第一章 魔法のある世界 4 Police
久しぶりの次話投稿になります。碧海ラントです。
今回は少し長め(?)で、事件が勃発することになります。早くも中世、いや近世ヨーロッパ感が崩れかけてますが、ご了承を。
いつも通り評価等いただけると嬉しいです。
それでは本編をどうぞ!
腕が痛い!
ついに俺は少女の「運搬」を断念した。
「うえー。お前重い上にじたばた動くからマジで運びにくい」
「何よ。人のこと重いとかいって。その重さは筋肉だからね。脂肪じゃないからね!」
「……お前マッチョ系女子だったのか」
「そんなじゃないわよ!」
静かな路地だったからだろう。俺はこっちへ近づく足音に気がついた。複数人いる。
東の方から警察らしき人がやって来た。
少女の顔がひきつる。瞳孔が開き、逃げ出すかと思ったらその前に俺を蹴っ飛ばした。
思いきり蹴っ飛ばされた。靴底が腹に三センチくらい食い込んだ。二メートルくらい地面の上を飛んだ。
「この糞野郎! 人でなし!」
そう言って俺のほうに唾を吹っ掛けると、少女は西へ走り出したが、すぐに警官に捕まった。
そのあと警官はどうするかと思うと、そのまま俺の方へ近づいてきた。
待て。あれはただの警官じゃない。装備がもう少し物騒だし、ジャケットも朝に来た奴らと違う。軍隊ではなさそうだが。警察特殊部隊か。
彼らは通りの真ん中に倒れている俺を立たせた。
いや、もうちょっと丁寧な起こし方はできないのか。えらい乱暴だったぞ。まるで強制的に引っ張りあげるような……。
「ご協力ありがとうございます。被害者から協力してくれた人にお礼を差し上げるということになっておりますので、よろしければ警察署まで来ていただけますか?」
エロ本店から? 現金だといいけどな。
俺はそのままついていった。
少女の恨みのこもった視線が突き刺さり、ちょっとだけ後悔した。
警察署は役所から少し西へ行ったところにあった。俺の宿舎からだと歩いて十分くらいだろうか。
途中大通りを通ったが、雰囲気はどこまでも昔のヨーロッパだった。リンゴっぽいものを籠に入れて売っている人や、怪しげな壺を並べた店なんかが立ち並び、人の流れは絶えることがない。
ただ、唯一馬車だけがない。それらしきものはあったのだが、御者の乗る位置より前には車輪のついた大きな箱があった。
おそらく、魔法によって馬を必要としなくなったのだろう。俺の世界の人間がエンジンを開発したように。こうして眺めるとなんだか奇妙な光景だ。
俺と万引きの少女を連れた警察は、見れば見るほど屈強に見え、動きにも隙がなかった。何かの特殊訓練を受けていたのは明白だ。たかが万引きに特殊部隊を駆り出すか?
少女は体を拘束された状態で別の部屋に入れられ、俺は応接室のようなところに通された。
しばらくすると、どちらかというと事務職系に見える警察官が一人のおっさんを連れてやって来た。
いや、どう見ても四十五以上には見えないから、おっさんという呼称は不正確だろう。こいつがエロ本店の店主か。
エロ本屋店主は俺の向かいのソファーに、警察官は俺と同じソファーの少し離れたところに座った。
警察官が何やら述べ、ついで店主がお礼を述べた。それを聞きながら俺はふと疑問に思った。
なんだこの頑健なエロ本販売者は。眼光もある種の鷹のように鋭い。服装もパリッとしているし。ならエロ本販売業者はどんな格好をするんだといわれてもよくわからないが。
そのうち男は丁寧に封筒に入れたお金を差し出し、次いでお菓子の小さい箱を取り出した。
そういやこれでお金が手に入ったな、と思ったとき、男と警察官の目線が交差した。
カチッという微かな音と共に、視界の下半分を白い煙がおおった。
お菓子の箱から、俺の顔のど真ん中めがけて煙が噴出している。俺は慌てて口をおおったが、もうかなりを吸ってしまったようだ。
ソファーから立ち上がったが、そこで足が動かなくなり、ソファーに体を埋める。
ようやく収まりだした煙の向こうに、マスクのようなものを顔に当てた他の二人の姿が――。
*
あたしは意識を失った。
ように見せかけただけで本当はバリバリ意識がある。それにしても動かないふりをするのは辛い。何かこう、体がむずむずしてくる。
このままじっとしていると、恐らく車か何かに連れて行かれて、そしてたどり着いた先であたしは殺される。
あたしは、重要な機密を知っているから。そして、それに関わる機関の一員だから。無論反政府系の機関だ。だから殺される危険が付きまとう。
「眠りましたね」
「よろしい。あちらの少年は確保できたのか確かめてくる」
あちらの少年? あの少年も機密に関わる人間なの?
