抜駆
「…ん?」
サナダさんは顔を腕で擦ると、周りを見渡した。
「…うわ、俺寝ちゃってた?」
「…完全に寝てましたよ。みんな先に2次会行っちゃいました。」
「…君だけ残ってくれたの?」
「はい。」
そう言うと、サナダさんはくすりと笑いながら「ごめんね」と言った。
店を出るとみんなの姿は完全に無くなっていた。間に合うかなと思っていると、サナダさんは反対方向に歩き出した。
「え?サナダさん、行かないんですか?2次会。」
「…行かない。帰る。」
「えー?いいんですか?」
わたしがそう言うと、サナダさんはタクシーを停めた。サナダさんが乗り込むと、わたしの腕を引っ張った。
「…ちょっと、サナダさん?」
タクシーの扉が閉まると、サナダさんは運転手に、具体的な自宅であろう場所を言った。運転手は「かしこまりました」とスムーズに発車させた。
「どうするんですか?」
「…家着いたら車で送っていくよ。」
サナダさんはまだ酔いがまわっているようだ。
「…お酒飲んでますよね?」
「…あ、そうだ。」
天然なのかなんなのか、自分が言ったことに対し、窓の方を見ながらサナダさんはくすくすと笑っていた。街の方から、高層マンションが立ち並ぶエリアに来た。なんだか、成功した者しか立ち入れないような、特別な雰囲気がした。
一軒のマンションの前で停車すると、そこがサナダさんの自宅だと分かった。「それじゃあ、失礼します」と別れようとすると、「お茶でも飲んでって」と言って手を引かれた。
タクシーが元来た道を行ってしまうのが、後ろで感じられた。
サナダさんの部屋は男の人が住んでるとは思えない程、片付いていた。本やCDがお店みたいに陳列されていて、ホコリひとつなかった。
「適当に座ってて。」
そう言われ、リビングのソファに腰を下ろした。ソファの隣にギターが置いてあって、ここで弾いたりもするのかなと思った。程なくして、サナダさんが戻ってきて、ほんとにお茶を持ってきてくれた。
「お茶…」
「うん、お茶。ミントティー。」
「いただきます。」
「どうぞ。」
爽やかな味が口いっぱい広がる。透明なティーポットにみどりのミントの葉がゆらゆら浮かんでいるのが綺麗で、思わず見入ってしまう。
「どうだった?ライヴ。」
サナダさんもポットを見つめながら言う。
「…わたしたちとお客さんの心が通った時って、あんなに凄い景色になるんですね。感動して涙したり、ボルテージが上がって歓喜したり、感情が湧いてでてブワーって。それを一緒の空間で味わえるって、とても貴重な経験になりました。」
「…君もこれから先、この世界に入れば、お客さんから目の前で、直に反応を貰うことが出来る。俺はあの景色が見たいから、曲を作り続けるし、ギターも弾き続ける。流行りの音楽ってあるけど、結局は人の心に共感して、寄り添えるものが求められてると思うんだ。」
サナダさんはミントティをひとくち口に含んだ。




