第五章 3 Garia - 2
こんにちは。碧海ラントです。
特別書くようなことがない、そんな日常です。
最近忙しくなってきたのでなかなか小説を書く時間が取れません。
それでは、本編をどうぞ!
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「え? これ……」
「ああ。間違いなく『クロレラ・スナック』だ」
「マジすか!? 大手柄じゃないですか!!」
「そんなわけないだろう。そもそもクロレラスナックだと分かっていたならここは通さない。奴の行動に気をとられて、奴がクロレラスナックだと気付けなかったのだ。これはむしろ失態と言うべきだろう」
「そんな心配する必要ないじゃないですか。奴が再び現れてここを通ったっていう、それが分かっただけで十分な手柄ですよ。さ、映像も確認しましょう。クロレラスナックはどのホームに向かったのか調べましょう」
*
列車に揺られて十五分。
窓の外には穏やかな春の町並み。
ゲルヒルトさんは花粉症を急に発症したとか言ってわざとらしい咳をしながらマスクをつけている。車両の中には、俺たちの他は三、四人しかいない。さほど速くもない列車は催眠効果のある一定周期の揺れを延々と続け、ゲームをすることもなくマンガを読むこともないから眠ってしまいそうになる。
テレビ番組でありそうなゆっくり電車旅(ゆっくり乗っていってね)は、一つの小さな音によって破られた。
車両のドアを開けて、車掌が入ってくる。それだけなら何ともないが、検札などをしている様子もなく、実際ドアの近くにいた乗客を素通りして歩いていく。
運転席に用でもあるのかなと思いきや、車掌の目は俺たちを直視していた。
そのまま近寄ってくる。
「すみません、クロレラスナック様でよろしいでしょうか」
マジで噴き出しそうになっっった。
クロレラスナックだとよ!!!
何のスナックだよ!! ユーグ○ナの新バージョンか!? マジでクロレラをスナックにするっていう発想はないわーwwwww
美人車掌がぉぉぉぉぉぉぉぉぉと言いたくなるような、大きな胸が強調される絶妙な角度で話しかけている相手はゲルヒルトさんだ。
「すみませんが、警察の方々がお見えですので、次の駅までご同行を……ひゃっっっ!!」
美人車掌が可愛い悲鳴を上げたのは、他でもないゲルヒルトさんが無表情なまま車掌の胸をグーで突き上げたからだ。
何でだよ。何でこんな痴漢行為いや女性だから痴女なのかをするんだ。とうとう狂ったか? そう言えばガリアに来てからのゲルヒルトさんはどことなく異常だ。ついさっきの改札でも無賃乗車しようとしてやめるという意味不明な行動に走ったし、そもそもこの移動自体が、密室殺人事件の途中でゲルヒルトさんが言い出したものなのだ。
「tttつつつつつ通報しますよ!?」
「ふうん。でも、通報しなくても連行されるんじゃない?」
「きくかこここここ」
車掌さーん、大丈夫ですかー?
「いずれにせよあたしはクロレラスナックじゃない」
ん?
「え? そ、そうなんですか? でも、こちらにはちゃんと写真まで来てるんですが」
「見せてもらおう」
そう言うと、再びゲルヒルトさんは車掌の胸を突き上げた。
「ひいっ」
そして車掌はあたふたと車掌室に戻っていく。これっていけないんじゃないのかね? クロレラスナックを捕まえるのが目的だとしたらこの好きに逃げられるかもしれないじゃないか。
「エイト、さ、逃げるよ」
ほら見ろ。
ゲルヒルトさんと俺は、まず車両を移動した。いくつかの車両を歩いていくうち乗客がいない車両を見つけたのでここで行動開始。
ゲルヒルトさんが馬鹿力で列車の扉をこじ開け、なんと大胆にも外に飛び出す。通過した小さな駅から少し離れたところだ。
俺の番……ってこっから外に飛び降りんのか。アクションとかではありそうな話だが実際にやることになるとは思っても見なかった。怖い。
と思ったらゲルヒルトさん、列車がスピードをあげる直前によく分からないハンドサインを出した。指をこっちに向けてくいっくいっと動かしている。
戻れ、的な?
どういうことだ?
と思っている間に背後からがチャリという音を察知。間違いなくドアを開ける音だ。俺たち以外に車両移動する乗客がいるようには思えないから、間違いなく車掌だと思っていい。
即・知らないふり。
筋肉の瞬発力の限りを尽くしてシートに着席、善良な乗客を装う。オレハナニモシリマセンヨ。
が、そんなもんは通用しなかった。
俺が一般人であるがゆえに、対策とか講じることができず関係者と見破られる、この皮肉。
あでも俺はもう元一般人か。
「あなた、さっきのクロレラスナックと一緒にいた方でしょう? ちょっと同行していただきたいんですけど、いいですか?」
はい。もう諦めました。
ところでクロレラスナックってのがゲルヒルトさんを指していることは分かったけど。
それ何?
