あの時、、
「ねえねえ、あの電話ボックスの噂本当かな?」
子供のようにはしゃいだ声で問いかけてくる。
「嘘に決まってんだろ、子供じみた噂信じるなや」
「そこまで言わんくてもいいのに…、夢がないなあ。じゃあ、もし本当だったら誰にかける?」
誰にかけるか。ふと考える。
夕日がスポットライトのように眩しく照らしてくる。青春の真っただ中にいる俺たちは漫画の主人公なんじゃないかなんて思わせたりする。
「俺は——……、、次はタマガワ―、タマガワー」
慌てて飛び起き、電車を降りる。改札を抜け、いつもの河川敷へと向かう。
あの時、俺はなんと答えていたのだろう。ふと、さっき見た夢を思い出す。あれは中学だったか、高校だったか、今となってはそれすらも思い出せない。ただ、懐かしさだけが急激に胸の奥に押し寄せてくる。
思い出せるのは、「自分が願うどんな相手とも話すことができる電話ボックスがある」といった、どこぞの猫型ロボットが腹から出しそうな代物の噂話が昔話題になっていたということだけだ。
大人びていたかった俺は、そんな噂を気にしないそぶりをしていただろう。まるで「サンタなんかいるわけないだろ」なんてどやる子供みたいだ。
男は妻と子供一人と平凡な生活を過ごしていた。毎日同じ時間に起き、同じ道をたどり、会社へと向かう。仕事が終われば、また同じ道を戻り家に向かう。
30歳を過ぎたあたりから自分はループ空間にでも迷い込んだ錯覚に陥っていた。
そんな中、唯一ループから抜け出させてくれるのが帰り道の夕焼けであった。日々変わるその景色に男は安堵と明日への憂鬱な気持ちをごちゃ混ぜに感じていた。
今日はいったいどんな景色だろうか。河川敷の向こう側を見つめる。川沿いの高層マンション群を照らす夕日が、徐々に光を弱める。窓ガラスに反射する光がスイッチを切るように少しずつ減っていく。
「ああ、今日も終わるのか」心の中でそう呟く。あと何回これを繰り返すのだろう。途方もない気がする。宇宙の果てを想像した時もこんな感覚になったな。永遠に落ちていく感覚。
「これからどこ行くー?サイゼとか?」
「んー、そこらへんでいいっしょ」
二人乗りをした学校帰りのカップルを横目に、また懐かしさを感じ、胸が苦しくなる。
夕日も沈みかけ、やり場を失った目線をふと高架下におろす。吸い込まれるような闇の中に小さく残った夕日の光が反射している。
「何だろう」
なにかに引き寄せられる感覚で高架下へと足が向かう。そこには、草木が生い茂った電話ボックスが立っていた。
「なんでこんなとこに」
男は異様な光景に唖然とした。それと同時に、さっき見た夢との偶然性に恐怖心すら感じた。
もしかしたら、あの‥‥。いや、そんなわけがない。
けれど、一度沸いた好奇心は拭いきれない。
ありえないのはわかっている。だとしても、あの時自分が何と言ったのか、あの人との記憶はどんなだったのか――
自分が過ごしたあの時を、思い出せる気がして、このループした毎日から逃れられる気がして、男は草木を掻き分け、電話ボックスに入る。
もう、馬鹿らしいなんて思いは一切なかった。
期待と緊張を抱き、男は受話器を取った。
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