第七章 4 Noble Blood
こんばんは。碧海ラントです。
今回も前半だけになります。後半はこれまでの周期通りの土曜日に投稿することにします。
土曜に4-2という番号で投稿して、しばらくしてから4一つに統合することにしています。
それでは、本編をどうぞ!
4
夕方になり、ベアトリスは帰っていく。
大丈夫かなあ……。厳しそうな父親だったし、家庭内暴力、とか……。貴族様も苦労してんだな。貴族に生まれなくてよかった。
不意に昼間見たベアトリス父の映像が脳裏をよぎる。
……あの顔、どっっっっかで見たような?
どこでいつ見たのかは思い出せないが、あの髭面、過剰な自尊心と権力欲が毛穴からにじみ出ているような顔は確かに以前見たことがある。
どこだっただろうか。
どうでもいいけど古本屋で買った本にそんな感じのキャラが出てきた。役回りもほぼ同じで、ヒロインをいじめる父親だった。
翌日。朝食後に引き続き市街散策を開始する。
この裏町は昨日で大体何があるかわかったので、今日は中心街を見て回ろうと思う。
裏町から細い路地を通り抜けると一気に大通りが眼前に広がる。そこから俺は南に向かって歩き始めた。
その辺でとってきた地図によると、市庁舎などは西にあり、南には歓楽街があるとのこと。軍基地は東にあり、そちらは昨日通ったしこの先何回も行くだろうから今日は歓楽街をぶらぶらしてみる。
歓楽街かー。俺のイメージだとキラキラした町の裏で不良少年なり暴力団なりが抗争を繰り広げてる感じ。んで暴力団は大企業や警察、もしかしたら軍ともつながりが……って何の話だ。
裏町と言っても宿があるのは単にマイナーなだけの「裏」だ。こちらの裏には注意してかからないとな。
襲われたら逃げるくらいしかできないけど。
さてじゃあ行きますかー、といったところで。
ベアトリスと再会。
「いやぁ、奇遇だねー」
「…………そうでしたわ。あなたの宿はそっちでしたものね」
ベアトリスは、昨日の割合ラフな格好(といっても身に付けているのは高級品ばかり)とはうって変わって、シワ一つない濃紺色のブレザーに節度ある長さのスカートという出で立ちだった。お嬢様学校の制服のようだった。
「そうか、今日月曜日だもんな」
「ええ、今日は月曜日、共通歴第一平日、ヌ、ケ、o、ヘ」
キョウツウレキダイイチヘイジツ?
「それがお前んとこの制服か? すげえ似合ってるぞ」
「そうですわね」
そう言うベアトリスの顔はなんだか物憂げ。やはり昨日の一件が影響しているのか。
「頑張れよ!」
明るい口調で言ってやったが、もう少しオリジナリティのある言葉を言えないのか俺は。
「……ええ、行ってきます」
そう言うとベアトリスは学校へと再び歩き出す。
何気なく東の方を向くと。
いやいやいや、待って。ベタすぎっしょw 今どきあんな真っ黒な格好して監視するとか、ちょ、もうちょっと工夫しよ?
