第5章 違和感と真実
ノーランはレイラに手紙を渡して謝罪と告白をしたというが、そんな話は婚約者のローザから聞いてはいない。
未だに謝罪をしないと、つい最近まで彼女はかわいい後輩兼親友のために大層怒っていたから。
これはどういうことなのだろうか。ただわかっていることは、ノーランの誠意がレイラ嬢に伝わっていないという事実だけだ。
そう言えば、今でこそせめてレイラ嬢に近付きたいと勉強に励んで良い成績を上げているが、一年の頃のノーランは完全に体力馬鹿の脳筋で、まともな本を読んだこともないような奴だった。
作文や詩歌の出来が幼児並だと担当教師が嘆いていたな……もしかしてそれくらい手紙の内容が酷かったのか?
バートランドはそんなことを想像して遠い目になった。
それともう一つ疑問がある。
レイラ嬢に決まった相手だと? 確かに断り難い相手から目をつけられているのは事実だが、彼女自身はまだそのことに気付いてはいないはずだ。
そしてその相手も色々思惑があって、卒業するまではまだ彼女には手を出していないはずだ。
だからこそ、卒業する前にノーランに行動させたいと思っていたのだが。
とりあえず一応確かめておこう。
「レイラ嬢が決めた相手って誰なんだい?」
「誰だかは知らないが、卒業パーティーで踊る相手はもう決まっていると言っていた」
「えっ?」
バートランドは思わず声を上げた後、なんだ、とホッと息をついた。面倒なことになったのかと思ったのだが、やはりこの脳筋の思い違いだった。
「ノーラン、それは君の勘違いだ。彼女の卒業式のパートナーは本当に単なるダンスのパートナーであって、恋人でも決まった相手でもない」
「何故そんなことがバートにわかるんだ?」
ノーランが恨めしそうにバートランドにこう言うと、彼は何でも無いようにこう答えた。
「だって、その相手というのは僕だからさ」
「なんだと! 君には婚約者がいるじゃないか! それなのにレイラに乗り換えるのか! それじゃあ君こそマントン先生と同じじゃないか!」
ノーランは再びバートランドの胸ぐらを掴んだ。その力があまりにも強かったので、バートランドは大きな呻き声をあげた。
その時パン!と理科実験の準備室の廊下とは反対側の扉が開いて、レイラが中に飛び込んできた。
「ノーラン止めて! バートランド様の息が止まってしまうわ」
「やっぱり君はバートが好きなんだな!」
「何言ってるの! バートランド様にもしものことがあったら、あなたはローザ様に八つ裂きにされるわよ!」
「えっ?」
バートランドとローザが熱烈に愛し合っていることはレイラと同じくらいにノーマンは知っている。
そして王女付き事務次官になっているローザを怒らせたら、どんなに怖ろしい目に遭うかわからないってことも。
ノーランが思わず手を離すと、バートランドは勢いよく咳き込んだ。
「大丈夫ですか、バートランド様。すみませんでした。私が無理なお願いをしたばかりにこんな目に遭わせてしまって」
レイラはバートランドの背中をさすりながら頭を下げて言った。そして、キッとノーランを睨みつけた。
「最近じゃすっかり紳士的な振りをしていたけど、やっぱり中身は乱暴者のままなのね。その上無神経だわ。
卒業パーティーにダンスの相手がいないと、嫌な人に絡まれる恐れがあるから、私が無理にバートランド様にパートナーをお願いしたのよ。
卒業式の日はローザ様がお城のご用で参加できないのを知ったから」
「えっ?」
「いや、僕もローザからレイラ嬢と踊って欲しいと懇願されたんだ。僕が色々な女性とダンスを踊るのは嫌だからと言ってね。
レイラ嬢なら僕を好きになることは絶対にないから安心だって。
ほら、レイラ嬢の好みは僕とは正反対の地味で不器用な肉体派だから」
バートランドが態とらしくレイラにウィンクをしながらこう言った。ところがレイラはそこでとんでもない発言をした。