いい年したおっさんが、相手が出ていくとあたしにヘラヘラした目を向けてくる。目を閉じていても、相手の息づかいと肌で感じる空気でわかる。さすがにあたしの体をいじったりはしなかったが。
今すぐ起きるか? いや、少し待ってみよう。この場所で殺すような真似はしないだろう。警察署だ。
「大丈夫だ。確保できていた。では出発するぞ。トラックに入れろ」
「了解」
そうしてあたしの体をひもで縛ると、お姫様だっこしやがった。不本意で、殴り付けてやってもいいほどだが今は耐える。ロープくらいなら手持ちの道具で切れる。
それにしても、持ち物チェックも行わないなんて何てずぼらな。
「おい、ナイフを隠し持っているかもしれない。ちゃんと体を調べろ」
考えていると言われた。
そういった主は、一人だけ声も鋭く、雰囲気にも緊張感がある。恐らくあたしを殺す任務の中で責任者級に位置する人だろう。あたしの機関の一部が「エロ本屋」と読んでいる男だ。
でもナイフなんて奪われても構わない。本命はカルボン繊維の細い糸だ。ミサンガのように手首に巻いている。
結局相手は腕のひもをただのミサンガと思い込んでスルーした。男達はカムフラージュ用に仕込んだいくつかのナイフを持ち去った。
あたしはそのまま外へ連れていかれる。そのままどこかに押し込まれたけど、それが大型の荷車なのか小型の警察車両なのかはわからない。
あたしが狭い空間に押し込められた後、しばらくしてがさごそという音がした。恐らく少年が積み込まれたのだろう。
あたしがこんな目に遭ったのもあの少年のせいだ。くそ野郎。だがその少年も今は被害者だ。
腹いせに脱出するとき放置して行こう。
やがて軽い衝撃が来て、乗り物が発進したのだろう、エンジン音と振動が始まった。
あたしはしばらくじっとしておく。本来の気性からは到底我慢ならないけど、こういうミッションをこなしていくうち、慣れた。
十数分ほどたったろうか。あたしはゆっくりと目を開ける。
目を開けたが、狭いところに閉じ込められているらしい。真っ暗だ。
そっと腕のカルボン繊維をはずす。そして、それを両手の間でピンと張り、ロープに当てて強く擦り付ける。
普通のカルボン繊維なら無理かもしれない。だが、これは特殊な加工を施してあるので糸ノコギリのような使い方ができる。
ほどなく腕の付近のロープが切れ、両手が自由になる、かと思いきや、外れたのは両腕を縛るロープだけだった。腕を縛っていたのは手首を縛っていたのとは別のロープだった。よく考えればそれもそうだ。
見れば、足のロープも腕のそれとは繋がっていない。
どうしよう。だけど慌てない。まずはこの繊維で足のロープを切ろう。
どうしよう。狭くて身動きがとれない。足まで手を動かすことができなかった。
あたしは閉じ込められた場所でロープを全て断ち切り、万全の状態で車から脱出するつもりだったのだけれど。
でも、これはこの程度のことを想定できなかったあたしの責任だ。
仕方なく、両手首を縛るロープを切ろうとしたが、両手が密着した状態だからそれは無理だった。普通のナイフだったらなんとかなったかもしれないが、ピンと張る必要のあるカルボン繊維ではできない。
どうしよう。どうしよう。
おじいちゃんの訓戒。とにかく状況を打開しろ。必ずしも正しくはないけど、今はそれに従おう。
「うりゃぁあ!」
あたしは足を思い切り伸ばし、クローゼットのようなものから飛び出した。
ラグナロクの行動計画の方はもうしばらくかかりそうです。ご期待ください。