第四章 4 Angel
碧海ラントです。投稿時間遅れて誠に申し訳ありません! abemaで幼女戦記の劇場版が無料になってましたので……。
さらに先週土曜にも投稿できず、本当にすみません。心からお詫びします。
それでは、本編をどうぞ!
4
その時、セカイが輝いた!!!
正確には、その空が。
「て、天使の力……」
「初めて見るにゃ……」
元々は雲八割、青空二割という微妙な割合だった空が、今では一面金色に染まっている。夕焼けには似ても似つかない、一面をお絵かきソフトの塗りつぶし機能で塗りつぶしたような、均一な金色だった。
「急ぐぞ! 奴らは特定のポイントに術式を設置することで、地脈を利用した巨大な術式を構築してる。そのどこかを破壊すれば」
「だめだにゃ! 今術式を破壊したら既に流れ込んだエネルギーが制御不能になる!」
不思議な感覚。
空が、ゆっくりと落ちてくる。
古代の杞の国の人が憂いたような非現実的な光景がじりじりと迫ってくる。
ゲルヒルトさんは文書を食い入るように読み込んでいる。
「ええと、制御法とか……書いてないじゃん!」
「別の文書に書いてあるんじゃにゃい?」
そうする間にも、黄金の空は下降を続ける。空間まで歪んできたような錯覚。
その時。
黄金にうねりが生じた。
正確には色の濃淡と言おうか。均一だった空の一角に濃淡が生じ、一気にその揺らぎが拡大していく。最終的に、濃い黄金色は天頂を中心に渦を巻くような模様を描いた。
天空に描かれた絵画。
天の下降が止まることはないが、真っ直ぐ下がっていく流れが乱され、下がり具合に差が生じている。具体的には、逆さにしたソフトクリームのように天頂が垂れ下がっている。
「あ、あれは?」
「え!? 力に、揺らぎが……」
一瞬これ傍から見たらただの中二病にしか見えないんじゃないかと考えた。いやそれはどうでもよくて。
不意に足音。
背後からウェーブコントローラー准将が駆け込んできた。
「巨大術式が崩壊した。次元断層は既に閉じつつあるが、あの莫大なエネルギーは何とかしなければならない」
ウェーブコントローラー准将は、全身型の奇妙なスーツを着ていた。ダイバーの全身水着にも似ているが、厚みがあり、腕や足にはパワードスーツのような補助機械まで付いている。頭部にはスーツに合うような黒いヘルメット。全体として某スーパーヒーローの敵、ヴェノムのようだ。
こんな格好をして何をしようというんだ?
「本来ならこのエネルギーは世界全体に降り注ぐはずだった。しかし、次元断層が閉じたことでエネルギーに流れが生じ、一定の到達点が分かるようになった」
准将はわずかに腕をさすった。
「今から、その到達点でエネルギーを消してくる」
え?
待て待て、間に合うのか?
それに、あんな莫大なエネルギーをどうやって発散させる? 光エネルギーに変えるとしても世界中の人々の目を傷めてしまうことになる。熱エネルギーに変えるとしても世界が干上がり、燃えてしまう。電気、位置、原子力などなどその他についても同様だ。
「いや、消すというのは不正確だな。正しくは、この星から出ていってもらうと言ったところか。
宇宙に目を向ければあんな莫大なエネルギーが常時作用しているような場所もある。だから、この星からあのエネルギーを排除して、どこか遠くへ行ってもらう」
そうか!
いやでも宇宙に吹っ飛んでいく衝撃で被害が出たりしないだろうか。作用反作用とも言うし。
「俺たちはあれをエネルギーと呼ぶが、実際にはあれは光でも熱でもない『天使の力』という全く違う力だ。既存の法則は通用しない。それに、反作用があったとしても俺が受け止めるよ」
そう言うと、准将は通話機を取り出す。
「ビムスバーグ准将、後は委せた。先程の襲撃もあったことだし、同盟軍及びその協力者の襲撃を警戒しておけ」
『了解。ウェーブコントローラー准将、ご武運を』
見れば、基地の窓という窓から兵士や下士官、士官が手を振っている。号泣する者、王国万歳を叫ぶ者、皆それぞれの感慨を持ってウェーブコントローラー准将を送り出そうとしていた。
「行ってきてください。そして、終わったらちゃんと帰ってきてください」
俺に言える精一杯のことだ。
「エックス!」
ウェーブコントローラー准将は振り返ることなくーー
大空に飛び立った。
「飛行術式!?」
黒い影は、まもなく黄金の光で見えなくなった。
*
下方に機影。数は四機ほど。ルクシア連邦共和国ルドルコフから同国内トルニカ飛行場へ向かっている模様。
「天使の力」下端まで三百メートル。二百。百。
「天使の力」のベクトルを確認。無系統抽象術式AcR-T2起動。記号を確認。詠唱を開始。
ベクトル変換術式。
ウィリアム王国で開発された最高機密の術式だ。
もっとも、他国も似たようなものの開発に着手しているらしく、特にヴェスプ連邦は完成まであと一歩と言う段階に至っている。
