第六章 6 KILL
こんばんは。碧海ラントです。
いつもにもまして時間が遅い!
それでは、本編をどうぞ!
6
「あ、あんた、あんたは! あの時会った!」
銃声が響いた。パァン! とかではなく、光線銃のそれだが。
光線が真っ直ぐ男の胸板に穴を空ける。焦げ付いたその縁から漂う臭いが奇妙に現実感を与えている。
男たちは急いでナイフや銃など各々の武器を手に取り、構える。
その背後、がれきの山から突き出た手。
石の下からのぞく、異様な形にひしゃげた顔。
トチ狂った方向に折れた足。
焼けただれた顔。
そういったものを視認した時点で、手から力が抜け、危うく銃をとり落としそうになる。
慌てて握りなおすが、引き金を引くことはできない。指が一瞬にして鉛と化したかのようだ。
ヤバい。大量殺人を目にしているじゃねえか。俺。
「え、えあっ、この野郎!!」
俺が撃たないのを見て、チャンスと見たのか、男の一人がこちらに向かってとびかかってくる。手にはナイフ。光を反射して暗闇でも鋭い光を放つ。
「よくも仲間を!」
ナイフが首に迫り、慌てて頭を下げて回避するが、男はそれを見越していたかのようにナイフを下へ振り下ろそうとする。
キューン!! と銃声が再度響き、男はナイフを振り上げた格好のままぶっ倒れる。鮮血が周囲にまき散らされる。
「てあっ!」
男の一人が銃を撃つが、プロであるコジモさんにはかわされる。そして、連続した動作でコジモさんは男の至近に迫り、銃を相手の胸に押し付けて放つ。悲鳴。
別の男が俺に襲い掛かる。相手の武器も銃。俺の周囲に光線が次々と伸び、俺はジャンプし横跳びし体をひねり、かなりきつい体勢でよける。
「ほら、撃ってみろよ」
光線銃の威力はコジモさんの銃撃で分かる。
人を、一撃で殺す威力なのだ。
殺さずに、全員を無力化させる銃なりなんなりがあればそっちにしてくれよ、と今更ながらに思うが、たぶんそれは受け入れられないだろう。
相手を生かしておけば、ヘイトを買うことになり、復讐として「組織」へ執拗な妨害を始めるに違いない。ここで殲滅するというのが「組織」としての意思なんだろう。
こんな状態では三秒ほどで限界が来る。床にかがみ込んだところに別の男がナイフを掲げて襲い掛かり、床に体を投げ出してしまった。足裏が地面から離れる。すぐには動けない状態になった俺に、相手の男が真っ直ぐ銃口を向ける。
撃たれる。
撃たれれば死ぬ。
死を回避するには今のところ一つ。
コジモさんの援助は考えないとして、一つ。
自分で撃つこと。
相手を殺すこと。
キュイイイイイイイン!!
数分後。俺たちは地下道を走っていた。
「……少年には、刺激の強いシーンでしたね。大変申し訳ありません」
「いえ、大丈夫ですよ。精神的耐久力には自信があるんで」
実際には最後の一発まで銃も撃てなかったが。
結局俺は、平和な世界の出身なのだ。異世界元世界といった枠組みではなくて、裏世界と表世界。自分で武器を手に取る必要のない世界の住人だったのだ。
出来れば一生そのままでいたかったけどな。
転生してどこかで方向性が狂ってしまったらしい。
確かに俺は人を殺したのである。しかしなぜか実感はない。FPSか何かで「てき」のHPを全損させた、といった、非現実的な感触しかない。
罪の意識が芽生えるところなのだろうが、なぜかその実感がわかない。
俺が非人間的だからなのだろうか。
「しかし、我々の住む世界というのはこういうものなんですよ。
慰めにもならないようなことを言いますが、あなたは、撃たなければ殺されていた。だから撃った。人を殺すのは罪ですが、あなたの命がかかっていたんです」
確かにあまり慰めにはならない。
「ほら、もう外ですよ」
さび付いた鉄の梯子が目の前にあった。その上からは、光。
俺たちは梯子を上り、表の世界、光を目指して登った。
へっ、俺たちゃ所詮裏の住人なのさ、とでも言うがごとく、手が滑って地面に腰ぶつけた。
結構痛かった。
駅前でゲルヒルトさんと合流した。ゲルヒルトさんも何だか元気がない。
「それじゃ、とっとと退散だ。別の仕事をこなさなくちゃな」
そう言って俺たちは普通に電車に乗り込んだ。
そろそろ日も傾いてきた。そういや俺はまだ昼食を食ってもいなかったが、さすがに食いたい気分にはならなかった。
夕日が差し込む車内。少し前はこういう車内で惨劇が起こったわけだが、今はごく静か。平穏の一言で表現される。一日も終わりモードに入ってしまいそうだ。
「エイト、酷いものを、見せちゃったね……」
「い、いや、大丈夫ですよ。そ、そのくらいではへたばりグォフォッ! グォフォッ!」
いきなり咳が出た。
「大丈夫じゃないでしょ。あんな死体をいっぱい見せて、それどころか自分の手で人を殺した、そんなことして大丈夫なわけがない。こっちへの到着もかなり遅れたみたいだから、途中で妨害も受けたんじゃない? そしてその中でも、酷いものを見た」
反駁したかったが、せき込んでいて何も言えなかった。
「エイトはもう十分すぎるほど頑張った。だから、休んで。そうじゃないと限界が来る」
「な、ならゲルヒルトさんは大丈夫なんですか?」
「……さあね。自分が大丈夫なのかもう分からない。言い訳にしか聞こえないだろうけど、あたしだってこんなことしたいわけじゃないんだよ。でも……いや、何も言えないな。
あたしは何かを守るために戦ってるわけでも、何かを救うために戦ってるわけでもない。誰かを守りたいとも、誰かを救いたいとも思ってるけど、なぜかあたしは、結局国家だの組織だの情勢だののために、人を殺してたんだ。
だから、『でも、これは誰々のためなんだ』とかいうセリフは出てこない。
でも、エイトまでそんな不毛な戦いに巻き込まれる理由はないはず。エイト、違う世界にきて、本当は平和で楽しい生活を送りたかったんだろう? だけど実際はそうはならなかった。あたしたちが巻き込んじまったんだ」
「げ、ゲルヒルトさんのせいじゃないですよ。俺は追われてるところをゲルヒルトさんたちに助けられたんです」
「だとしても、その後の闘争にまで巻き込む必要はなかったはずだ。……エイトはウィリアム王国に帰りなよ」
「え?」
俺を、巻き込みたくないのか。
俺はしょせん、部外者ってことか?
