お前の好きな妖花、今俺の隣にいるけど〜「僕の方が先に好きだったのに?」知らん。今は俺の彼女だ。引っ込んでろ〜
『僕は妖花が好きなんだ』
親友が好きな奴が誰であろうとどうでもいい。相手が妖花でさえなければ、俺はふーん。その一言で済ませたんだけどな。
聞いてもいないのに、親友が好きだと言った相手は今。俺の隣で肩に頭を乗せて寝ているんだよなぁ、これが。
俺の親友、田川太平と俺の肩に頭を乗せている少女ーー天野妖花は幼馴染だ。小学校時代は同じ登校班で6年間共に登校した仲だと聞いている。
お互い名前で呼び合う間柄だが、二人が幼馴染であることは、今の所現在通っている高校で知る人間は俺だけだ。
妖花と太平は、地元の高校には通わなかった。
かなり早い段階で進路を決めた妖花は、地元の高校に通わず全寮制の高校に進学した。家族仲が悪いわけではない。自宅から通える高校に通うと、何かと理由をつけて太平が遊びに来るからだ。
太平を鬱陶しいと感じていた妖花は、全寮制の高校に通うことで、彼の顔を見なくて済むと胸を撫で下ろしーー絶望した。
入学して早々、見知った顔を目撃してしまったからだ。
『やぁ。ぐ、偶然だね』
偶然を装って太平に声を掛けられた妖花の顔は、いつ思い出しても笑えてくる。彼女に表情は死んでいた。
その能面のような表情が気になって、声を掛けたのがはじまりだ。
『天野って、田川のこと嫌い?』
『……関係ない。あなたには』
初対面の妖花は、誰に対しても心を閉ざしていた。
余計な話をして太平に漏れ伝わるのを警戒していたらしい。太平は大人しそうな見た目でいかにもいじめっ子が都合よく使い倒しそうな都合のいい人物であったが、妖花の事となるとストーカー並みの執着を見せるようだった。
妖花の交友関係を徹底的に調べ上げ、買い物に出かければ偶然を装い声を掛けてくる。太平の行動は妖花に少しでも興味を抱いて貰おうとする為のものだが、なんとも思っていない相手がいつでもどこでも視界に入り込んで来て声を掛けてくるのはストレスでしかないだろう。
太平は間違えたのだ。
幼馴染みという貴重な立場をもっと活かすべきだった。そうすれば、彼だって妖花と恋仲になれたかもしれなかったのに。
今更好きとか打ち明けられても困るんだよなぁ。
このタイミングで俺に好きだと言ってくる辺り、俺の部屋に出入りしていることに気づいたのか。俺と二人で歩く妖花の姿を見たかのどっちかだろう。
俺たちは親友だが、太平と妖花。
どっちの味方をするかと聞かれたら、俺は当然妖花の味方をする。太平と親友になったのは、妖花に頼まれたからだ。
俺が太平を心から親友であると感じたことなど一度もなかった。
妖花に頼まれなければ、絶対関わり合いにならなかった人間なんだよな。太平って。
妖花に対するストーカー紛いの執着はもちろんのこと、太平は屈折した思いを抱えていた。うじうじグチグチ、俺からしてみればそんなこと悩んでも必要ねぇだろと思わずにはいられないことに悩んでいる。
こだわりが強いのだ。自分はこうであるべきと言う欲望が強いと言うべきか。自分の思い通りにならないとすぐに後ろ向きになって、「僕は駄目人間なんだ」「死んだ方がマシだ」と騒ぐ。
『……正直、怖い』
妖花は初めて会った時、俺に「関係ない」と言った。
しつこくない程度に挨拶から初め、徐々に距離を近づけていくと彼女俺に本音を吐露した。
嫌いではなく、怖い。
