはそれには答えずに続ける。


「今はもう、残っていないよ」


 エキナは眉を顰める。


「……」

「戻っても、何もないだろう」

「……」

「けど、吉兆が見える」


 エキナは胡散臭げに口端を歪めた。


「それで?」

「行ってみるといいよ。きっとその場所に、何かがある。それは具体的に物ではないかもしれないけれどね。きっと君は、そこで何かを得るだろう。僕は、行くことをおすすめするよ」


 そこまで話すとレオニールは意味深な微笑を消して、くしゃりと笑った。いつのまにか雰囲気に呑まれていたことに気が付いてエキナはコホンと咳払いをする。


「それが、『占い』か?」

「うん。どう? それっぽかったかな」

「……どうして、里だと思った」

「村、と言ったとき、あんまりしっくり来てないように見えたからね。でも大きく外れてはいないだろうし。表現が違うのかなと思ったんだ。獣人の集落であれば、隠されているだろうね。合ってたみたいだね」


 見透かされていたことに少しばかりムッとしながらエキナはさらに問いを重ねる。


「なら、吉兆とはなんだ? それは私にもわからないぞ」

「そこは適当、かな。エキナはどうしたいのかな、と思ったんだ。昨日の様子からして帰りたいんだろう。けど、それを迷っている君がいる。理由までは知らないけれどね。だから、背中を押せればと思ったんだ」

「それで、良くないことがあればどうするんだ?」

「その時はその時だよ。占いは、外れることもあるからね」


 その無責任とも言える言葉にエキナはため息を吐く。真面目に聞いて損をした気分だ。


「適当な商売もあったものだな」

「本当だよね」

「自分で言うか。それで、これと私の話と何の関係があるんだ」

「ああ、そうだった。だからさ、君から教えてもらったことを、あたかも占いでわかったみたいに話すんだよ。僕はヌシだとか白蛇だとかは初めて聞いた。だからさ、王様の前で何も知らないふりをして『北の森に白い蛇が見えます』とかって言うんだ。それっぽいでしょ?」


 唖然と見返したエキナにレオニールはにっこりと微笑む。本当にいつも笑っている男だ。


「詐欺だな」

「そうだね。だから、誰にも言っちゃだめだよ?」


 そうレオニールはもう一度口元に指を当てた。


「だが、私が本当の話をする保証はないぞ」

「自分の血筋に誇りを持っている君が、そこで虚偽の話をするとも思えないけどな。まあ、大丈夫だよ。もし噓だったなら、見抜けなかった僕の責任だ」


 エキナはしばしレオニールを見つめていたが、やがてため息と共に視線を逸らした。


「わかった。そのために来たのだからな。暇つぶしに話してやる」

「ありがとう」

「それで……ヌシの話だったか。そうだな、今はいない。私のような子孫はいるが、もはやヌシとしての役目など果たしていないからな」

「役目……というと?」

「さて……私も伝え聞いた話だからな。縄張り一帯の治安維持とでも言おうか、あるいは便利屋かもしれないな。困りごとがあったときに頼られるもの。この国で言う王か領主のようなものかもしれない」

「へえ。それがなくなったのは、獣隷法ができたから?」


 獣隷法とは文字通り、獣人を問答無用で奴隷身分とする法律だ。エキナもここに当てはまるが、リアンドは身分違いの婚姻は禁止されていないという屁理屈でもって押し通した。一般的でこそないが、この国では配偶者のうち身分が高いほうにもう一方の身分も引き上げられる。無論人同士であるなら何の問題もなく奴隷身分が公爵夫人に大出世するだけなのだが、獣隷法がある以上どちらが優先されるのかという話になる。まあ、実害がなければエキナには関係のない話……というより、当事者でありながら関係できない話だ。今頃はリアンドが各所で屁理屈をこねくり回していることだろう。


「まあ、そんなところだ」

「ふうん……ヌシって、白蛇以外にもいたの?」


 エキナは一瞬言い淀んだが、頷く。


「ああ……北森の白蛇の他に、東山の黒鳥、南湖の朱亀、だ。もっとも今も血筋が絶えていないかは知らないがな」

「北に、東に、南……西は?」

「……西は、ここだろう?」


 この国の王都は大陸の西端にある。大陸の西、広い平原には深い森も荒れ狂う火山もなく、ただただ広大で肥沃な大地があったらしい。さらにその先には浜辺があり外海に面している。だからこそ王都に選ばれたのだろう。とはいえ北の森も最近は切り開かれてきているし、南の湖は水源として重宝されている。未だ人が踏み入っていないのは東にある火山くらいだろうか。それも、いつまで保つかはわからないが。


「ああ、そっか。ところで、気になってたんだけど」

「うん?」

「なんで白蛇なの? エキナは白くないよね」


 エキナはどう答えたものか迷うように視線を泳がせる。その瞳が、窓の外を飛ぶ鳥を捉えた。陽の光を受けて、その翼はチラチラと色を変える。


「白……とは、単純に体の色彩を指した呼称ではないんだ。例えば、真下から鳥を見上げれば白き鳥も暗く見えるだろう。太陽の陰になるからな」

「それで黒鳥?」


 エキナはそれには答えずに続ける。


「北森は冬には雪深くなる。雪をまとった姿をそう呼んだんじゃないか?」

「つまり、君も知らない?」

「ああ」


 レオニールはじっとエキナを見つめる。まるで見透かされているような気分だ。


「……まあ、いいや。言いたくないことまで聞く気はないし」


 やはり見透かしたようなことを言うが、エキナはそれは無視して尋ねた。


「もういいか?」


 レオニールはにこりと笑う。


「全然」


 その後もレオニールはエキナを質問攻めにした。部屋の隅で耳を澄ましていたロゼが退屈さにあくびを嚙み殺すくらい細かいことまでレオニールは聞いてくる。生まれや故郷の話はもちろん、趣味や嗜好まで事細かに。暇つぶしにはなるが、さすがのエキナも辟易する。


「……もういいか?」


 何度目かに尋ねたころには既に日が傾いてきていた。いつの間にかロゼは茶を三杯も淹れていて、昨日より甘さ控えめなマカロンはとっくになくなっている。窓からは茜色の日が差し込み、いつでも灯せるようにランプも用意されていた。


「うん……ありがとう。すごく助かったよ」


 レオニールは分厚くなったメモの束をパラパラとめくりながら頷いた。


「私の好きな体の部位の話などどこで役に立つんだ……」


 ひと際意味のわからなかった質問を反芻する。ちなみに、頭と答えた。理由は、頭からだと丸のみにしやすいからである。


「役に立つかもしれないし、役に立たないかもしれない。それでも、知ってて損はないよ。もしかしたら、リアンドにそういう相談をされる日も来るかもしれないし」

「どんな相談だ……」


 あまりにくだらなくて考える気も起きない。

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