第10章 結婚事情と託された依頼
この国では互いに十八歳の成人になってさえいれば、本人達と二人の証人のサインで結婚が認められる。
そうは言っても後継者や財産分与の問題があるので、親の承認を得て結婚することが一般的だった。特に貴族社会では。そのためにその証人には互いの父親や親族の長がなる場合がほとんどだった。
しかし、それらの問題はノーランとレイラにとってはどうでもいいことだった。
特にレイラは昔から家族から無視され続けてきたので、侯爵家とは縁を切りたいとずっと思っていた。
彼らが自分とノーランを引き離し、あの第二王子と結婚させようと考えているのだからなおさらだ。
ノーランの方は家族とは円満なので、縁を切るつもりなどはないのだが、両親や姉の家族に何らかの悪影響があるとまずいので、もしもの時のことを考えて、彼らは何も知らなかったということにした。
事が済んだら必死に二人で謝ろうと思った。
両親や身内からの承認を得られないので、ノーラン達は親友のバートランドとローザにサインをしてもらおうと思っていた。二人にとって彼らは縁結びの神のような存在だったからだ。
しかし彼らはこう言った。
「もちろん僕達が君達の結婚の証人になるのは吝かではないよ。むしろ誉れだと思う。
だけど、いざ何かもめた時のことを考えると、そこはある程度社会的に地位がある人物にお願いしておいた方がいいよ」
そう言って、バートランド達は二人の人物を紹介してくれた。しかし、その方々はある程度とはとても言えない雲の上のお方で、ノーランとレイラは絶句したのだった。
こうして無事に結婚して夫婦になった二人は、何事もなかったようにそれぞれの実家へと帰って行った。
一緒に住めないことは寂しかったが、卒業するまでの後二か月の辛抱だと互いに励まし合った。
それに、その二か月の間にはやらなくてはいけないことがまだたくさんあったのだった。
翌日、レイラは無事結婚したことを三年女子Aクラスの才女軍団四人に報告をした。
彼女達はレイラが信用している大切な友人で、これまでも色々と助けてもらっていたし、これからとずっと付き合っていきたいと思っていたからだ。
彼女達もとても喜んでくれた。そして、今後も協力すると力強い言葉を贈ってくれたのだった。
レイラは彼女達以外にもう一人にだけこの秘密を打ち明けた。
ただしその人物が信用できるのかと言えばよくわらなかった。友人と呼べるほど親しかったわけではなかったからだ。
というより、つい最近までレイラは彼女に何かと睨みつけられたり、嫌味を言われ、目の敵にされてきたのだ。
レイラとしてはてっきり同じ侯爵家の令嬢として彼女にライバル視されているのかと思っていたのだが、ひと月前にようやくそうではなかったことを知った。
その彼女とは、つまり侯爵家令嬢であるエリザベスのことなのだが、自分の婚約者である第二王子がレイラに関心を抱いていることに気付いて嫉妬していたのだった。
レイラにしてみればまったく迷惑な話であった。
しかし……彼女の気持ちは簡単に想像がついたので、彼女を嫌ったり憎んだりすることはなかった。
そもそも学園に入学する以前は、家族や親類から冷遇され虐められてきたレイラにとって、エリザベスにされたことなど蚊に刺された程度のことだったのだ。
親友のローザからある依頼を受けた時、レイラは正直とても困惑をした。
既に誤解は解けているとはいえ、かつて恋敵と見なされていた自分が、王妃殿下のメッセンジャーに選ばれるだなんて。
エリザベスが素直に自分の言葉を聞いてくれるだろうかと。
しかし、彼女を協力者にしておいた方が何かと都合がいいというか、邪魔をされずにすむかも知れないとローザに言われた。
貴族としてはその考えは正しいことなのだろうが、甘いかも知れないが辛い思いをしている女性、いや人を利用するなんてと、レイラは気が重くなった。
そんな彼女にローザはこう言った。
「本当に貴女は貴族らしくはないわね。でも、エリザベス嬢もある意味貴族らしくない方なのよ。自分の感情に素直で。
だから貴女が誠意を込めて話せば、きっと彼女に通じると思うわよ」
それを聞いたレイラはようやくその依頼を受けることにしたのだった。
