第一章 魔法のある世界 5 Escape
投稿が遅れました。碧海ラントです。
いつも通り評価等よろしくお願いします。
2021/1/24追記
内容を大幅に更新しました
次話との繋がりが途切れることとなりますが、近日中に次話も更新します
5
飛び出して着地。すぐに目の前にいた警察風の男を体当たりで倒した。そこからナイフを奪おうと思ったが。
「こ、この警官、何も持ってない!」
すると後ろから声が響く。
「落ち着け、仕留めろ!」
二つの命令と同時に、あたしは後ろを振り向く。クローゼットを飛び越えながら男が一人、拳銃をあたしの方へ構えてこちらへ……。
「おい何やってんだおらぁ!」
男が足を着けたクローゼットが、いきなり後ろへ倒れた。男もバランスを崩し、いい音をたてて床に落下。そしてクローゼットから出てきたのは、例の少年。
男は三つほど並んだクローゼットの上を走っていたのだった。ちょうど男が足を着けた、クローゼットが倒れていた。
稼げたその時間に素早く状況を確認する。広さからしてここは大型車両の荷台。そしてまだ走行中だ。あたしがいる車両の後部から、運転席方向にクローゼットなどの家具類がズラリと並べられている。
このスピード、風切り音……恐らく、高速道路を走ってる。
あたしはクローゼットの横のソファーを飛び越えて、今まさに立ち上がろうとしている男に体当たりする。男から銃を奪い……。
よかった。因子充填式のエネルギー銃だ。運命の女神様はあたしに微笑んでくれた。
ロープを切るのには物質の銃弾よりエネルギー銃の方が都合がいい。空間力はある程度拡散するから、外しにくい。
あたしは半秒で足のロープを切り、もう半秒で手首のロープを焼き切った。
使い終わった銃は少年に渡す。
「あんた! これでロープを!」
そしてあたしは男をもう一人床に叩きつけ、銃を奪う。今度もエネルギー式だ。
「うりゃああ! 撃つぞぉぃあ!」
乙女の出す声には相応しくないが仕方ない。
人には当てないように注意しながら、相手の回りの床を撃っていく。充填された空間力を無駄にしないために、乱射ではなく相手の体ギリギリを撃つのだ。それで相手を怯ませ――。
少年が縄を切る時間を、作る……?
いや、あの少年を許したわけではない。ただ、今は立場が一緒だから共闘するだけだ。あたしのためにね。断じてそうだ。
幸いあたしが頑張るのは二、三秒ですんだ。少年は案外手際がいい方らしい。
「こっから脱出するよ?」
「ああ」
よろしい。
それからあたし達は、妨害する相手を一人ずつ倒して、武器を奪っていった。車両から脱出するときに背後から撃たれては困る。
「やっ」
一人。
「はっ」
二人。
「とあっ」
三人。
それにしても、あの少年もなかなかの腕前だ。あたしほどではないが手際よく男達を倒していく。誉めて使わす。
「いくよ?」
「ああ」
あたしがソファーに駆け寄ると、一瞬後には彼もついてくる。そして、二人がかりでソファーを持ち上げる。
「せーの!」
ソファーは二メートルほど宙を飛び、荷台の扉の鍵辺りに命中。
爆音といっていいような音を立てて鍵が吹っ飛び、ドアが開いた。
あたし達は高速のど真ん中に飛び降りた。
後続の自動車は驚いているようで、急ブレーキをかけたり右にハンドルを大きく進路を変えたりするものもあった。
「逃げるよ。ここにいると自動車に迷惑がかかる」
そう言ってあたし達は走り出す。
*
俺達はひたすら道路を走っていた。
だがさすがに遠すぎる。誰かの助けも借りようかと考えたが、こっちの車線は皆俺たちの乗っていた荷車と同じ進行方向だ。その上完全に渋滞が起きている。
走っている車はどれも黒色や藍色。近未来的かつ古風という驚異のデザインだ。何気にかっこいい。
いや待て。ここは前近代ヨーロッパ風の異世界だぞ。
なのに、俺たちの走る道路は限りなくもとの世界の高速道路に近い。
「ヤバい! 追手だ!」
振り返ればそこには、警官改め特殊部隊員とエロ本屋の姿。銃を構えて走ってくる。俺と、おそらく少女までも眠らせて連れ出そうとした、敵が。
しかし、渋滞に近い状態の道路では蛇行を強いられる。それは俺たちもそうだが、人数が少なく、体格も敵より小さい。車と車の隙間を縫って走るにはこちらの方が適している。よって、徐々に敵との距離は離れていく。
自動車を踏み越えるか避けるかを瞬時に判断しながら進んでいくと、何かの施設が見えてきた。
「あ、アウトバーンクロイツだ!」
アウトバーンクロイツ?
