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後援


夏休み前の終業式の朝、2階の自室から階段を降りてくると、リビングには父がいた。あたしより先に起きてくる父は珍しい。そしてコーヒーのいい香りが部屋中に漂う。


「お父さん、おはよう。」


父はなぜか照れくさそうにこちらを見た。


「玲香おはよう。」


テーブルの上には朝食が並んでいる。スクランブルエッグ、サラダ、トースト、スープ。盛り付けはホテルの朝食を思わせるかのように綺麗だ。


「…これ、お父さんが作ったの?」


「あ、あぁ…そうだ。」


驚いた。というのも父がキッチンにいる所を見るのは、冷蔵庫からお酒をとってくる時くらいと言っても大袈裟ではない。ヘタしたら我が家のIHのクッキングヒーターの使い方すら知らないんじゃないか、というくらい、料理には程遠い人だからだ。目の前に並んだ朝食をまじまじ見ていると、母がやってきた。


「玲香、あなた、おはよう。あら玲香悪いわね、朝食準備してもらって。」


と、このように母もわたしが作ったものだと当たり前のように思い込んでいる。


「違っ、お母さ...」

そう言いかけたところで、父がシーっという仕草で慌ててこちらを見る。その間、母は洗面台に向かった。


「え?なんで黙ってるの?」


「いいから!これにはいろいろと事情があるんだ。」


事情?まるで理解できない。大人は事情という言葉を使えば、理由を話さずとも子供を丸く収めることができる、そう思っている。まぁ、昨日せっかく父と母との心の結び付きを確認できたんだ。これでこじれるのは勘弁だ。ここは大人の空気を読んで父に合わせよう。


「いただきます。」


「どうぞ。」


はじめにスープをひとくち飲む。そしてその味にも驚かされる。


「何これ、美味しい!」


そこに身だしなみを整えた母がやって来て、わたしの隣に座る。


「なぁに玲香。自画自賛してるの?」


と、クスクス笑った。いただきますと母も最初にスープを含んだ。


「…あらホント美味しいわ、コレ。どうやって作ったの?」


え、どうしようと思いながら、父の顔を見ると、咳払いをしながら立ち上がり、冷蔵庫へとそそくさ向かう。裏切られた!と思いながらも、寝起きの頭をフル回転し、なんとか母に返答する。


「ど、どうやってって…あの、今度お母さん休みの時に教えるわ。ほら、冷めちゃうから食べて!」


「あら、そう?じゃあ次の休みにでも教えてもらおうかしら。」


母も少し不思議そうな顔をしながら、食事を続けた。後ろを振り向いて父を少しにらむと、嬉しそうな顔でコップに牛乳を注いでいた。


今日母は朝から出勤の為、玄関で別れて、午後から仕事の父の車に乗り学校に送って貰う。車中の話題はもちろん、先程の朝食の一件についてだ。


「お父さん、さっきのどういうこと?」

父は悪びれる様子もなく、笑いながら言った。


「ごめん、ごめん。実はお父さん、玲香に黙ってたことがあってね。」


「黙ってたこと?」


「うん。実はお父さん、料理作るのがほんとは好きなんだ。」


「えー?!」


衝撃発言だ。18年同じ屋根の下にいたのにも関わらず新事実だ。父は続ける。


「実はさ、独身時代お母さんにたまに料理振る舞ってあげてたんだ。そしてある時お父さんの不注意で、指を包丁で切ってケガをしたことがあってね。それでお母さんから、指はあなたの大事な商売道具なのに、ギター弾けなくなったらどうするの!って相当怒られてね。以来、俺の唯一の趣味は封印されたって訳。」


「…そうだったんだ。」


そんなずっと寝かし続けてた秘密があったなんて知らなかった。今の今までわたしに隠してたなんて母は当時相当な剣幕で父を叱ったんだろう。もちろん父を思ってのことだと思うが、わたしが記憶を遡る限り、父が包丁を握っているところは一度も見たことがなかったので、当時の母の思いは相当父の心に響いたのだろう。今まで約束をちゃんと守り続けてきた父に、かわいいと思う感情さえ芽生える。そう思うと、ふいにクスッと笑っている自分がいた。それを父に見られ、笑うなと冗談ぽく怒られた。でもなんで今になってその約束を破ったのか、ふと疑問に思った。しかしその理由を父に尋ねる間もなく、気づくと校門の前で車は停まっていた。


「ほら、着いたぞ。気をつけてな。」

気になりながらも車から降りる。


「いってきます。」


今日は太陽が一段と高く上がっていて、ジリジリと地面に照りつける。父の車が去ったあと、ゆらゆらと陽炎が立ち上ぼり、こちらを見送っているように見えた。夏休み直前の校門に、私は足を踏み出した。


教室に入るとみんなのテンションは高かった。受験勉強や就活を控えている身分と言えど、そこは高校生最後の夏休み前。否が応にも、気持ちを盛り立てる。ガヤガヤしている級友をかき分け、自分の席に着席する。私の席は、窓際の後ろから三番目だ。鞄を机の横にかけると同時に、親友の光来(みく)は息を上げながらやって来た。彼女は私に、朝の挨拶もすっ飛ばして、急に用件から入ってきた。


「ねぇ、玲香。私、玲香がソロコンで優勝した曲、みんなの前で披露した方がいいと思う。」


「…おはよう光来。どうしたの、急に。」


「だって私、玲香が一生懸命練習してきたの隣で見てきて、ちょっとした紹介程度で終わるの納得いかないよ。」


光来が言う、ちょっとした紹介程度とは、ソロコンクールで優勝した次の日の全校集会。そこでみんなに発表されたやつのことだろう。確かに今年は初めて野球部が地区予選の3回戦を突破したとかでその発表が先にあり、私がソロコンで優勝したこと自体、印象としては薄かったかもしれない。ただ、私にしてみればその場で全校生徒にスタンディングオベーションされても困るので、小規模で終わりほっとしているところだった。


でも光来が言いたいことは少し分かる。そもそも光来は、同じ吹奏楽部で同じフルートを専攻しており、いわば同士だ。実は入部当初、吹奏楽部の中でもわたしは親の七光り的な目で見られることがあった。そういった目で見られていることに、私自身全く気にしていなかったかと言われれば嘘になる。でも、光来だけは違った。はじめから別け隔てなく接してくれた。毎日授業が始まる前の朝練習や、部活終わりの居残り練習を私たちは納得いくまでやってきた。その姿を見て、吹奏楽部のみんなも徐々に私のことを認めてくれ、特別扱いしなくなった。そして、ソロコンの練習も光来に何度も見てもらっていた。吹奏楽部のみんなや光来には、優勝を心の底から喜んでもらえた。


だがしかし、他の生徒達にはどうだろう。音楽プロデューサーの娘がソロコンで優勝?どうせ親が裏で手を回したか、コネか何かでしょ?と思われても仕方ない。なぜなら私の力量を知ってくれてるのは、吹奏楽部のみんなとソロコンクールで聞いてくれた会場の観客と審査員、そしてプリーメルのメンバーだけだからだ。私はどう思われてもいいが、それではずっと練習に付き合ってくれた光来や応援してくれた吹奏楽部のみんなに、申し訳が立たない。


私の真の実力をみんなに知ってもらい、優勝する価値のある演奏をしたんだということをみんなに披露する義務があるんじゃないか。そうすることで、サポートしてくれたみんなにも恩返しできるんじゃないか。運良く今日は終業式で全校生徒が体育館に集合する。絶好のチャンスだ。そう思い、発表する場を急遽作ることにした。



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