その言葉を得た俺は、怖がる彼女が安心して高校生活を送れるように、太平の親友を名乗ることで身を挺して彼女を守ることにしたのだ。
つまり、親友だと考えているのは太平だけであり、俺はちゃっかり太平から妖花を奪った。二人の仲を邪魔するおじゃま虫みたいなものである。
妖花から見れば俺は、怖い幼馴染から救ってくれた正義のヒーロー。
太平から見れば、信頼の置ける親友だったのに。大好きな幼馴染を奪った憎い恋敵と言うわけだ。
どうすっかな。この状況。
妖花は気持ちよさそうに俺の肩に頭を載せて寝入っているし、太平は俺の隣に妖花がいると知っているのか……。なんとも微妙な所で判別をつけられないがーー俺を牽制しようとしている。
牽制するのが遅すぎだろ。
俺と妖花は1年の時から交流があり、彼女と交際し始めたのは3年に進級してすぐ。4月のことだ。
現在は10月で、妖花との交際は順調に進んでいる。最初は何かされるんじゃないかと怖がっていた妖花も、当然のように俺の部屋へ足を踏み入れるようになったくらいだ。妖花から俺に対する信頼は、今更太平が手を出してきた所で揺らぐことはないだろう。
「ふーん。お前ら、幼馴染なんだっけ?」
『うん。そうだよ。僕はずっと、妖花のことが好きで……告白、しようと思うんだ』
「へー」
『協力、してくれないか』
何女子みてぇなこと言ってんの?協力も何も。お前が好きな女は俺のもんだけど。誰が協力なんてするか。
お前になんか渡さねーよ。
一通り心の中で悪態をついてから、一度目を瞑って気持ちを切り替える。こいつを見えない所で刺激すると後が怖い。ナイフを持って妖花を襲ってきそうだ。爆弾を投下すんなら、表情を窺えるような状況下でないと。
「協力?俺が?何するんだよ」
『ノブは……恋愛経験豊富じゃないか。色々アドバイスがほしくて……』
「アドバイスなんて必要なくね?幼馴染ってアドバンテージがあれば、テクニックなんざ必要ねぇだろ」
『幼馴染だからこそ、眼中にないと言うか……。恋愛って、難しいね』
幼馴染って言うどんなに願っても簡単には手に入らねぇポジションを持っているくせに小手先のテクニックでどうこうしようなんて考えるから失敗したんだよ。
あー、こいつと話しているとイライラする。隣に妖花が居なけりゃ絶対我慢できなかった。
妖花が寝ているのをいいことに、左手で妖花のよく手入れされた髪の毛を弄びながら、適当に会話を終わらせる。
「ごめんな、太平。俺、これから用事があるんだわ。またな!」
『そ、そっか……。それじゃあ、詳しい話はまた今度だね……』
太平の中では当然俺が妖花との仲を進展させる手伝いを引き受けることが決定しているようだった。こいつマジで人の話聞いてねぇな。俺は一言も協力するなんて言ってねぇぞ。
「……ナガ……」
「んー?」
「……ご機嫌、斜め?煙草、吸いたそうな顔してる……」
俺の声に反応したのか。髪をいじられたことで目を覚ました妖花は、可愛らしく俺の顔を見上げながら首を傾げた。俺の彼女は世界で一番かわいい。イライラが一気に吹き飛んだ。
「だから、吸わねぇって。俺を不良キャラにすんな」
「……飴ちゃん、舐め舐め。する?」
「おー」
妖花は常に棒付きキャンディを持ち歩いている。彼女は俺の「煙草が吸いたそうな顔」に惚れたらしく、彼女は俺がそうした表情をした際は煙草の代わりに棒付きキャンディの包み紙をペリペリと音を立てて外す。
いつでも舐めて溶かせる状態になったキャンディで唇を押し開き、俺の口に無理やり突っ込んで来るのが恒例行事となりつつある。