そういうのとは関係ないことを言うと、ここで別れてしまうとメンバーがさらに分散してしまって行動には支障が出る。まさか、大弾圧的なものでも発生するのか?
「いや、そんなんじゃなくて……大陸に戻ってから沢山のことに巻き込みすぎた。『危険な目には合わせない』っていう契約内容なんてとっくに破ってしまってる。だから、エイトはもうウィリアム王国に戻って、療養中のローザと一緒に待機してて」
「そ、そんな……俺は平気ですよ」
「もう疲れてるだろ。言葉にも勢いがない」
「い、いや……」
「ガリアにも仲間はいっぱいいる。『組織』のメンバーこそ少数だけど、協力組織もちゃんとあるんだ。あとはあたしとそちらで片づけておくから、エイトは待機。何が何でも待機」
……何も言えなかった。
何も言えない自分がいた。
というか、こういう勧めを受けて、遠慮とかそういうの抜きで飛びついてしまうほどには俺の精神は疲れていたのだ。
今は休ませてもらおう。今は。
だが、ゲルヒルトさんや組織の仲間に危害が及ぶようなことがあれば、
俺は休んでなんていない。
その日はガリア北部の港町で宿をとった。
翌日、ゲルヒルトさんは朝早くに家を出た。俺はなぜかとんでもなく早く起きてしまったのでその出立を見送ることになったのである。
「チケットと、それからお金」
ゲルヒルトさんは、封筒を二枚渡してくれた。
「お金?」
「ほら、『組織』に入ってからの報酬金をまだ渡してないって言っただろ? 組織の拠点に入ったから引き出してきた。ウィリアム王国ではこのお金で過ごして。あたしも、大陸の事案に蹴りが付いたら戻る。
それじゃ、また会う日まで」
ゲルヒルトさんは踵を返すと、全く疲れを感じさせない歩調で歩き出した。
しかしその背中には、疲れと呼ぶのも適当でないほどの大いなる疲労が垣間見えた。
*
さて、あたしたちは行動を始めなければならない。
今回の作戦行動は過去一困難なものになるだろう。
正直言って勝算はない。
民衆を味方につけることができないからだ。
とりあえず同盟に味方しようとしている現政権を打ち破り、無理やり連合派の政権を立てたとして、それでガリア国民が黙っているはずはない。ガリアは同盟への所属を望んでいるのだ。
にもかかわらず、やらなければならない。
さらに、そのことには特に理由もないのだ。
*
エキスパート・ウェーブコントローラー准将はゆっくりと瞼を開けた。
体中の感覚が戻るにつれて、自分の現在の状態も分かってくる。
ベッドに寝かされている。個室のようで、周囲は目が痛くなりそうな白い壁で囲まれている。ドアは、一見してそれと分からないような取り付け方になっていた。病人用のガウンを着用していて、その下の胸は包帯でおおわれている。
事実を認識したのち、推測に移る。
狙撃を受けた地点からして、ここはおそらくルクシアの領内だろう。味方に奪還された可能性もあるが、いくらウィリアム王国といえどそれは難しいだろう。ウェーブコントローラーの付けていた装備は最新の装備であったから、まちがいなくルクシア軍に解析されているはず。
あのタイミングでの狙撃をかわしきれなかったのは不覚だった。
ルクシア、ひいては同盟は軍事力を増し、連合を圧倒するだろう。
十年ほど前から盛んに言われていることではあるが、それがまた一段と信憑性を増した。
今すぐ脱出を図ってもいいが、それは非効率だ。
情報が盗られたのなら今更動いたところで遅い。負傷した状態で無理に動けばすぐにつかまり、殺されるかもしれない。
しばらくは待とう、とウェーブコントローラーは静かに天井を見つめた。