そしてその結果はローザの予言通り、彼女との関係は良い方へ向かったのだった。
✽✽✽
第二王子の婚約者で同じ侯爵令嬢であるエリザベスは、中庭のベンチに座って目を爛々と輝かせていた。
「秘められた恋、秘められた二人きりの結婚式素敵だわ」
『いやあ、二人きりじゃなかったけれど』
「両親から大反対されて駆け落ちするなんてロマンチックだわ。貧しくても愛があるならきっと乗り越えられるわ」
『ええ、私もそう思うわ。
だけど私達は別に駆け落ちする気はないのだけれど。それに確かに裕福ではないけれど、そこそこ普通に暮らせると思うわ。
一応夫婦揃って官吏になってお役所勤めをするし、官舎にも入れることになってるのだから。
自分のことより貴女のことの方が心配なのだけれど……』
レイラが困った顔で少し無理をしながらこう言うと、エリザベスもようやく真顔に戻ってこう言った。
「レイラ様、一時貴女のことを疑ってごめんなさい」
「いいのよ。そりゃあ、婚約者が急に素っ気なくなったら不安になるわよね。
ただ私にたどり着く前に、手当たり次第ご令嬢に難癖をつけたのは悪手でしたね。
そのせいで貴女が悪女だという噂(実は故意に第二王子が流していたのだが……)が広まってしまったのだから」
「ええ、それは反省してるわ。彼女達には本当に申し訳ないことをしたと思ってるの。
ただ単純に殿下の好みのタイプの女の子だったというだけで、二人一緒にいるところを見て逆上してしまうなんて。
全く滑稽だわ。殿下のお好みは既に変わっていたというのにね」
エリザベスはレイラの顔をじっと見つめながら、自分を卑下するように切なく笑った。それを見てレイラの胸も苦しくなった。
「滑稽なのは私も同じですよ。ノーランの好みが変わったことにも気付かずに、十か月以上も彼好みと思える女性を紹介していたんだから。
(実は彼の好みの女性はずっと私だけだったらしいけれど……)
恋をすると人はみんな愚かになるものなのね」
「レイラ様……」
「だけど本当に貴女はこのままでいいの?
以前の貴女は確かに少し努力不足だったけれど、今の貴女は違うわ。王妃様は貴女をお認めになっていらっしゃるそうよ」
王妃付き官吏になったローザから聞いた話を教えると、エリザベスは嬉しそうな顔をした。しかし、その後に続けられた言葉を聞いて今度はショックを受けたように青ざめた。
「『今の彼女なら王宮でなくてもどこででも立派にやっていけると思うわ。元々パワーを持っている子なのだから。
だから幸せになるためには、別の生き方も視野に入れてみるのもいいのではないかしらね。あんな薄情な我が息子のことなんて切り捨てて。
もちろんもしそうなっても、私は彼女への協力は惜しむつもりはないわ』
王妃殿下はそうおっしゃっていたそうですよ」
今日レイラがエリザベスに会ったのは結婚の報告だけではなかった。
エリザベスへの伝言を王妃から命じられたローゼが、その伝言役にレイラを選んだためだった。
エリザベスは暫く俯いて何かを考え込んでいたが、やがて顔を上げると、珍しくキリッとした顔をしてこう言った。
「私、十歳の時に初めてクライス殿下にお会いした瞬間にあの方に恋をしたんです。
そしてライバル達とのバトルの末に十二の年に婚約者に選ばれた時はもう嬉しくて幸せで、すっかり舞い上がってしまいました。周りが少しも見えなくなっていたんでね。本当にお恥ずかしい限りです。
立派な王子妃になるためには、むしろ殿下の婚約者に選ばれてからの方が大切だった。
それなのに私は、その努力を惜しんだばかりに、殿下にとって何の役にも立たない価値のない婚約者になってしまいました。
それでも私はまだ婚約者なのです。はっきりと婚約破棄されるまでは、あの方に相応しい人間になれるように努力していくつもりです。
それでもその結果、必要のない人間だとあの方に見なされたら、その時はスッパリ諦めます。
ですから、その時は是非とも身の振り方をご相談させて下さいませ」
「ええ、もちろんですわ。友人としても、役所の職員としてもご相談をお受けいたしますわ」
レイラも、エリサベスに負けないくらいスッキリした笑顔でそう答えたのだった。
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