「なんか、今日のヤツはすげー変な味すんな。酸っぱいんだけど」
「期間限定シークヮーサー味」
「マジか。新商品って当り外れが大きいんだよな。沖縄フェアでもやってんの?」
「わかんない」
「おー……。わかんねぇなら、しかたねーな」
妖花は新商品が好きらしい。何かと冒険するタイプで、俺はいつも実験体扱いされている。好きな女じゃなかったら、こう何度も実験体にされるのはとてもじゃないが耐えられないので、彼女は俺の好意に感謝するべきだと思う。
ちなみに、今日の飴は外れだ。舐めただけではシークヮーサー味とは思えない強烈な酸っぱさだけが伝わってくる。
俺の反応を見て、シークヮーサー味の飴を舐める気にはならなかったらしい。オードソックスな紫色の飴を取り出し梱包紙を剥がしてから口に咥えた妖花は、俺の瞳をじっと見つめてきた。
「さっき。独り言……」
「電話だよ。お前の大嫌いな相手から」
「……要件、なに」
「お前のことが好きなんだと。俺に協力してくれってさ」
「失恋確定。ご愁傷さま」
妖花は両手を重ね合わせると飴を口に咥えながら目を閉じ合掌した。嫌いを通り越して存在が怖いと感じている相手を好きになるわけがない。
実は俺よりも太平が好きだと振られる展開になったらどうしようかと内心ビビっていたが、そりゃねぇよなと感謝を込めて背中から妖花を抱きしめた。
「ん。ナガ、背中……重い……」
「愛の重みだぞー。受け取れー」
「……十分受け取った。お腹いっぱい」
「俺からの愛は、吐くくらい貯めといた方がいいぜ?」
「貯めとくと、ある?なんかいいこと」
「どーだろうなぁ。あるといいよな!」
俺からの愛をたっぷり注いでおけば、何があっても妖花が太平に揺らぐことはないだろう。
歯を見せて笑ってやれば、振り返って俺の顔を見上げる。妖花は、強い意志を込めて俺に呟く。
「ナガ、協力、する?わたし。あの人だけは絶対嫌」
妖花が太平を嫌いなのは今に始まったことではない。縁を切りたいと願うなら、叶えてやんのが頼りがいのある彼氏ってもんだろ。俺は妖花の言葉に同意した。
「だろうな」
「あの人の姿を見ると、怖い。いつでもどこでも、わたしの視界に入ろうとしてくる。気にしているわたしが、自意識過剰みたい。何も悪いことしていないのに」
「そうだな。妖花はなんにも悪くねぇよ」
妖花から話しかけて欲しそうに周りをうろちょろするからストーカー扱いされて好感度が下がったんだろ。妖花が悪いなんてことはない。
まぁ、そのお陰で俺が妖花の彼氏になれたわけだから、感謝しかねぇけど。
妖花は俺が肯定しても、不安を吐露し続けた。
「ん……。好きなら好きで、早く玉砕して欲しい。もう二度と、関わりたくないのに。わたしが好きなの、ナガだって言ったら……。殺されちゃうのかな」
「悪質なストーカーだろ、あれ。相談したって警察は動いてくれねーもんな。幼馴染ってのが厄介だ」
「あの人のこと、考えるのも面倒」
「もうちょっとだ。頑張れ。俺、一つ気になってることがあるんだよな」
太平は妖花が買い物に出掛けると何処からともなく現れて、妖花を遠くから監視しているらしい。
太平の望み通り妖花から話しかけた所で、あいつは待ち伏せして話しかけることこそが正しいコミュニケーションであると勘違いするに決まっている。
今だって10回に1度は偶然を装って声を掛けてくるのだ。寮から出る際何度後ろを振り返っても太平の姿はなく。今日はいないと安心した頃に決まって姿を見せるのだから。妖花から話しかけていたら毎日後ろを着いてくるに決まっている。
