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#37 嬌飾の仮面【ストレガドッグ】

「死の瀬戸際で何をしている、野良犬共」


 ようやく俺達の会話に気づいた双賀。

 けれども近づいてこないのは銃の冷却期間がまだ済んでおらず、また、反撃されないか警戒してのことだろう。その判断自体は決して誤りではない、けれど慎重すぎるというのも時として予期せぬ隙を生み出してしまうことを、奴は身を以て味わうこととなる。


「別に心配要らないわ、もう欲しい言葉は全部貰ったから」


 絶望的状況下において弾むミーアの捨て台詞。

 それは俺の左眼を覆っていた手の平から魔法陣を生み出す。


「『汝────降誕の輪廻から外れ、故郷(オセル)から定められた運命と離別する決意を口にせよ』」


 白光に刻まれた文字と六芒星とが交じり合い、複雑かつ幾何学的紋様が地面へと刻まれていく。その光景自体を直接見ていないはずなのに、頭の中に注ぎ込まれる何かがその情景を映し出していく。


「『巣食う心象の闇、鄙陋(ひろう)なる理性、浮薄たる心理をここに晒せ、吾は汝であり汝は我である。然らばその(ウイルド)は吾のものであり。其方のものでもある』」


「なに勝手に人の許可取らずイチャイチャしているんだ」


 カチリッ

 どんどん刻まれていく魔法陣の公明正大に紛れて鳴る撃鉄の冷気。

 懐から取り出した静かな殺意(ハンドガン)は、ミーアの背後へと易々と向けられた。


「今更何しようとしているかは知らんが、躾のなっていない犬にはお仕置きが必要だな」


 同衾するように交じり合う二人に向け、放たれた三発の銃弾。

 ミーアの頭部目掛けて飛来したそれは、展開された魔法陣上に差し掛かった瞬間に運動エネルギーを無に帰す。それと同時、周囲へ凄まじい風圧が巻き起こり、余裕気味に佇んでいた双賀の体勢を大きく崩した。


「魔術防壁!?それもこんな濃密なものまだ、しかしさっきの防壁で貴様は魔力をほとんど使い潰したはずだというに……ッ!」


 疑念を口にしている最中で双賀はすぐに変化へ気づいた。

 この部屋の中で一番存在感のあるもの。

 人間の構造上どれだけ無視しようにも、視覚や触覚から無意識に訴えかけてくる魔力の塊を。

 アメジストに輝く魔結晶。その凄味のある威光が見る見るうちに光を喪っていく。


「まさか貴様……魔結晶から魔力を間借り(きょうゆう)しているというのか?ふん、窮地に追い込まれ過ぎて気でも触れたか?そのサイズで原子力にも匹敵するようなエネルギー体から力を吸収しようだなんて、普通の人間に耐えれるはずが無い」


 奴の言う通りだ。

 人が許容できる魔力の量はアルコールのように決まっている。

 だというのにこんな、数千、数万人でも使いきれないような魔力の塊に身を晒せばどうなるかくらい、その辺りの知識に疎い俺でも理解できる。


「ミーア……ッ」


「大丈…夫ッ、だからそんな情けない顔しないで、私が絶対、何とかして見せるから……」


 こちらの懸念すら払拭して見せるミーアの笑顔は、決して強がりなんかじゃない。

 だったらこっちもジタバタするのは止めだ。

 堂々と彼女の儀式(おこない)へ身を捧げる。


「無駄だ!そんな付け焼刃な契約なんざ、どうせ失敗するに決まっている。お望み通りそのまま魔力に身体を蝕まれればいいさ」


 強がりと本心からそう叫ぶ双賀。

 その反応は至極全うで当たり前の反応だ。

 誰しも無謀な挑戦には嘲笑や嘲りが付き纏う。

 ごく自然で、理にかなった思考。

 だけどそれがどうした?

 いつだって偉業を成し遂げる人物というのは決まってそういう運命に立たされてきた。

 命程度で臆するような器なら、ミーアも俺もここには立っていない。

 そしてそれはこれからも同じ。


「『さぁここに顕現せよ、我が魂の代行者よ』」


 最後の詠唱を唱えるミーア。

 彼女は柄にもなく笑っていた。

 慈母と博愛を表したそれは、白きを増していく結界の白光へ埋もれていく。

 そんな彼女の手を俺は無意識に掴んでいた。

 こんなところで、終わってたまるか!!


「うおおおおおおおおおッッ……!!」


 流れ込む膨大な魔力の熱に侵され、俺の身体は一度大きく脈を打つ。

 彼女から注がれた魔力(いし)に呼応して、役目を果たした魔法陣が粉雪のように砕け散り、夜闇を白く彩っていく。


「な、そんな馬鹿な……本当に成功させたというのか、こんなふざけた契約をッ!?」


 強がりに保っていた表情が一転、本音を露わにする双賀。

 喪われたはずの俺の左眼。そこには緋色の光が宿っていた。

 彼女が与えてくれた新たな光。それは立ち上がった視界全てを、全く違う世界(いろ)へと変貌させていた。

 魔結晶から絶えず煙のように溢れ出ているもの、人や有機物といった内包されているものは脈拍などで揺れ動き、魔力を持たないものはモノクロームのように魔力(いろ)を持たない。簡単に称するなら香り全てに着彩があるような世界だ。


「ミーア……」


 それら一通り目にしたものの中でも一際魔力の動きが小さいもの。

 俺の両手で眠る少女は、薄暮のように儚い表情を浮かべていた。

 そこにはもう覆っていた仮面は剝がされており、小さな吐息と共にあられもない寝顔を晒している。


 ありがとうな。


 ……バカ。


 心の中で唱えた祈りにそんな返事が返ってきた気がして思わず微笑む。

 眠り姫を起こさないようにゆっくりと降ろし、ようやく宿敵と相対する。


「待たせたな、双賀」


 驚愕したままの奴に差し向けるは、腰部から抜き放った一振りのナイフ。

 それだけで奴の動揺が魔力を通じて瞳に映った。


「これで最後だ。狩りの続きを再開しよう」

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