第3章 過去の失敗
「マントン先生とその元婚約者の女性は親同士が仲が良くて、幼馴染みだったらしいよ。だから物心ついた頃には既に婚約者同士だったらしい。子供の頃は本当に仲が良かったそうだよ。
ここまでは君達と同じだね。まあ、君達は正式に婚約していたわけじゃなかったみたいだけど。
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ところが自我が芽生えてくると次第に先生とその婚約者の仲はギクシャクしだしたらしいんだ。
彼女は異性として婚約者を愛していたのに、先生は婚約者を妹としてしか思えなかったそうだ。
君の場合はレイラ嬢のことを妹どころか、何でも言い合える友だと思っていたんだっけ? しかも親友じゃなくて悪友? ……最低だね。
えっ? 誰に聞いたのかって、婚約者のローザに決まってるじゃないか。
この話をしながら、あの気丈なレイラ嬢が泣いていたというのだから、相当ショックだったんだろうね。
何今頃青い顔をしているんだい?
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あ、話を戻すと、先生は学園に入学して大勢の女性を知ると、尚更婚約者に関心を示さなくなり、ほとんど彼女に接触しなかったらしい。
単なる女友だちには流行りの贈り物をしても、婚約者には家の者に命じて定番の品を適当に贈っていたみたいだよ。
何故それがわかったかというと、その彼の贈り物を身に着けた婚約者に、彼自身が似合わないねって言ったらしいから。
その上、彼女は婚約者の好みに合わせようと相当努力をしていたようだが、それを先生は無駄なことをしているって鼻で笑っていたって聞くよ。
本当にムカつく奴だよね。あっ、君も同じことをレイラ嬢に言ってたよね。これは僕も直に聞いていたな。
入学した年の学園祭に、レイラ嬢が君の好みに合わせてピンクのフリルのワンピースドレスを着てきたら、君には似合わない、滑稽だ、センスが悪いと散々けなしたよね。
あの時、レイラ嬢は泣きながら家に帰ってしまったから、せっかくの学園祭を楽しめなかったんだよね。本当に可哀想だったよ。
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先生の婚約者……えっと、いい加減面倒だな。その婚約者、ケイト嬢って言うんだが、その彼女も大分辛い目に遭っていたそうだよ。
それでも卒業すればすぐ結婚するのだからそれまでの辛抱だと、先生が多くの女性達と浮名を流してもずっと我慢していたんだ。
それなのに、よりにもよって卒業式前日になって、ケイト嬢は先生から婚約破棄を告げられたんだ。あんまりだろう?
彼女が卒業式や卒業パーティーに参加したのかどうか、それは知らないけれど、どっちにしてもせっかくの晴れの日が駄目になったことは明らかだよね。
別れを切出すにしても、何故あと二、三日待ってやれなかったんだろうね。人前で婚約破棄をしなかっただけまだマシだったと言っていた人もいたそうだけど、それだってどうせ自己保身のためだろうと僕は思うね。
本当にクズ野郎だよ。
そして卒業後、成績優秀で人気者だったその男が城勤めではなくて学園の乗馬教師になった時、みんなは酷く驚いたそうだ。一体彼に何があったんだろうと。
だけどそれは、勝手に婚約破棄したせいで親から罰せられたというわけじゃなかった。そして婚約破棄された女性の親の怒りで復讐されたってわけでもなかったんだよ。
彼らの両親は本当に愚かで薄情な人達で、破格の慰謝料だけでお互いに済まそうとしていたんだから。
両家とも彼女の気持ちや長年の努力に対して全く慮らなかったんだ。
そのことにケイト嬢を慕う多くの友人達が怒ったんだ。
先生は婚約者のことを地味でつまらない女性だと思っていたようだが、彼女はたくさんの友人に愛され尊敬されていたんだ。それも男女関係なくね。
ケイト嬢は優しくて思い遣りのある人で、困った人を放っておけないような人だったんだ。
それにただのガリ勉というわけでなく、友人達の学力向上にも力を注いでいたんだ。その結果、その年は史上最多の官吏合格者を出したくらいだからね。
彼女に感謝していた友人達は皆で協力して、彼が城勤めをできないように仕向けたんだ。
だって、浮気を繰り返した挙げ句に一方的に婚約破棄するような男と同じ場所で働くなんて、女性にとっては苦痛以外の何物でもないだろう?
