第六章 ガリア共和国の方針 1 Wave Gun
こんばんは。碧海ラントです。
ちょっと投稿が遅くなりました。でなんですが、さらにこの内容がまたグロいようなものなんで、快く週末を向かえたい方は平日まで延ばしていただいて結構です。
それでは、本編をどうぞ。
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さて、ブリュイージュへ送ってもらうと言ったところで適切な車両が無ければどうにもならない。
「その点は問題ありません。電車を使いましょう」
結局そっち!?
散々白い目で見られて暴漢どもから逃げ回った挙げ句!?
「もちろん経費はこちらで負担します。それほど高いわけでもないので大丈夫ですよ」
「ほら、ボーッとしてないで、行くわよ」
ということで道路から離れ、ブドウ畑に囲まれた道を歩いていく。畑の中では汗にまみれた農夫が作業を続けていたが、こちらには気づいていなかった。
五月なのでブドウはまだ実ってもいない。が、葉は青々としていたし、丸い蕾が連なった房がいくつか突き出ている。農夫はブドウの木にハサミを当てて何かを切り落としており、軽快なシャキッという音が辺りに響いていた。
結構離れたところに線路が見える。方向からしてクロードからブリュイージュへ伸びる線路で間違いないだろう。線路の周囲には民家が幾つかと使われていない土地、少数の畑がモザイクのように配置されていた。
いやーやっぱ異世界ってこうじゃなきゃなー。こう!! この田園!! 日本じゃ、というか俺の住んでた町じゃもう見られねえこののどかな風景!!
こういうのがあってこその異世界だよ。
……と、その間に線路にかなり近付いていたようだ。
「この道は線路沿いに続いています。最寄りの駅まではあと少しでしょう」
じゃ、そろそろ仲良く列車の旅と洒落込もう。
ローカル線だとちょっと遅いが、まあのんびり行くのも悪くない。
ってそういう場合じゃないな。早いことゲルヒルトさんのとこへ向かわなくては。
ローカルという言葉そのままに地元感溢れる車内だった。地元企業の、都会を真似しようとして絶妙に真似できてないポスターとか。老若男女様々な人間が乗り合い、時々談笑している姿とか。
あと二駅でブリュイージュ。向こうもこんな感じの田舎だったりして?
しかしゲルヒルトさんが向かったからには何か軍事的な、あるいは裏事情的な施設があるに違いない。ということはやっぱ地方中枢都市的な?
「ま、これで安全にブリュイージュまで行けるでしょ。周囲の市民まで巻き込むことは軍も望まないだろうし」
だろうな。……と言いきるにはちょっと経験を積みすぎていたようだ。俺は。
もっとも、行きに襲われたのはほぼ無人電車だったというのが大きい。オルフィの言った通りここで襲われることはまあないだろう。
だろう。
だろう。
その時、勢いよく車両移動用の扉がが開け放たれた。ガラッという音が社内全体になり響く。相当な力を込めたようだ。暴漢がとうとうこんなところまで追ってきたのか、と思ったが、入ってきたのは息を切らした青年だった。
「あいつだ!! テロリストがいるぞ!! そこの座席、名前はオルフィ・ロイヤルヒル!!」
は!?
というリアクションをこの世界に来てから何回しただろうか。全くこの異世界は驚きに満ちすぎている。
「憎きウィリアム王国の手先だ!! その紋章、ロイヤルヒル伯爵家の物だろう!!」
青年は尚も叫ぶ。
「え? ちょ、それは……」
「何だと!! 全く、最近よく見かけるから何だろうと思っていたら!!」
「俺の雇用を奪っていったあのウィリアム王国か!!」
「こんなところでうろうろして、この上ガリアの偉大なる発明まで盗んでいこうってのか!?」
ちょっと待て、文脈が繋がってねえ。追及するならテロリストかスパイかどっちかにしろ。
「そんなこと言ってる場合じゃ……」
「そいつは恐ろしい武器を持ってるぞ!! ガリア軍のヘリが撃墜されたのをこの目で見た!! 機体はそこに転がってる!!」
窓を見ていると、畑に横たわるヘリが絶妙なタイミングで視界に入り、後ろへ流れていった。っていうかこんなとこに墜落してたのか。中の人は無事だろうか。
「何ですって!?」
「なんちゅうこった!! 早く逃げにゃ!!」
「出せ!! 出してくれ!!」
車内はパニック状態に陥った。
「そいつの持ち物を奪ってくれませんか!!」
「いいとも」
大柄な男が笑っていいともみたいなノリでぬうっと立ちはだかり、オルフィに手を伸ばす。俺は慌ててオルフィを守ろうとしたが、人の波がそうはさせない。
「や、やめっ」
座座座座座っ座座座っ座座アザ座座座座座座座っっザ!!!
