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前触


それから放課後、私が体育館のステージに立つまで、光来のおかげで事がスムーズに運んだ。まず、ホームルームの後、終業式後に、体育館を借りれないか担任に頼んだところ、学年主任やら教頭やらと相談してくれ、30分だけ時間を貰えることになった。そのあと、同じクラスの放送委員に頼んで、私が終業式後、演奏を披露することを全校生徒にアナウンスしてもらった。


「本日、終業式終了後、体育館におきまして3年2組、西部玲香さんによる、ソロコンクールフルートの部、優勝リサイタルを開催いたします。都合のつく生徒の皆さんは、是非ご鑑賞ください。繰り返します…」


その放送後、同じクラスの友達には演奏楽しみにしてるね、と声をかけられ、隣のクラスの吹奏楽部のメンバーからは頑張ってと鼓舞された。LINEでも、なにやらいろいろ通知が来ていたが、演奏に集中したいので、後から確認することにした。


3時間目終了のチャイムが鳴ると、みんな一斉に席を立ち、ざわざわと体育館に向かった。私と光来もその波に乗り、教室の扉を出る。廊下に出ると、みんなの熱気と外の暑さで、一気に汗が噴き出す。時間は正午。太陽は一番高いところに上がっているようだ。天気予報は今季一番の暑さとか言ってたっけ。首にまとわりつく髪の毛をハンカチで振り払う。少し歩くと、開け放った窓からは生ぬるい風がふいてきて、髪の毛をかきあげる。それを手で押さえながら、踊り場横の階段を降りていく。渡り廊下を歩いて、体育館に向かうみんなの背中を追いかける。左手に持った戦友と共に、私は体育館に足を踏み入れた。全校生徒が集まると、程なくして終業式が始まった。


滞りなく式が終わると、アナウンスした甲斐があってか、6割から7割程度の生徒がその場に残ってくれた。ざわつく体育館の袖で、私はチューニングを行う。コンクールの曲は、ピアノ伴奏があるのだが、それは光来にお願いした。コンクールの時は、プロのピアニストの方にお願いしたのだけど、光来の伴奏も負けず劣らず、と私は思っている。というのも、光来は3歳からピアノを習っていて、その腕前は確かだからだ。なので、コンクール前の練習の際も、光来に伴奏をしてもらうこともあった。プロの方にお願いした時はどちらかというと、演奏をリードしてもらった印象だけれど、光来とは同じくらいの腕前なので、私としてはやりやすい。


光来は既に体育館のステージ上のピアノの前で着席しており、口パクで私に、「OK?」と聞いてきた。光来に頷いて答える。チューニングも整い、同じクラスの放送委員に合図を送る。


「えー、ただいまより、3年2組、西部玲香さんによる、ソロコンクール優勝リサイタルを開催いたします。それでは西部さんに登壇して頂きます。」


体育館横の階段を登壇すると、ステージ上からは生徒一人一人の顔がハッキリ見えた。コンクールとはまた違う緊張感。ステージのちょうど真ん中にマイクがあって、そこでひとこと、挨拶することにした。


「本日はお忙しい中、お集まりいただき、ありがとうございます。先日行われたソロコンクール、フルートの部で優勝させていただいた、西部玲香です。えー…」


と、ここで言葉が詰まった。というより、急にふと、プリーメルのサナダさんの言葉を思い出した。音楽業界は、私が思ってるほど独りよがりではやっていけない。まさに今、この場に立てていることが、そうなのではないか。光来の朝の第一声がなかったらここに立っていないわけだし、この機会がなく、もし仮に私がこのままプロの音楽家になれたとしても、親の力だと言われかねない。私ひとりでは、どうやってもここまでこれるはずがないのだ。

あたりがざわついてきたので、挨拶を続ける。


「実は先日、ある音楽家の方に今から披露する曲を聴いていただきました。すると、その方はこう言ったんです。あなたの音楽は独りよがりではないか、と。とても今のままではお客さんに聴かせられないと。それを聞いた時、はじめは自分が言われていることの意味が、正直分からなかったです。事実わたしは、コンクールで優勝しているのですから。」


みんな私の話に、静かに耳を傾ける。


「でもそれが今、どういう意味か分かった気がします。実はここに今、私が立てているのも、後ろで伴奏をしてくれる友人の光来のおかげなんです。朝、みんなの前で発表した方がいいんじゃない?と言ってくれたのも、彼女なんです。それで気付かされたんです。今まで私はステージの上で、きちんと自分自身と向き合って来なかった。どうせ力を出しても、親が音楽プロデューサーだから、結果は親が操作してるんだと周りから思われてる。周りの目が気になって、音楽と言うステージの上で勝負してなかったのは私なのに。私は、奏者なのに、頭のなかで観客となり、客席で自分の演奏を聞いて、勝手に自分を評価してた。自分で評価することによって、周りから何を言われても傷つかないように、予防線を張ってた。結局私は親にかこつけて、自分自身を評価されるのが怖かったんだと思う。でもそれは違う。私は奏者。どんな立場であろうとステージの上で戦う方。観客に自分の演奏を聞いてもらい、評価してもらう方。今ここで自分をさらけ出せなければ、私が頭で思い描く通り、皆さんの評価もきっと、親のコネあっての優勝だったと言わざるを得ない。ですから、皆さんには私の演奏を聞いて、コンクールを優勝するだけの技量があったかどうかを、評価して頂きたいんです。」


と、ここまで話して、光来の方を見た。光来は少し不安そうな顔をしている。無理もない。私は自らこの演奏に対してハードルを上げたのだから。でも私はまっすぐ、体育館に集まってくれている、生徒や先生を見渡した。呼吸を整える。


「それでは聞いてください。」


私が光来に合図を送ると、まっすぐと見つめてくれ、演奏が始まった。


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