なんつーか、タイミングが良すぎるんだよな。
妖花は買い物に向かう際、行き先を寮母に告げてから外出する。
妖花も警戒しているので、交際してから俺は一度も彼女の部屋に訪れたことはなかった。
そもそも妖花が暮らしているのは女子寮だ。彼女の部屋に直接入り込むことはできない。談話室にも限りがあり、基本は予約制だ。壁が薄く、落ち着かないのでいつも妖花は一人で暮らしている俺の部屋に来ていた。
「妖花。これから寮の談話室。予約できるか?」
「……ん。聞いて、みる。ナガ、名案。思いついた?」
「いや。めんどくせーから、外堀埋めて荒療治するしかねぇだろ」
女子寮は噂の宝庫だ。
誰かが男を連れ込んだなら、一気に噂が回る。もしも俺の予測が正しければ、太平は談話室にやってきて俺を怒鳴りつけるだろう。談話室は壁が薄い。騒ぎになれば噂があっという間に広がって、太平の印象は悪くなる。
俺の印象も悪くなるかもしれねぇけど、それはそれ。これはこれだな。妖花が健やかな日常を暮らせる為なら、どうってことねぇだろ。
「抑えた。談話室」
「サンキュ。じゃあ、鬼退治に行くかー」
「口に咥えた飴ちゃんを、わたしにくださいな」
「きびだんごだろ?」
「……飴ちゃんで元気百倍」
「口に広がるこのよくわかんねー味で、だいぶHP削られたけどなー」
軽口を叩き合いなら二人揃って手を繋ぎ、部屋を出る。辺りを警戒したが、今の所太平の姿は見当たらない。
妖花と俺は今まで、交際がバレたら困る芸能人のように交際を隠していた。太平の件さえ落ち着けば、これからは人前でイチャイチャできるのだ。俄然やる気が沸いてきた。
「3年天野です。ただいま戻りました」
「お帰りなさい!談話室の鍵、用意しておいたわ。ここに使用者の名前を2人分。お願いできるかしら?」
寮母は俺と妖花を明るく出迎え、名簿に記入するように促してくる。
俺はさり気なく辺りを見渡した。
寮の玄関は、ただ広いだけの開けた空間だ。寮に姿を見せた部外者がなにかできるとしたら、観葉植物の植わっている植木鉢くらいだろうか。
「後でもう一人、増えるかもしれないのですが……」
「遅れてもう一人来るのね?そしたら、受付の際に書いてもらうから大丈夫よ」
「ありがとうございます」
俺の考察が正しければ、太平は血相を変えてこの場に姿を見せるだろう。
談話室の扉に鍵を差し込み、ドアを開けた妖花と共に中へ入り、壁に背をつける。ひとまず妖花には巻き込まれないよう、椅子に座って貰うことにした。
「いいか?もし襲われそうになったら、すぐに机へぴったりと胸をつけて机の縁にしがみつくんだぞ」
「ん、わかった」
妖花は本当に太平が姿を見せるのかと不安そうに座っている。その姿は小動物のようで可愛らしいが、妖花に気を取られている場合ではない。開け放たれたドアをじっと見つめ、俺はあいつがやってくるのを待った。
妖花と俺。太平はどっちを選ぶ?
「よくも!僕の妖花ちゃんを手籠めにしたな……!」
俺の予想通り現れた太平は、椅子に座る妖花になど目もくれず、一目散に俺へ向けてやってきて胸ぐらを掴み上げた。喧嘩慣れしていないからだろう。
とりあえずやってみました感が満載で、本気を出せば余裕で突き飛ばせる。そんな弱々しい手付きで胸ぐらを掴まれて潤んだ瞳で見つめられても。怖くもなければ負け惜しみにしか聞こえねぇけど?