思わず吹き出しそうになりながら交差点を渡る。すると、黒服男は瞬時に建物の隙間に引っ込んだ。ダッシュで渡り、隙間のもう反対側へ回り込むと見せかけてやっぱり素直に男が引っ込んだ方に走る。
ほら見ろ。奴が一目散に逃げていく後ろ姿があった。
しかし単純な体力では男の方が上だ。俺も少しだけは追ったが、すぐに相手の背中は見えなくなった。
「やっぱ父親が監視員を派遣してんだよな……」
昨日の件があったからだろう。
何が問題でこんなことをしているのだろうか。俺やローザなど「下民」と会ったことか。それとも、ローザの見舞いに行ったこと自体か。単に勝手に外出したことなのか。
何だか胸騒ぎがしてきた。
その後、少し歓楽街をぶらぶらしたのち、病院へ行き、ローザと言うほどもない他愛もない会話をして宿に戻った。
ベアトリスはこの日も宿にやって来た。相当に元気がないようだ。
部屋に二人がいる状況で、お互いが一言も話さないというのはさすがに居心地が悪いので、メモ用紙を千切ってサイコロを作り、別の紙に適当に升目を描いて双六を作った。硬貨を駒にプレイを開始。
「あなたの出身地、日本とか言いましたっけ、そこはどういう土地だったんですか?」
「ああ、そうだな……まあ、平和なとこだったな。治安いいし」
「治安がいい、ですか?」
「ああ。例えばプリンストンの駅のカフェで、トイレ行くときに財布放置してみろ。即盗られるだろ。でも、日本ってのはそういうことはない。
それに、法律に戦争はしないって書いたから戦争もない。ま、戦争しろって声も多々あったし、別の地域の戦争の影響を受けることもあったけどな」
「なかなかに良い土地ではありませんの」
「ああ。まあ、そうだな。
だけど、欠点もある。すでに十分平和で、その上でこんなこと言うのは贅沢とは思うが、伝統的な国民性であんま強くものが言えないんだよな。かく言う俺もな。喋るときはともすれば表現が曖昧になるし、議論とかも他国と比べてあまり盛んじゃない」
「なるほど」
「俺はそういう面はあまり好きじゃない。だから、意識して物事ははっきり言うように心がけてるんだ。ついでに言うと俺は友達も少なくて、暗い性格になりがちだった。それも数年前から意識して変えてって、今その途中」
「……はっきりものをいう、ですか」
「そう。それだ」
さて、微妙に話題を誘導してきたが、ここでちゃんと聞くべきか。
相手のプライベートに踏み込むことになる。
他人の心に、土足でだ。
しかし、これを言わなかったら、たぶんベアトリスは救われない。
ということで、思いきって口に出して聞いてみた。
「な、なあ、嫌なことがあったんなら言ってくれよ。お前、滅茶苦茶顔色悪いぞ。特にあの父親と、なんか問題があったんじゃないか?」
「……結構ですわ」
「そ、そう言わず……見てるこっちも心配なんだよ」
「結構ですわ」
ここで「な、なら」と引き下がってしまうのが俺の性格。しかしここは敢えて少し押してみるべきではないだろうか。
サイコロの目は5。紙が小さいのでもう上がりになると思ったが、ふと折り返しルールを思いだし、硬貨はゴールから再び遠ざかってしまう。
「頼むよ。俺もその悩みを解決するためできる限りのことはす」
「結構ですわ!!!」
最後のエクスクラメーションマークに扉が勢いよく吹っ飛ぶ音が重なった。
「え?」
某映画の敵ボスよろしく堂々と現れたのは、黒服男数名とキツネ顔の男、そして昨日見かけたベアトリス父だった。
「此の様な薄汚い部屋に隠れていたのか。有ろう事か同じ部屋に男まで居る」
うぉう、口調が固いからセリフにエクスクラメーションマークが付いてねえ!!
「大方其の下賤なる男に誑かされて来たのであろう。公爵家の娘を此のような場所に連れ込んで淫らなる事をしようとは言語道断。此の卑しき男は捕らえて相応の報いを受けさせなければならぬ。然し下民の男を捕らえて余の手を汚すのは余りに不相応と言うもの。スウェルセン、この男を拘束せよ」
長い! 長いよ! 演説が圧倒的に長い! 何かのヒーローの返信時間のほうがまだ短いよ!
それから宿のドア壊して大丈夫なのか? 器物損壊だぞ?
「その様な些細なる問題は枝葉に過ぎない」
あ、そうなんすねー。
スウェルセンと呼ばれたキツネ顔が縄を持ってきて
「さ、ちょっと痛いですよー」
とお医者さんみたいなノリで俺の手を縛ろうとする。
硬直していたベアトリスが、その時、初めて口を開いた。
「……ち、父上?」
父上! このワードを生で聞くことになろうとは。
「何で、何でここに」
「娘の行動を把握するなど、父親であり公爵である余にとっては造作もないことである」
「でも、でも、何で……」
「それよりベアトリス、此の様な汚い場所からは離れて、早く邸宅に帰ろうではないか」
娘にもその口調なんすね……。
「…………」
ベアトリスは、何かを言おうとしてはためらうという挙動を繰り返していた。父親を前にして、何かを言いたいが、その威を前にして言えない。そういうことか。
「おいベアトリス、」
フォローしてやろう。
「言いたいことはちゃんと口に出して言えよ。そうやって自分の殻を破ってむぐむぐぐぐぐうぐぐ」
スウェルセンが口に手を突っ込んできた。なんか歯医者みたいだ。