そこには、日本でいうインターチェンジがあった。
「助かった。ここから地上の車線に降りるよ。町の中に紛れてしまえばそう簡単には見つからない」
「ああ。そうだな」
追手はもはや車の陰に隠れて見えない。俺たちは数人の監視員の目を盗み、地上へ向かう道路へ進入、一気に道路を駆け下りて、下にあった町の中心部へダッシュ。
「おい、ここどこだ?」
「知らないわよ――そこにキールベルクって書いてあるし、そうなんじゃない?」
俺が宿泊しているウィップシュタインは中世都市のような造りだったし、街にも風格というか古都じみた何かがあった。おそらく、昔からある程度繁栄していたのだろう。
このキールベルクも、家々の雰囲気だけは中世だ。だが、町全体の造りが全く違うことから、一昔前に開発された地域なんだろうと推測できる。
さらにさっきは大量の自動車が通る高速道路なんてものを見てしまったし、なんかもう時代設定がぐちゃぐちゃになってきた。
完全に扉が閉まっている店のドアから、観光案内を頂戴する。それによると、ウィップシュタインへはここから西に向かって道を進んでいけばいいらしい。
これで一安心だ。確かに再び襲撃される可能性はあるが、帰り道がわかっただけでも心強い。ただし、相手もそれは予測しているであろうから待ち伏せには十分な注意を払わなくてはならない。
「これで一安心ね。人口も割と多い町みたいだし、どっかで休まない?」
「ああ、そうだな。そこにカフェがある。どうだ?」
少女の顔がいきなり赤くなる。何その久しぶりに女子と遭遇した引きこもりみたいな反応。そんなにもじもじする必要は無いぞ? それともなんだ、トイレか?
「う、うん、まあ、別にいいけど……」
カフェの中は適度に空いていた。俺たちは窓際の一角に座る。
いい具合に晴れていたので、テーブルは快適な明るさが保たれていた。
「そうだ。朝から名前を聞いてなかったな。何て名だ?」
「ろ、ローザライン・ヴェンツェル」
少女改めローザラインの顔は相変わらず赤い。でもそうやってもじもじする姿も可愛い(*≧з≦)
「そうか。俺は佐藤瑛人だ。よろしく」
しばらくの沈黙。
「ってなんであたしとあんたがカフェでご一緒してるわけ!? この鬼畜と!!」
「おい鬼畜はないだろ!!」
「だってあたしが捕まったのはあんたのせいでしょ!!」
「俺だって捕まってたんだぜ!!」
沈黙再び。
「……ごめん。理性的に行きましょう。言ってなかったけど、あたしはほんとは万引き犯じゃないんだ。色んな事情があって、ずっと前から警察に追われているわけ。あんたを巻き込んじゃったかも」
「ごめん。知らなかったとは言え、俺も些細なことで無理に警察いくこともなかった。迷惑かけてばっかだった。ごめん」
さらに沈黙。
ローザラインと目が合う。しばらくして、
「何食べよっか」
ローザラインの方から話題を変えてくれた。
ちょうどやって来た若いウェイトレスが注文を聞く。俺はキャラメルカフェラテなるものを、ローザラインは大分迷ってから俺と同じものを頼んだ。
窓の外を見ながら俺は思う。
違う世界に迷いこんだ人は、よくその世界の常識が分からずに変人扱いされる。俺はそれを回避するために、回りに見えている様々なものから自分で情報を集めなくてはならない。
例えば店の壁の日めくりカレンダー。五月十日という表記がある。その上にはCE2575という表記。
CEが何の略かは知らないが、つまりここは2575年の五月十日ということだ。よく覚えておこう。
美人のウェイトレスさんがキャラメルカフェラテを二つ運んで来た。待て、この世界でいただきますってどう言うんだ?
と思っているとローザラインが普通に「いただきます」と言った。俺も倣う。
しばらく俺たちは話をした。俺は変なことを言わないように気を付けながら適当に応対する。
なんともいえないもどかしさを覚えた。俺はずっと、秘密を抱えたまま、適当な嘘をついたまま、この世界で生きていくのか。それに文字も分からないから、意志疎通も面と向かってでないと出来ない。
もし帰る術もないのなら。
はやく、この世界に適応したい。
それでも、ローザラインと一緒に話すのは、どこか俺に安心感を与えた。
キャラメルカフェラテも飲み終わり(こちらとしては上のアイスを食べてる気分だったが)、俺たちは店を出て、その辺の通りをぶらぶらする。
「なあ、ローザライン」
「何?」
「お前は万引き半ではなく、警察に追われてる、と。お前何やったんだ?」
ローザラインが唾を飲み込む音が聞こえた。
「あ、それは――ひ、み、つ!」
あー、可愛くなろうとしているのは分かった。
「人には言えないようなことなのか」
「まあ、そうね……って変な意味じゃないわよ。何というか、機密ね」
「なあ」
「何?」
「お前変な組織にでも関わってんのか」
「なっ」
ローザラインが固まった。
「そそそそれは秘密! ひみつ!」
「ふーん」
「そそそんな不審者を見るような目を向けないでよ!」
まあ、どうでもいいがな。
俺自身がそういうもんに関わらなければいいだけの話だ。
キールベルクの西部に入った。もう少し歩けばベッドが待っている。急ごう。
すると。
パシッ、という音とともに。
ローザラインが俺の手を取った。
「待って。さっきあんたは誰に捕まったの?」
「……警察……」
そうか。ウィップシュタイン市自体も俺たちの誘拐に絡んでいるかもしれない。そういうことだな。
「じゃあ、どうするんだ?」
「……どうしましょう」
考えてないんかーい。
「そ、そうね、とりあえずあたしの仲間のところ行かない? 追われる人間同士親しくしましょうよ」
なるほど? ローザラインを含めた警察に追われているやばい奴らに加われと?
「このまま市に戻っても、もう一度捕まるだけよ」
それもそうだがな。俺は何も知らないということを徹底的に証明し、あの入国管理係のおっさんや受付の美人なお姉さんを頼って、潔白を認めてもらえれば、俺はまた安定した生活に戻れるんじゃないか?
「それは絵に描いた餅に過ぎないわ。どうやって潔白を証明するの? そんな手立てある?」
ああ分かってたよ。言いたかっただけだ。