そう。先生の元婚約者のケイト嬢って、三年間トップを貫いた才女でね、力試しに受けた官吏試験にも見事トップ合格していたんだ。
だから婚約破棄された彼女は、この先良縁を望むのは無理だろうと判断して、仕事に就くことにしたんだよ。それを知った仲間達が、彼女には知らせずに手を回したというわけなんだ。
ケイト嬢の友人って、高位貴族の子弟が多かったようだから。
官吏試験にトップ合格って、まさしくリアナ嬢と同じだね。それに友人や後輩達に慕われている点も同じかな」
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社交の時とは違い、普段友人達の中にいる時は寧ろ口数が少ないバートランドが、珍しく滔々と話し続けた。
そして、一旦話を切ると、大きく目を見開いたままあ然としているノーランに、再び厳しい目を向けるとこう尋ねた。
「レイラ嬢が友人や後輩の令嬢をランチの場に同席させることを、君は内心嫌がっているよね?
彼女が君に嫌がらせをしているとでも思っているんじゃないのか?」
バートランドの質問にノーランは答えなかった。つまりそれは肯定を意味することは明白だった。
バートランドはノーランを睥睨した。それからため息をついた。
「君は気付いていないようだけど、今までレイラ嬢がランチの席に同伴させたご令嬢達は、全員選りすぐられた方々ばかりだったんだよ。
しかも君好みのご令嬢ばかり。レイラ嬢はそんな素晴らしいご令嬢を選定し、君の人柄について語り、納得してもらった上であの場に同席してもらっていたんだよ。
その労力といったら並々ならぬものだったと思う。
そんな大変な思いまでして、君に嫌がらせをしようとしていただなんて、僕にはとても思えないんだけどね。
だから僕は君に聞きたいよ。どうしてそんな風に思ったんだい?」
「何故態々そんなことを聞くんだ。君が今さっき言っていたじゃないか。
そうだよ。俺はマントン先生と同じような酷いことを散々レイラにしてきたんだ。
だからその腹いせに女の子達を次々と紹介してくるのかと思っていたんだ。
態と昔の俺の好みのタイプの子ばかりを連れて来るから……」
ノーランは初めて自分の心の内を人に告げた。
ずっと誰かに聞いてもらいたいと思っていながらも、自分の醜さや愚かさを知られることが怖くて誰にも相談できなかったのだ。
そう。親友と思っているバートランドにさえ、軽蔑されそうで言えなかった。
だから、バートランドが婚約者のローザ嬢から既に自分の非道な行いを聞いていたと聞いて、寧ろ彼はホッとしたのだ。
そしてたまに彼が自分に向ける冷めた目の理由がわかって、ノーランはスッキリした気分になった。
もちろんこれがきっかけになって、今までのようには一緒にいられなくなる恐れもあったのだが、それでも……
「君の好みって変わってたのか? 知らなかったよ。それじゃあ今の好みってどんな女の子なんだい?
以前は落ち着いた茶色や黒髪のふわっとした髪で、薄茶色の瞳、それに甘い顔立ちの女の子が好きだと言っていたけれど」
知ってるくせにとノーランは少し腹立たしく思ったが、まさかこの状況でそんな図々しいことは言えない。
仕方なく下を向いて、少し照れくさそうに彼はモゴモゴとこう言った。
「色合いや顔立ちにはもう拘ってはいない。その人に合っていればいいんだ。痩せていてもぽっちゃりしていても、背が高くてと引くても、そんなことはどうでもいいんだ。
ただ甘ったれた感じの子より、キリッとした意志が強そうな、それでいて爽やかな感じの子がいい」
「ふう〜ん。それじゃ確かに今までランチしたご令嬢達ではみんなタイプが違うね。
それならもっと早くそれをレイラ嬢に話せば良かったんじゃないのか?
レイラ嬢の努力が全く無駄になったじゃないか」
バートランドはもっともらしいことを言ってノーランの反応を確かめた。
するとノーランは案の定困った顔をしてこう言った。
「確かにレイラにもご令嬢方にも申し訳なかったとは思うよ。
だけど直接レイラからあれが顔合わせだとも言われていないのに、何て言えば良かったんだ?
ずっと悩んでいたし、あんなことを止めたくてレイラを避けようとも思ったけどできなくて……」
「まあ、確かにそうだったね」
さっきまで眉間に皺を寄せっ放しだったバートランドの皺がようやく消え、フッと笑った。
バートランドだってもちろんわかっていた。ノーランがあの顔合わせを嫌がって、何かと口実を付けて逃げ出そうとしていたことくらい。
いやわかっていたからこそ、それを態と気付かない振りをして邪魔をしていたのだ。
何故なら逃げても何も解決しない。そんなことはわかりきっているのだから。
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