第五章 2 Perfect Closed Room
こんばんは。碧海ラントです。
今日もこの時間帯に投稿することができました。
密室殺人へ! と意気込んだのですがいかんせんミステリ方面の経験値が薄いのでミステリにならないように流すことになりました。
それでは、本編をどうぞ!
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俺が手にしたのはポットだった。ゲルヒルトさんはコーヒーでも飲もうとしていたらしく、中には百度近くなった熱湯がある。
と、そこで気付く。もしやこれは部屋内部での戦闘を見越したゲルヒルトさんの準備の結果だろうか。部屋を出たあとも加熱装置を付けっぱなしにするほど大雑把なゲルヒルトさんではないはずだ。
ナイフを構えて跳躍してくる少女に対して思い切り熱湯をぶっかける。
さすがに熱湯には耐えられないだろう。
確かに彼女は跳躍のバランスを崩して床にうずくまり、くぐもった呻き声をあげている。だが、悲鳴が上がることはなかったしナイフもギリギリで手に持ち続けている。
「とあっ」
キックで凶器を蹴り飛ばそうとするが、少女の手がナイフに連動して後ろへ流れただけだった。ついでに少女自身も後ろへ跳躍。
しぶとい!
耐久力どんだけぇぇぇぇ!?
ゆでダコのように真っ赤に腫れた手のままに、ナイフを大きく振りかぶって跳躍。
が、行動はそこまでだった。
いきなり部屋のなかに暴風が荒れ狂う。無秩序な風の奔流にやがて一つの方向性ができる。
風がまっすぐ少女の体を叩き、外へ吹き飛ばした。
「……?」
一体何が起こったんだ?
静寂。
とりあえず後片付けを始めようと床に落ちているポットや白紙のメモ用紙、コップなんかを拾い上げる。そうやって整理しているうちに妙なことに気付いた。
部屋の各所に果物ナイフ、鉛筆、ハサミなどが不自然に強力に固定されている。ベッド側面にはテープまで使って定規が貼り付けられていた。そしてその周囲にはなんとも言えない記号が多数。
さらに家具の配置も変わっている。さすがにベッドは動いていなかったが、デスクや灯り、椅子などはごく自然な形で位置変更されていた。デスクが窓際にあったり照明がベッドと壁の間の小さな隙間にあったりする。
もしや、ゲルヒルトさんが何か仕掛けを?
ドアが開き、ゲルヒルトさんが入ってきた。
「いやー、さながらミステリ小説って感じだったね」
どういうことだ?
「あれだよあれ。密室殺人ってやつ。向こうの部屋で起こったの」
密室殺人!?
「ところでこっちも攻撃受けたみたいだね。なんとか撃退したみたいだけど」
ああ。まさに今片付け中だ。
すると、ゲルヒルトさんは部屋の中心の辺りに歩いて、空中に手を泳がせる。視線はふ角六十度で固まって動かない。
十秒ほどたってゲルヒルトさんは視線を上げ、俺の方に戻ってくる。
「よし、バッチリ取れた。侵入者はルクシア軍の関係者。装備に国旗が書いてあるし、使ってたナイフはそもそもルクシア軍しか使ってない門外不出アイテム」
「それで、密室の方はどうなんすか? 詳しく説明してくださいよ」
「まず悲鳴が聞こえたのは十時半ちょうど。三分後にあたしが部屋の前に行くとドアには鍵がかかってた。あ、もちろんこの部屋と同じような、鍵がドアに取り付けてあるようなやつだよ。錠前とかじゃない。
で、ホテルの管理人を呼んでマスターキーで開けてもらうのにさらに五分。ドアを開けたときには部屋の主であるアッタマ・オッカシーア公爵夫人は倒れていた」
「死因は?」
「それが、外傷は一つもないんだよ。これから警察が来て死体を引き取るから、そっちで死因が分かるかもね」
なるほど。
「でも、目撃時に鍵がしまってたってのは証拠にならないんじゃないですか? 犯人が鍵を閉めたかもしれませんし」
「それは証言が取れてる。アホダナ・ソーダヨアホダヨさん、207号室の人だけど、その彼が悲鳴が聞こえる直前に鍵がかかっているドアを見た」