「誰がいつ、お前のもんになったって?」
「生まれたときからだよ!いつから付き合っているんだ!?」
「3年の春から」
「出会ってたった3年しか経っていないのに、妖花ちゃんと交際する権利があると思っているのか!?信じられない!」
「信じられねぇのはお前の方だろ」
「僕は生まれたときから妖花ちゃんが好きだ。ずっと側で妖花ちゃんの成長を見守ってきた!18年間ずっとだ!僕の方が先に好きだったのに!」
だからなんだよ。好きに時間は関係ねぇだろ。妖花を思い続けた時間は圧倒的に太平の方が長い。それは認めてやるけど、思いが通じ合わなければなんの意味もなさない。
「交際する権利があるかどうかは、お前じゃなくて妖花が決めることだろ」
「妖花ちゃんは俺が好きに決まってる!僕達は愛し合っているんだ!ただ、恥ずかしくて素直に気持ちを吐露できないから……っ。僕は妖花ちゃんから告白してもらえるように、ずっと待っていたんだよ……?」
「気持ち悪い」
「ほら!やっぱり!お前が勝手に妖花ちゃんの彼氏面をしているだけなんだ!妖花ちゃん、これから僕とずっと一緒に居よう!」
妖花の言葉が俺に向けられたものだと勘違いした太平は、両手を広げて妖花が胸に飛び込んでくるのを待ち望んでいる。いや、なんつーか。思った以上にやべぇなこいつ。妖花が怖がるのも無理はない。
「田川太平」
「妖花ちゃん!僕の名前を呼んでくれるのは12年ぶりだね!僕と妖花ちゃんが6歳の時、たしか入学式だったかなぁ?お母さんに言われて、渋々僕の名前を呼んでいた。今でも鮮明に思い出せるよ!」
「名前を呼ぶのも怖いし、気持ち悪い。わたしはあなたのことが嫌い。今すぐわたしの前から消えてほしい」
「妖花、ちゃん……?」
「わたしが好きなのは各務原信長。あなたは嫌い。二度とわたしの前に姿を見せないで」
椅子から立ち上がった妖花は、両手を広げて胸に飛び込んでくるのを待ちわびていた太平の胸元を思いっきり蹴り飛ばした。頬を叩いても大したダメージを与えられないと判断したのだろう。受け身も取れず床に転がった太平は、胸元を苦しそうに抑えながら呆然としている。
「よ、妖花ちゃん……?僕の妖花ちゃんが、僕に暴力を振るうわけ、ないよね……?」
「貴方は、わたしが弱いと下に見ていた。加害できそうな女が近くにわたしだけだったから。貴方はその気持ちを好意と勘違いしただけ。気持ち悪い。最低。最悪。女の敵。今すぐ消えて」
「よ、妖花ちゃん……っ!そ、そんな!僕の妖花ちゃんが汚い言葉を使うわけないじゃないか!僕の妖花のちゃんは天使なんだ!僕を好きだと言ってくれる……っ。僕を救ってくれるのは、妖花ちゃん、だけで……」
「妖花をお前だけが都合のいい妄想に付き合わせるんじゃねぇよ。妖花はお前の妄想通りに動く人形じゃねぇ。一人の人間として見ていない時点で、お前のことを妖花が好きになるわけねぇだろ?」
「お前……っ。お前が、妖花ちゃんを誑かしたせいで……っ!」
「俺が誑かしたわけじゃねぇ。好きになって貰う努力をせず、俺よりも先に妖花へ告白しなかったお前の自業自得だ。なぁ、妖花?」
妖花だけに任せるのもなんとなく後味が悪い。トドメを刺してやろうと口を挟めば、憎しみの籠もった瞳が俺を射抜く。妖花に対する愛憎よりも俺への憎しみを募らせているようで何よりだ。
「貴方がナガよりも先にわたしへ告白したとしても、わたしが貴方を好きになることはなかった。わたしとナガが交際することは、運命付けられている。貴方は、わたしの人生に必要ない」
「妖花ちゃ…」
「これが最後の警告。二度とわたしの人生に、入り込もうとしないで」
打ち合わせなしの連携プレイをしっかりと決めてきた妖花は、勢い余って俺の首元に飛びつき、唇を塞いできた。
