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蛇の革命  作者: 来生ナオ
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「……見放されていない、か。でも、事実がどうあれ、実際に獣隷はそう思ってる」

「そんなことはない。そうだろうロゼ、お前は神話を知って」


 縋るように目を向けた先。けれどロゼは、泣きそうな顔で深々と頭を下げた。


「すみません! たぶん、知らない、です」

「ッ……だが、お前は祝詞の意味を」

「それは……違うんです。話には、聞いています。獣人は罪人ではなくて、祝詞も本来は神に捧げる言葉ではなく、生涯を捧げる者に対して言う言葉だと。ですが……私がこれを聞いたのは、たまたまなんです。私は両親とも獣隷で、生まれたのも大きな家で、獣隷もたくさんいました。そこにいた、お爺さんが教えてくれたんです。でも……信じていない人の方が多くて。私も……エキナ様に会うまでは半信半疑で。なので、大半の獣隷は……話を聞いたことすらないかと」


 エキナは頭を抱えて椅子にくずおれた。エキナが王を殺して、きっかけを与え、集った獣隷たちに反逆を促せば、虐殺が起こると思っていた。獣隷たちが獣になって一斉に立ち上がったならば、もう獣隷制度など立ち行かなくなると。だが、彼らに反逆の意思がそもそもなければ、意味がない。ただエキナが王を殺し、獣人の悪印象を強めるだけだ。


「価値観の変革が必要だ」


 アルヴィスが言った。


「価値観……?」

「ああ。問題は獣隷が現状を受け入れていることだ。その反逆を起こす起こさないは置いておいてもそれだけは必須だ。現状がおかしいんだと納得させないといけない。でないと、制度だけ廃したところで意味がない」

「…………なるほど。それで神話か。たしかに、教義が瓦解すれば価値観は変わるな。だが……お前はその存在をどこで知ったんだ?」


 獣隷にすら忘れられている神話を、いったいどこで知る機会があるのかと思ったのだがアルヴィスはあっさりと答えた。


「勘」

「勘?」

「そ。正直俺も神話を疑ったことはなかった。きっかけは、鹿だ」

「鹿……」


 アルヴィスはマカロンをつまみながら続ける。


「保護牢には度々行ってたんだけど、奥まで入ったことはなくてね。思い立って一番奥まで行ったら、あの鹿がいた。驚いたよ。そんな話は聞いたことがなかったから。伝手を使って調べても、神の御使いってことがわかるまでは一年近くかかった。おかしいだろ? 都合が悪いからって記録が隠蔽されてる。そうなると、他のことも疑わしく見えてきた。んで……一番怪しいのが神話だ」

「何故そう思う」

「できすぎてる。もっと言うと、都合が良すぎる。先祖が罪を犯したと言うけど、具体的に何をしたのかは記録に残ってない。神に反逆しただとか言われてるけど、どうしてそれで獣の体を与える? どう考えても二つの姿を持っている方が生存競争で有利だろ。不自然なんだよ。調べても教義で語られてる以上の情報が一切出て来ないのも妙な話だ。伝承ってのは普通、形を変えて口伝されてるはずなのに、神話として明文化される以前のものが何も残ってない」


 すらすらと語ったアルヴィスにエキナは苦笑する。聞けばなんとも、教会の詰めが甘い話だ。とはいえ、教義など本来当たり前に信じるもののはずで、勘でここまで核心をついた考察をする人間もそうはいないのだろう。


「それで、緑鹿から聞き出そうとしていたのか」

「そういうこと。目つきが獣人っぽかったから、通って問い詰めてたんだけど一向に口を開かなくてね。いよいよ、獣人ってのは俺の勘違いなんじゃないかと思ってた時だ。リアンドが、君と結婚した」

「私なら知っているかもしれない、と?」


 この問いにアルヴィスは首を振って否定した。


「いや、そこまでは期待してなかった。ただの獣人だと思ってたし。けど……獣人相手ならあの鹿くんも口を開くかもしれないと思ってね。どうやって引き合わせようかと思ってたんだけど、まさか自分から来てくれるとはね。しかも鹿を探してるときた。神は俺に味方したかと思ったよ」 