カツ丼が出るわけもなく、出されたのはブラックコーヒーと、栄養以外の要素を度外視したかのようなビスケット数枚だった
といっても投獄されたわけではないが、限りなく尋問に近いのは間違いないだろう。
「始めまして、モンテといいます。あなたが、クロレラスナックと一緒にいたという方ですね。お名前は?」
「佐藤瑛人です」
「サトウ……ええと、どちらが名字で?」
「佐藤が名字、瑛人が名前です」
「なるほど。東洋の方ですか?」
「あー、まあ、ええ」
エリート感あふれる若い男に狭苦しい部屋で色々質問されるこの状況。何で俺は異世界に来てまでこんなことやってるんだ。
「ところで、クロレラスナックとはどのようなご関係で? 恋人? 家族? それとも上司部下とか」
「あー、趣味の関係で知り合った友人です」
とりあえず出任せを言ってみた。
「本日クロレラスナックに同行なさっていたのはどのようなご用事で?」
「趣味の集まりがありまして」
「ふんふん。ゲルマニア人のクロレラスナックと、このガリアへ?」
「え、ええ。集まりはこっちで行われていたので」
よっし、今んとこ無難に返せてる。
「そうですか。ご旅行、いいですよね。私はここ数年やけに忙しいので長いことガリア国外には出ておりません。他にご一緒にどこかへ行ったことは?」
「ええ、つい最近もウィリアム王国に」
何気ない一言のつもりだったのに、相手はにんまりと笑った。
「ふうん、ウィリアム王国とゲルマニアは既に半ば国交停止状態に陥っているにも関わらず?」
え? そうなの?
ってマジか。半ば国交停止……てことは俺たちが乗った船って何だったんだ?
いや待て、この世界は、1航空機が実用化されていて、2それは向こうで見たような激しい戦闘を行えるほど高度なものである。なら旅客機があっても不思議ではない。それなのに敢えてゲルヒルトさんは船を選んだ。
船の方が安上がりだったのかもしれないが、管制や離着陸場などの大規模な設備が必要で、相当な金持ちでもない限り企業のものに頼るしかない航空機ではなく、不法出港の船を選んだ……?
そう言えば出港・入港とも港は異様に小さかったな。
「まあ、我々がどうするかは微妙ですね。我々とて連合の一員ですから、連合の協力機関である『組織』を積極的に邪魔はしたくありません。しかし同時に、緊急避難とはいえ不法に越境してきたあなた方を許すかどうかも問題ですね」
ちょっと待て。なぜ俺たちが越境してきたと?
「クロレラスナックはゲルマニア人です。そして入国管理のデータベースにはクロレラスナックの入国記録がありません。それだけですよ」
そもそもなことを聞かせてもらおう。クロレラスナックってなんだ?
「『組織』のトップとされている者の名前ですよ。どうせ偽名でしょうがね。端的に言えば貴方と一緒にいた女性の方の通称です」
分かった。分かったところでそろそろ帰させてもらおうか。
「おっと、まだですよ。このまま帰すわけにはいきません。不法入国の代償を払ってもらわなければ」
不法入国か。
「でも俺はゲルマニア人じゃねえぞ」
「顔を見れば分かりますが、移民か何かですか? いずれにせよ入国手続きがまだですから、それが済むまでは帰れません。それで、その手続きを今から始めることになります」
前振りが嫌に長かったな。
「お名前、性別その他を指示にしたがってこの紙に記入してください」
言われた通りに記入。
ガリアも連合の一員だというから見方だろう。ここで名前をばらしてしまっても大きな問題はないはずだ。
*
逃走中。
さてどうしようかねー。
数年前に組織への協力を取り付けた時は快諾してくれたんだが、どうも政権が交代してから愛想が悪くなったようで、軍に提示したウィリアム王国発行の証明書も故意に無視されているらしい。
エイトは捕まっちゃったし。
ただ、計画には問題ないはずだ。ひとまず現状の目的地は「砦」でいい。
エイトの存在はもしかしたら使えるかもしれない。相手にエイトを握らせたと勘違いさせておいて、逆に相手の懐をつく。組織メンバーで異世界人でもあるというエイトを握ったからには、交渉の切り札に使うはずだ。
ガリアとウィリアム王国は元から色んな確執があったもんだが、最近は一段と距離を取ってきたみたいだねー。そのうちボーダーを越えて同盟にまで振れるかもしれない。
同盟?
*
待合室なるところにて放置。
人をさんざん翻弄しておいて放置かよと思ったが、奇妙な透明の箱があったのでひとまずそっちを調べることにする。
何の変哲もない透明な円柱形の箱だが、その中には半透明な立体映像が浮かび上がっている。まさかこれが噂に聞くホログラムディスプレイというやつか?
そしてその立体映像はニュース番組のようにしか見えない。
音声はどうやらミュートしているようだが、見出しが映っている。「ウィリアム王国に対する追加関税」?
どういうことだ。連合のシステムについてはよく分かっていないが、とりあえず見方であるウィリアム王国に新たに関税をかけるというのはどうなんだろうか。
しかも続きを見ているとかなり高い関税だ。ただ事ではないだろう。
ウィリアム王国とガリア共和国、イギリスとフランス……?
もしかしたら連合内部でも何やら激しい対立が起きてるんじゃないか? もとの世界のイギリスとフランスの距離とは比べ物にならないほどの。
そう思ったとき、床に転がっているものに目がいった。