「窓は?」
「ちゃんと閉まってる。割られてもない」
なるほど。
直接見た方が早いかもな。
俺も行っていいすか、と言いかけて
「あああー、ちょっと待って。も一度見てくる。気になったことがあったから」
そう言ってゲルヒルトさんはさっさとドアから出ていく。
待っていろと言われなかったのを口実にこっそり出ていってもいいような気もするが、さっきの襲撃があったからにはそういうわけにもいかない。
まあゆっくり待とうではないか。
さて数分で戻ってきたゲルヒルトさん。ちなみにこの間襲撃とかは一切なかった。静かなもんで幸いだ。
ゲルヒルトさん、浮かない顔だ。
「やっぱ違うよね……」
何が違うのかは知らん。
しかし直後にはモードが一転。
「さて、そろそろ出掛けるよ。プリシラたちの居場所の手がかりが掴めたからね」
「何て急な……密室殺人の方は大丈夫なんですか?」
「警察も呼んだし、探偵気取りはやめておとなしく公的機関に任せよう」
ゲルヒルトさんはポーチを引っ提げて鍵を手に取った。
「ところで、家を襲った奴らはどうやって場所を突き止めたんでしょうね」
ベルゲーニュの街路。
賑わいの中、駅へ向かう途中。
あの家はあくまで「秘密の隠れ家」であり、表向きにはプリシラさんの個人所有住居だった。公的機関に睨まれないように細心の注意を払い、組織がらみのことは外部の人間には決して感づかれないようにしてきた。にも関わらず、ルクシア軍は攻めてきた。
「ま、完璧な秘密なんてないってことさ。ただ、あの家の位置がばれたのはたぶんカバンのせいだ」
カバン?
知っている限りのカバンを思い浮かべてみる。ワニ革、ルイヴィトン、エルメス……ではなくて、ゲルヒルトさんの使用しているポーチ、同じ型のローザのポーチ……。
ローザといえば、ウィリアム王国へ行く前に村の大会で景品としてもらったやつがあったな。正確にはローザは負けて優勝者の女の子に譲ってもらったんだっけ。
湧き出してくる帰らぬ思い出を無理矢理押し止めて、あのカバンに集中する。
あれが要因だとすれば、まさかあの女の子がエージェント? いや、あんな幼い子供には位置情報伝達術式なんか構築できないだろう。とすると景品自体を用意した商店街の人か?
「たぶんそう。あたしたちに前々から嫌疑をかけてて、試してみたって感じかな」
しかしなぜルクシア軍?
あの国の政府軍じゃ駄目なのか?
「昔々に我が国には独裁政権が立って、秘密警察とかが大暴れした。だから今の時点ではああいう特殊部隊はそれほど整ってないんだよ。だから同盟の副盟主でもあるルクシアに依頼した、ってとこかな」
駅舎が見えてきた。ベルゲーニュは結構な都会なので、こうした鉄道(こっちの言葉でも同じだった)が発達している。
「ふんふん、切符買わないといけないか」
券売機的なものに貨幣を投入するゲルヒルトさん。その風景はあまりにももとの世界に近すぎて一瞬ガチで戻ってきたかと錯覚してしまった。
魔法があってもどの世界も似たり寄ったり、か。
渡された切符は一枚。ゲルヒルトさんは切符を持っていないようだが、全く問題なさそうな足取りで自動改札機に歩み寄っていく。
案の定、警報がどんな害虫もたちどころに出ていってくれそうなくらいの大音量で鳴り響いた。
いや当たり前だろ。無賃乗車とかあり得ねえ。
「おいそこ! なにやってる! まさか無賃乗車じゃないだろうな!」
と、そこで言葉を区切った駅員。なにかを思い出すような目をする。その間にゲルヒルトさんは再アタック。いや何回やっても無賃乗車は駄目だって。
「ちょ、駄目ですよ。切符を……」
あれ?
ピッという軽快な音とともにおとなしく改札が開く。
切符などは何も投入していないのに、だ。
待てこの感じ。めちゃくちゃデジャブがある。確かーー
「ほらエイト、列車来るぞー」
その声で俺は慌てて切符を投入する。
ところでヨーロッパってこんなに改札きっちりしてたっけ?