 アルヴィスは朗らかに笑う。たしかにあの場でアルヴィスと会えたのはエキナにとっても幸運だったと言えるだろう。


「……神話については話そう。だがその前に、聞かせてくれ」

「ん、なに?」

「どうして一国の王子がこちら側にいる。王はお前の親じゃないのか?」


 アルヴィスは瞬間きょとんとして、笑った。


「ああ……そうだった。もちろん話すよ。まず、王様は確かに俺の親だ。といっても、血縁があるだけでその意識は薄いけど。で、こっち側にいる理由だけど、俺の母は獣人に殺された」

「…………それは」


 なんと言ったものか迷い、エキナは言葉を濁らせたがアルヴィスは気にせず続ける。


「殺した獣人は、姉上……リヴィア姫の母親。彼女は、王の性処理獣隷だった。身籠って生まれたのが、リヴィア姫。俺はその頃まだ子供だったから今思えばって話になるけど、母はその獣人のことを虐めてた。相当酷いこともしてたし、母は暇さえあれば恨み言を言ってたから俺も獣隷ってのは虐めていいんだと思ってた。だけどある時、母がその獣隷に言ったんだ。『隠しても無駄だ。お前の娘も獣混じりだろう。教会に保護してもらう』って。あ、一応言っておくけど姉上は人間だよ? で、母は殺された。一瞬だった。つい今しがたまで蹲ってるだけだった獣隷が、熊になって母の首を切り裂いた」


 その時の光景を思い出してでもいるのか、アルヴィスの瞳はどこか遠くを見つめている。


「それなら……獣人はお前の仇になるんじゃないのか……?」

「そうだけどさ、悪いのは反抗されるはずないと油断して虐めてた母だろ? 頭から血を被って、俺は腰を抜かして、だけどその熊は俺を襲わなかった。その瞳には理性があって、諦めたみたいに俺のことを見てた。それで思ったんだ。なんでこんな強い奴らを、人間は虐げてるんだろうって。罪人とは言うけど、彼ら自身は何もしていない。子供を悪く言われて怒るのは人間と何も変わらない。危うい仕組みだと思わないか? 君たちが考えたように、本当に革命が起これば、きっと人間なんて簡単に殺される」

「……それで、獣隷を廃止したい、か」


 アルヴィスが頷く。


「そう。こんな危うい仕組みはさっさと終わらせた方がいい。こんな仕組みがなければ……母が殺されることだってなかったはずなんだ。できればリアンドが行動を起こす前に、なんとかしたい」


 アルヴィスは真っ直ぐにエキナを見る。挑戦的なその目は自信と決意に満ちていた。


「……わかった。協力しよう」

「おっ、ありがとう。嬉しいよ。それで、早速神話のことを聞きたいんだけど。いや、それだけじゃないな。今の教義のおかしなところはすべて知りたい」


 アルヴィスの言葉にエキナは頷いてロゼを見た。


「ロゼ。お前も少しは知ってるんだよな? どう聞いている?」

「私が聞いた話では……人間も、もとは獣人だった、と」

「なに?」


 アルヴィスが眉を顰める。ロゼはさりげなくエキナの方へと移動しながら続けた。


「順番が逆なのだと聞きました。人を獣にしたのではなく、神は獣に人の体をお与えになったのだと」


 アルヴィスは衝撃を受けたように目を見開いていたが、やがて長く息を吐いて頭を抱えた。


「……お前、そんなにショックだったのか」


 アルヴィスは顔を俯けたままで首を振る。


「いや、いや……いろんな可能性を考えてた。けど、そこまでは考えてなかった。最高だ。文字通り、この国の常識がひっくり返る。信じる奴がいないのも当然だ。なら、なんだ? 人の体こそ罪人の証なのか?」

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