目の前で好きだった女と親友だと思っていた男のキスシーンを見せつけられ、太平は騒ぎ立てる気力もなくなったらしい。自業自得とはいえ、後味は悪いが仕方ねぇな。これも必要悪だ。
「俺と妖花の周り、二度とうろちょろするんじゃねぇぞ」
妖花を横抱きにして床に座る太平の横を通りすぎ、出口に向かう。談話室の鍵は騒ぎを聞きつけ集まってきた野次馬達へ適当に押し付けておく。
これから光の速さで噂が回るだろう。
「妖花。土いじり、得意か?」
「……ん」
妖花を抱き抱えたままでは怪しい植木鉢の中に仕掛けられたあるものを探し出せない。
妖花は頷き、手が汚れるのも厭わずに植木鉢の土を手で弄りーー土から半分以上出ている盗聴器を掘り出した。
「これ?」
「おう。ビンゴだ。これで俺の声聞いて飛んできたんだろ。多分、妖花の実家にもあるぜ」
「……怖い……」
「これから寮母か寮長かはわかんねぇけど、聞き取り調査があるかもしれねぇ。そしたらこれ見せつけて、わたしは被害者ですって言うんだぞ?」
「これが目に入らぬか。盗聴器だから……?」
「そうそう。これで暫くは大人しくなるだろ」
「うん。これで、堂々と手を繋いで歩ける」
盗聴器を持った妖花は、こちらの様子を窺っていた寮長の元へ駆け寄り、事情を説明していた。
この様子なら、俺がついてなくても大丈夫そうだな。俺は妖花と別れ、女子寮を後にした。
*
ーーそれから。
俺と妖花が交際していること、太平が長年妖花にストーカー紛いの執着を見せていたことは全校生徒に広がっており、俺はお姫様を守ったヒーローとしてなぜか女子生徒に労いの言葉をかけられるようになった。
妖花は今まで見向きもしなかった女たちが俺に群がってくることが気に食わないようで、むっつりと顔を顰めて俺の膝上に乗って「わたしのもの」と女子生徒に見せつける場面が多くなっている。
「なぁ、妖花。いい加減機嫌直せって」
「ナガはわたしの彼氏。みんなのヒーローじゃない」
「そりゃそうだろ」
俺が肯定しても、妖花は笑顔を見せることはなかった。
太平は居づらくなったのか、妖花に否定されたのが堪えたのかはわからないが、いつの間にか学校を退学していた。自主退学なのか、学校側に促されてなのかはわからない。まぁ、俺と妖花に恨みを募らせて来るようなことさえなければどうでもいいか。
「……わたしも、みんなのお姫様になろうかな」
「なんでだよ。これからはイチャイチャラブラブするんだろ?」
「うん」
不機嫌だった妖花は、俺の言葉であっさりと機嫌を直した。
ご機嫌な妖花は、スマートフォンの画面で調べ物をしていたらしく。
俺に調べていた内容を見せてくれる。
「鳶に油揚げをさらわれる」
「おう」
「この場合、ナガは鳶。わたしが油揚げ。アレは人間?」
「まー、そーだな」
「油揚げ、美味しくない……。もっと美味しそうなのがよかった……」
「例え話だからな?」
妖花はこの例え話を残念がっている。俺が鳶で妖花が油揚げなら、俺はバクバクと妖花を食らうわけだ。たらふくお腹いっぱいになったらポイとか、そんな勿体ねぇことするわけ無いだろ?
「わたしのこと。大事にしてね。大事にしてくれなかったら、油揚げに足が生えて、鳶の口から逃げて行っちゃうから」
「油揚げに足ってなんだよ……」
「ふふ」
妖花は楽しそうに、提出するプリントの裏に四角に棒が2本生えた絵を書いて「油揚げガール」と吹き出しを書いて笑っていた。
妖花もちょっと感覚がズレているんだよなぁ。ま、楽しそうな笑顔を見れたならいいか。
「うっし。じゃあ、俺は鳶を描くか……」
「アホーって鳴くの、カラスだよ」
「まじかよ」
「鳶は、ぴーひょろろ」
「ホントかー?」
これからも俺は、彼氏として彼女の笑顔を守り抜くと誓った。
2022.12.18 200文字程度加筆
2022.12.21 50字程度加筆