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蛇の革命  作者: 来生ナオ
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占い師

「………………」

「………………」


 互いに一言も言葉を発さない沈黙。それを破ったのはロゼがパチパチと拍手した音だった。次いで観戦していた兵たちがどよどよと歓声を上げる。


「エキナ様。格好良かったです!」


 キラキラと瞳を輝かせて駆け寄ってきたロゼに、エキナは今しも巻きつこうとしていたとぐろを解いて答える。


「どこがだ。今のは私の負けだろう」


 しかし、無様な敗北と見たのはエキナだけだったらしく、ロゼはぶんぶんと首を振って否定する。


「おじ様が降参したんですから、エキナ様の勝ちです!」


 次いで兵たちも口々に声を上げる。


「団長が降参するとはなあ」

「初めてじゃないか?」

「いや、姫騎士様に降参されてたのを見たことあるぞ」

「それは手加減してたって話じゃなかったか?」

「おい、この俺に勝ったってのになんだそのシケた面は」


 納得いかない、という顔でいたエキナはドルファにそう言われて振り返る。大蛇の姿ではまるで次の獲物へ鋭い眼光を向けたかのようだ。


「私の勝ちだと? ふざけるな。真剣なら斬られていた」

「だが、今回は木剣だった。俺は正直木剣でもその鱗を弾き返すくらいはできる気でいた。お前を怯ませて、拘束される前に抜けられるはずだ、とな。なのに、だ。結果はどうだ。お前の鱗は傷ひとつなく、俺の振るった木剣は見事に真っ二つときた。まったく、恐れ入ったね」

「…………私は、勝ったとは思っていない」


 ドルファは驚いたように軽く目を見張って、ヒューッと下手くそな口笛を吹く。


「いや、素直に驚いた。蛇人の強靭さもだが……嬢ちゃん、何歳だ?」


 エキナは妙な問いに眉を顰めつつも答える。


「十四……のはずだ。地下では時間の流れが今ひとつわからなかったがな。見張りの交代を数えていたから、おそらくそんなものだろう」


 実際、人の姿での見た目はその年齢に見合っている。


「十四……ね。それにしちゃあ……」


 ドルファが言いかけた時だった。


「奥様、今度は俺と勝負してください!」

「あっ、お前ずるいぞ!」

「エキナ様、その次は俺と!」


 兵の一人が言い出したのを機に我先にと兵たちがエキナに殺到する。エキナが面食らっていると足元でロゼが背伸びして囁いた。


「エキナ様、大人気ですね」


 エキナはやはり首を傾げる。


「そんなに、私と戦いたいものか?」


 この問いに答えたのはドルファだった。


「そりゃあそうだ。蛇人と戦える機会なんざそうはないからな」

「そんなもの、なくていいだろう」

「そうかあ? 強者と戦えるんだ。その経験は何にも変え難いさ」

「ははは、ドルファさん。その言い方は誤解されますよ。好き好んで蛇人と戦いたがるのなんて、戦闘狂くらいだ。ここにはそれが多過ぎる」


 突然割り込んだ爽やかな声にエキナは弾かれたように振り返った。体ごと振り返ったものだから巨体が地を薙いで軽く砂塵が舞う。まるで気配を感じなかったのだ。すぐ背後に来るまで、わからなかった。いや、声をかけられるまで、と言うべきか。


「…………」


 険しい表情のエキナに対して、声の主は柔和な笑みを浮かべていた。大蛇を目の前にして少しも臆した様子がない。だが、ドルファのようないかにもな戦士ではなく、そこにいたのはどちらかといえば優男だった。歳の頃は二十代半ばほどだろうか。艶やかな長い黒髪を首の後ろで括り、服装も丈の長い紺色のローブのようなものを着ている。人の世に疎いエキナでも、それが珍しい出立だということはなんとなくわかった。


「おいレオ。嬢ちゃんがびっくりしてんじゃねえか。その気配を殺す癖なんとかしろって言ってんだろ」


 ドルファの指摘にレオと呼ばれた青年は悪びれずに笑う。


「こればっかりはどうにも」


 次いでエキナに向き直ると礼儀正しく体を曲げた。


「はじめまして。僕はレオニール。貴女がリアンドの奥方様かな?」

「…………いかにも。私が、エキナだが」

「よろしく。僕のことはレオでいいよ」

「ああ」


 突然現れた謎の青年にエキナはただそう返答することしかできない。何をどうよろしくと言うのか。エキナが困惑しているとロゼが間に立って言った。


「エキナ様。レオ様は王宮で占い師をしていらっしゃる方で、リアンド様のご友人なんです」


 エキナは友人という言葉に反応する。人の姿であれば眉がぴくりと動いていたところだろうが、大蛇の姿では軽く目を眇めた程度だ。


「友人……か。親しいのか?」

「さあ、どうだろう」


 はぐらかすような返答だ。エキナは探るような瞳でレオニールを見る。レオニールは人懐っこい笑顔でそれを受け止める。しばらくそうして見つめ合っていた二人だったが、ドルファが口を挟んだ。