「あら、バートランド様。人の好みは変わりますわ。ノーランのように。
私はバートランド様のような紳士的で頭脳派でありながら、友情にも厚いバートランド様のような方が好みになりましたわ」
「「えっ?」」
「もちろん、大切な友人の婚約者様に邪な思いなどは抱いておりませんが。
ただ私も、卒業をしてお仕事をするようになったら、是非ともバートランド様のような男の方を探そうと思っていますわ」
「「・・・・・」」
それを聞いた二人は焦った。しかしその理由は違っていた。
「レイラ、君が僕のことをまだ許してくれていないことはわかってる。もちろん僕の思いに応えるつもりがないってことも。
でもせめて君の自慢の幼馴染みだと思ってもらえるようになりたいと思っているんだ。だからあの学園祭の後、ずっと俺なりに努力してきたつもりだ。
でも君の理想がバートのような男だとしたら、君の言う通りまだまだだ。だから後もう少し待っててくれ。俺は絶対に君の理想の幼馴染みになってみせるから」
「ちょっと待ってよ。
さっきから私があなたを許していないとか、あなたの思いに応えるつもりはないとかって、どういう意味なの?
そもそも私はあなたに謝ってもらったり、告白された覚えはないんだけれど」
レイラはノーランを睨みつけると不機嫌オーラを放ちながら言った。
すると、ノーランは喫驚した。
「俺、レイラに直接手紙を手渡したよな? あの学園祭の後、初めて四人でランチをした時に……」
「えっ? …………ああ、あのただの空っぽの封筒のこと?」
「空っぽ?」
「確かに学食でこっそり封筒を手渡してきたわね。便箋も何も入っていない空っぽの封筒を。
私があの封筒をどんな気持ちで開けたのか、あなたにわかる? 期待と不安で胸の動悸が治まらず、震える手でようやく開封したのよ。そうしたら中は空っぽ…
ああ……これがノーランの私への気持ちなのだとその時理解したわ。
女性としてだけではなく、悪友、幼馴染みとしての情すら既にない、どうでもいい存在なのだと。
そしてそれを、態々こうして最終通告をしてきたのだと」
「違う!」
「私、あの日、再び大泣きしたわ。でも、そんなに冷たくされても、幼い頃、女の子らしくないと私をいじめる子や、私を蔑ろにしていた家族からいつも助けてくれたノーランのことを思い出して、どうしても忘れることができなかった。
忘れようと思えば思うほど忘れられなくて辛かった。そんな時母が開いたお茶会で、女性初の外交官になられたケイト様にお会いする機会があったの。そして、色々とお話をさせて頂いたの。
その時ケイト様がおっしゃったのよ。無理に忘れようとする必要も、嫌いになる必要もないんだと。むしろ積極的にその人に関わって、その人が幸せになるように手助けをしてみてらと提案されたの。
相手を幸せにできたら、それが自分の自信にもなるって。そうすれば気持ちを吹っ切って、次の新しい幸せを見つけられるんじゃないかって。
だからどんなにあなたに邪険にされても、あなた好みの素敵なご令嬢を紹介して、幸せになってもらいたいと思ったのよ。私があなたを忘れて前に進むためには!
でもまさかあなたの好みの女性のタイプが変わっていたなんて思いもしなかったわ」
「待ってくれ、レイラ。
本当に本当に俺は、当時のありったけの精力をこめて、やっとの思いでその手紙を書き上げたんだ。何度も何度も書き直して。
うそじゃない。どうして封筒の中にその便箋が入っていなかったのかはわからないけれど。どうか信じてくれ」
ノーランは泣きそうになりながら、レイラの足元に崩れ落ちた。
その時、今度は廊下側の扉の外から、廊下を急ぎ足で歩いて来る靴音が聞こえてきた。そしてそれは扉の前でピタリと止まった。
読んでくださってありがとうございました!