ピキピキパリン!!
グシャッドゴッビチャッ!!!
何も聞こえなくなった。どうにか鼓膜は破れなかったようだが耳鳴りが物凄い。周囲の全てがカラー時代に甦った無声映画のように見える。
「……こんなとこでウェーブガン炸裂させ」
んな。
な。
な。
オエッ。
ちょ見たくない。
マジで。
この車内でウェーブガンとかマジやめてくれ。
おっさんの腹が裂け血が噴き出してしまったじゃないか。
老婦人の顔に見るも無惨な傷が付いてしまったじゃないか。
不良臭い青年の脚が詳しくは言わないがボロボロになってしまったじゃないか。
「……え? へ? ……。……ええ? へ……」
ようやく復活した聴覚からは、オルフィの当惑した声が入ってきた。本人もこんなつもりはなかったのか?
静寂は一瞬。
恐怖は爆発。
「ひああああああああああああああああああ!!! 逃げろおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ひっふっっっっほ助けてくれええええ!!!」
「出せ!! 出すんだ!! 俺はもう勝手に出る!!」
「ああだじゃでゃでゅえおぞっえr」
車内はもはやのどかの対極に位置する様相を呈していた。恐慌、騒乱、狼狽。さっきのウェーブガンの一撃で敢えなく壊れた防弾仕様とやらの窓から市民たちが次々飛び出していく。高齢者の手を引いて車両から脱出していく親切心のある者もいる。またある者は逃げ出すほどの理性さえ失ってただ車両に嘔吐するだけだった。
拒否反応すごいな、これ。
そしてオルフィも理性を失った組に属していた。頭に手を当て、座り込んだまま銅像のように動かない。
やがて、オルフィの虚ろな目が目の前に横たわるおっさんの顔を捉えた。
恐怖に満たされたまま、もう動かないおっさんの顔を。
乗客が逃げた後には静寂。その中で、おっさんから流れ出た血がヒタヒタと地面を這い、オルフィのスカートの端を少しだけ濡らした。
その途端、静寂は破られた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
絶叫を止めることはは俺にはできなかった。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、ああああああ、あ、あ、ああああ、あ、いえ、うお、ああ、あああ」
一通り絶叫を終えると今度は狂ったようにうめき始める。
いや、ようにというか、もう狂ってるのか。
さすがに見かねて声をかけてみる。
「おい、急いでここを出るぞ」
「あああ、ううえい、あ、はああ、あ、あ」
差し出した手も弾かれてしまった。
が、どこからかやって来たモンフォールがオルフィを素早く抱き抱える。
「急ぎましょう。もう車掌が来ます」
「あ、ああ」
俺も頷いて、さっさと開いた窓からさらば。
ブドウ畑の中を疾走。
うめくのをやめて気絶してしまったオルフィを背負ったモンフォールに俺が続く。
背後からは風に乗ってかすかに声が届いてくる。車掌か何かが俺たちに警告を発しているんだろう。
「……動じないんですね」
「私はすぐに避難しましたので。具体的な被害はよく見ておりません」
モンフォールはあくまで淡々と走り続ける。
「こんな超兵器を持ってて、オルフィがただ者な訳ないですよね。最初から裕福な家の人間だろうは思ってましたが、あの男の言葉が正しければ王国の伯爵ということになります」
「まあ、ガリアに潜入した王国貴族とだけ知っておいてください」
俺たちが歩いているのは明らかに農作業のためだけに作られた、ブドウ畑の間、というより隙間の道だ。周囲には人の背丈ほどはあるブドウの木が連なっているので、前後左右からは見えないはずだが、
「上空から観測されればすぐに見つかるでしょう」
モンフォールの語尾に、微かな爆音が重なった。
「ブドウ畑の中へ!!」
俺たちはまっすぐブドウ畑の中に潜り込んだ。農家の皆さん、ごめんなさい。




