思い通りにいかない聖女は憤る
「アンジェリーナ・ナイトレイ。貴様との婚約を破棄し、我が国の聖女ミサキを害した罪で流刑に処す」
やっとこの時が来た! 見知らぬ世界へ飛ばされ、聖女としての地位を確立した。覚えはないけど、きっと過去に遊んだ乙女ゲームのどれかだと思う。美しく着飾った公爵令嬢は、目を見開いて固まった。
神殿の聖女用ローブ姿の私を抱き寄せるのは、この国の第二王子メイナードだ。きっと彼が攻略対象なんでしょ? ほかにも見目麗しい男がいる。逆ハー展開にしたいけど、まずは王子の婚約者の排除からだわ。まだ若いんだもの、時間はある。王子の恋人として権力を手に入れてから、ゆっくり落とせばいい。
流刑なんて軽い。正直そう思うけど、貴族令嬢が放り出されて生きていけるわけないから、どうせ死ぬんだしいいかな。本当は目の前で首が落ちる姿を見たかったけど。
ぎゅっと胸を押し付けて王子の腕に縋る。今は第二王子だけど、どの物語でも王太子に何か起きて異世界から来たヒロインが王妃になる。だからメイナードも王太子になるはず。私は王妃になるのよ。国で一番贅沢が出来て、権力があって、命令し放題の立場。毎日遊んで暮らすの。
権力があれば、メイナードの目を盗んで他の攻略対象を落とそう。騎士団長の息子である黒髪美形も、きっと攻略対象だよね。あとはよくあるパターンで宰相の息子だったり、神官長の息子なんかも対象だよね。ぐっと腰を抱き寄せる彼にすり寄ると、周囲の貴族から「ふしだらな」と囁きが漏れた。
変な目で見ないでよ。貴族って、陰口叩く学校のブスの集団みたいで腹立つ。
メインイベントである婚約破棄は、たぶんシナリオ通りなんだろうな。いけすかない公爵令嬢が反論して、王子が反撃する。その様子を見ながら、私は攻略対象の物色を始めた。別に逆ハー要員になれるイケメンなら、地位はなくてもいいや。
壁際にいるあの騎士、鍛えてて美味しそう。あ、端でシャンパングラスを持ってる侍従の子も可愛い。公爵令嬢が失礼な説教を始めた所為で、メイナードが怒り狂った。
「煩い! 貴様など死罪だ」
やった! これで首を落とせるじゃない! 大喜びする私をよそに、周囲の視線が冷たくなった。なんで? 公爵令嬢が王族に逆らったら、不敬罪? とかいう罪状になるんだよね?
「ナイトレイ公爵令嬢、こちらへ」
私のお気に入りが、公爵令嬢へ手を伸ばす。その女、悪役令嬢なのよ? メイナードに腰を抱かれていなければ、間に入って邪魔したのに。むっとして睨みつけた。ブレントは騎士団長の息子で、凄く優秀だ。何度もコナを掛けたのに無視されたけど、王妃になれば私の物なんだから。
気に入らない悪役令嬢の兄が駆け寄った。二人とも貴族の頂点に立つだけあって、凄く綺麗。違う、公爵令嬢はこのあと追放されて、ズタボロになるんだから。よくあるゲームの展開みたいに、途中で盗賊に乱暴させて、娼館へ売りつけてやりたい。
澄ました顔が歪んで助けを乞うまで痛めつけたいのに。ローレンスも攻略対象だと思う。なのに私を睨むだけじゃなく、メイナードに手袋を叩きつけた。決闘? 私を懸けて戦うなんて素敵じゃない。これぞ乙女ゲーム!
確かこうやるのよね。ゲームだとこんな感じ。
「あなたに聖女の加護があらんことを」
なぜか貴族が顔を背けて震えている。私の力の大きさに驚いたんでしょ。今頃遅いのよ。でも財産を差し出して、奴隷になると誓うんだったら許してやってもいいかも。ふふんと鼻で笑い、満面の笑みを浮かべた。
なにやらひそひそ話し合う兄妹に眉を寄せる。すっごい不愉快だわ。ブレントまで交じって!
「お兄様、本当にあの方と戦うんですの?」
「もちろんだ。ジェナを貶められて許せるほど、私の度量は大きくない」
妹のためだからって命を投げだすことはないわ。その女は悪役令嬢だもん。ヒロインである私は広い心で許してあげるけど、後で罰として跪いて愛を誓ってもらうわよ。
私が鼻高々でいられたのは、僅かな時間だった。ローレンスの強さは半端じゃなくて、メイナードの剣は一回キンと音をさせただけで折れる。喚き散らすメイナードの兄である王太子が乱入し、さらに場の雰囲気が悪くなった。
メイナードは騎士に拘束され、未来の王妃である私まで縛り上げられた。薄暗い地下に隔離される。地下牢にヒロインを入れる攻略対象がどこにいるのよ! 早く出しなさい!!
騒いでも無視され、食事も服も粗末な物に変わった。
数日後、メイナードの平民降格の話を聞く。すでに塔へ幽閉すると連れ去られた彼だけど、きっと聖女を支持する神殿が民を連れて助けに来る。そう思っていた。だって物語のヒロインである聖女だよ? 絶対に私は助かるはず。
メイナードが王子じゃなくなったなら、王太子が私の運命を変える攻略対象なのかも。神殿の大神官が私を返せと抗議して、表に出た私の清楚な美しさに王太子がメロメロってパターンもありそう。わくわくしながら待っていた私に通達されたのは、聖女の地位を剥奪した事後連絡のみ。
地下牢を出されて、街の外れに放り出された。ここは神殿の奉仕活動で来たことがある。生ゴミが腐ったような臭いが充満する、スラム街だ。そこで奉仕活動を強いられた。このスラム街をゴミひとつない美しい場所にするまで逃げられない。
鎖に繋がれ、汚い連中の間で暮らす。メイナードも同じ罰で、金髪碧眼白い肌は台無し。ただの小汚いひょろ男に成り下がった。鎖のせいで逃げられず、何度もスラムの汚い男に犯される。それすらも罰なのか、監視員はまったく意に介さなかった。
監視員を懐柔してよい食事や環境を手に入れようとしたけど、媚びても鼻で笑われる。
「こんなゴミを相手にしなくても、いくらでも街には綺麗な女がいるんだよ」
吐き捨てるように言われた私を、後ろからメイナードが犯す。もう全部が台無しよ! どうなってるの? もしかして悪役令嬢が「逆ざまぁ」するラノベが流行したから、そっちの世界だった……とか?! 冗談じゃないわよ!
「死ね、悪役令嬢!!」
あんただけいい思いするなんて、許さない。やり直しを要求するわ。