しかしこんなものが大量使用できれば、世界は狂った無秩序なものとなる。ベクトルとは「向き」「数」といった抽象的な概念に関わりがあり、非常に応用しやすい。思うままに世界を改変できる状態になるのだ。その危険性は各国も重々承知のようで、この研究はどの国でもトップシークレットとなっている。
ウェーブコントローラーはこの術式の開発チームの一員であり、特別にデータを借用して装備を整えている。他国に、特に同盟軍に機密を盗まれる可能性もあるが、ここで使用しなければ多くの人間が死ぬ。同盟も、連合も、軍人も、市民も。
幸い、と言おうか、この術式を発動させるには周到な準備がいる。規模はさほど大きくなくても構わないが、複雑な制御を行うためには無数の術式を組み込まねばならない。
ウェーブコントローラーのスーツには飛行術式の他、この制御のためのいくつもの術式が組み込まれている。その上で鍵となる術式は拳銃型術式保管装置に収納してある。
天使の力の下端と、術式効果範囲が接触した。
途端、天使の力の下降がストップする。ベクトル操作で力の「流れ」の向きが変更されている。
流れ込んでくる力は効果範囲に入った時点で向きを変え、糸が織り込まれていくように次々と上昇していく。「天使の力」は外部の影響を一切受けず、重力も働かない。術式は「現実改変」の仕組みなので、「天使の力」にも作用しているわけだ。
今のところウェーブコントローラーに対する反作用はない。ただ静かに、力の向きが変化していく。
金の糸。
流線型の軌道を描いて、この惑星から離れていく。
「おおっ……『天使の力』が……」
「離れて、いく……」
静かな竜のように、音も無く金色が引いていく。
「すごい……」
基地中が押し黙り、静寂のうちに世界が救われる光景を見守った。
糸の方向転換はやがて大きなうねりとなり、何者かに吸い上げられているかのように大気圏から持ち上がる。周囲の空を覆っていた金色も、潮が引くように地平線から離れ、上昇する。
世界を救う仕事は、あっさりと終わった。
ウェーブコントローラーは傷一つないまま体の向きを変え、基地に戻っていこうとする。
が、彼にとっての危機はその直後だった。
ガッ。
「ぐわっ!?」
下方から射撃。北北西、ふ角七十八度。
対空攻撃に特化した型の銃か。
損傷、左胸を貫通。現在地はルクシア連邦共和国リフティリーシカ上空。
*
あの「天使の力」によって雲が排除されてしまったのか、いまでは地平線三百六十度澄みきった青空が広がっている。その快晴の空に響き渡った歓声も、徐々に収まりつつあった。
そんな海軍基地の廊下を、ゲルヒルトさんがつかつかと歩いていく。
「ビムズバーグ臨時司令官、これであたしたち『組織』は基地から離れます」
「しかし……いいのか? ローザライン孃が入院したままだが」
「彼女は……置いていきます。軍病院に治療はお任せします。あたしたちにはやることがあるので」
ビムズバーグはかなり心配しているようだった。今日の朝の会話といい、深い深い事情がありそうだ。
「一応、『組織』の任務はまだ果たされていない。『エディルネ』のティラミス付近の拠点を壊滅させ、メンバーを捕らえることが任務の全てだが、先ほどの巨大術式の一端がその拠点に伸びており、地下深くにメンバーが残っていたものと思われる」
「それも含めて、です」
「分かった。では、残党の討滅のために、陸軍一個小隊を貴君に付ける」
待て。陸軍は動けないんじゃなかったのか?
「准将」
「今回の作戦には陸軍も少しばかり関わっている。その時の部隊を動かす」
フィリーさんが連絡係をやってたっていうあれか。
「分かった。じゃ、あたしたちはもう行くよ」
そう言うと、ゲルヒルトさんは俺に手招きして、基地の玄関の方へ呼び寄せた。
見送るビムズバーグの顔は、何かとてつもない欠陥を発見した研究者のようだった。
それからの戦闘はそこまで個性のあるものではなかった。
ショベルカーのような巨大な装置で延々と瓦礫を取り除き、検討外れだったんじゃないかというところでやっと最奥部の天井らしきものが見えた。陸軍が持ってきたなにやら巨大な箱で地下室の天上を割る。いや、割るというより、セッティングをしてから箱をのせるととひとりでに天井が割れた。
その穴からゲルヒルトさんが突入し、わざと隙を作って地下室から誘きだす。
その間に俺は、陸軍と協力して瓦礫の山の要所要所にトラップを仕掛ける。
相手はネズミ花火を見たネズミのように逃げ惑い、しかも全員が他を囮にして瓦礫の影に隠れようとしたのであっさりトラップにはまった。
やがて「エディルネ」の残党全員が手錠を掛けられ、首輪までつけられた状態で陸軍に連行されていった。
「さあ、片付いた。でも、まだやることはある」
分かっている。
「今度は大陸の方の対処だな」
まだ事件は終わっていない。
プリシラさんとゲオルクさんの安否確認。それが、俺たちが次にすることだった。