「んで、お前何しに来たんだ。公爵様ならいねえぞ」


 公爵様、とはリアンドのことだとエキナにもわかった。ロゼに聞いたところによると、この国で王族に次いで偉い人に与えられる肩書きらしい。


「ああ、今日はリアンドに用があったわけじゃなくてね。エキナさんに会いに来たんだ」

「エキナで良い。それで、私に何の用だったんだ?」

「いや、少し……話してみたいな、と思ってね」

「そうか……なら、もう用は済んだのか?」

「ふふ、つれないな。僕としては、君とも友人になりたいと思っているのだけど」


 この言葉にエキナは目を見張って、笑った。


「はは、はははは! 友人? 私は蛇畜生だぞ」

「畜生は違うだろう? 君はそんなこと思っていない」

「ふっ、ああそうだな。思っていないとも。それどころか……」


 言いかけて飲み込んだ先をレオニールが引き取って言う。


「ただの人如きと、友人になどなれるか」


 問いかける風でもない、まるでそう言うのが当然だとでもいうように、確信を持った呟き。エキナは笑みを引っ込めた。


「人聞きの悪いことを言うな。だが……そういうことなら部屋で話そう」


 エキナの提案にレオニールは意外そうに眉を上げた。


「いいのかい? リアンド以外を部屋に上げたりして」

「ん? まずいのか?」


 エキナがロゼに問うと、ロゼは少し逡巡した後で首を横に振った。


「いえ。外聞こそ良くはないかもしれませんが、リアンド様がお咎めになることはないと思います」

「外聞か。なら問題ないな」


 蛇人という一事において、充分すぎるほどに外聞など損なわれている。旦那以外の男を連れ込もうが誤差にすらならない。

 その後、蛇に変じた時と同じように建物の陰で人の姿に戻ったエキナはきちんと服を着てレオニールと共に自室に戻った。少し意外だったのは帰り道では人の姿を見かけたことだ。相変わらず近寄ろうとはせず、エキナの姿を見るとそそくさと去って行くが、一瞬でも視界に入るまいとしている様子はなかった。

 部屋に戻ってソファに体を沈めてからそのことを指摘すると、ロゼは微笑んで言った。


「皆様先程の立ち合いを見ておられたのでしょう」

「それで、どうして態度が変わる?」


 むしろ蛇の姿を見れば怯えそうなものだが。


「そりゃあ、みんなはもっと凶悪で残忍な化け物を想像してたからだよ」


 エキナの向かいに座って話を聞いていたレオニールが笑って言った。


「凶悪で残忍……」


 自分がその想像に及ばなかったことが少し悔しくもあり、同時にどんな姿を想像されていたのだろうと思う。どこまで行けど蛇は蛇なのだが。凶悪な牙から毒を滴らせ、尾の先に毒針でもついているとでも思っていたのだろうか。

 その思考を読んだわけではないだろうが、レオニールが付け足す。


「彼らにとっては、鋭い牙で人間なんて構わずに食らってしまう、そんな怪物を想像していたんだよ。けど、実際には君は立ち合いで牙を振るうこともなく、『降参』の言葉で動きを止めた。残忍な怪物だと思っていたものが、理性ある振る舞いをした。それだけで充分衝撃的だったんだよ」

「…………お前、いつから見ていた?」


 レオニールは試合後に話しているところへ現れたのだ。てっきり終わってからか、終わりかけで来たものと思っていたが、だとしたらここまで自信を持って『牙を振るうこともなく』とは断言できまい。

 レオニールは思い出そうとしているのか小首を傾げる。


「えーと……君たちがドルファと出て来たあたりから」

「そこからいたのか。人が悪いな」


 ひとまず兵たちに紹介されているあたりだろう。まるで気づかなかったエキナもエキナだが、声もかけずに窺っていたとするならレオニールもレオニールだ。

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