本望
「それじゃあ聞いてください。」
コウイチさんのひとことと同時にステージが暗転する。そこにわたしが下手側から入った。わたしはメンバーみんなと目を合わせた。ユッキーさんがカウントを入れて、コウイチさんが歌い始めた。これが本編最後の曲とは思えない、伸びやかな声だ。それにサナダさんのギターが静かに重なる。会場もそれに耳を傾ける。
サビが終わって、サナダさんとわたしのパートがやってきた。スポットライトがわたしとサナダさんの方にパッと当たると、客席から拍手と歓声が起きた。サナダさんのギターとわたしのフルートが絶妙に絡んで、高揚感ていうのはこういう事なんだと実感した。上手側にいるサナダさんも目を閉じながら曲に入り込んでいた。わたしはそれとは逆に、目を開けていた。いつもはステージに立つ際、目を閉じひとりの世界に入る。
しかし、今日はプリーメルのメンバーと同じステージに立った時、会場のお客さんがどう反応するのか、この目で確かめたかった。曲の終わり際、前から2番目のお客さんが一生懸命手で涙を拭っているのが見えた。こんなにも人の心を動かすことができる、彼らのサポートをさせて貰えたことを、とても光栄に思った。新曲の演奏が終わり、メンバーみんなと手を振りながら、私たちは舞台袖に捌けていく。
その後、今回ライヴTシャツを身に纏う。捌けてすぐ、会場は熱気を残しながらザワザワしていたが、アンコールの呼び声が1人からまた1人と増えていき、全体のものに変わった。コウイチさんはドリンクをひとくち飲むと、「じゃ、行きますか」と全体に掛け声をし、再びステージへと戻った。ステージへ戻るとわぁっと会場が歓喜した。メンバーみんな手を大きく振りながら、先程の持ち場へ戻る。
「アンコールありがとう!まだまだやりたりないみたいだから、来ちゃったよ!」
コウイチさんがそう言うと、会場は歓喜に沸く。
「それじゃあいくぞ!」
この掛け声でアンコールの一曲目が始まる。コウイチさんが煽るから、会場全体が一斉にジャンプする。楽しくなってわたしも一緒に飛び跳ねた。会場の手のフリも練習してきたかのように、ピタリと一緒だし、コウイチさんがタオルを振り回せば、1万5千人が一斉にやるから、圧巻だ。
アンコールの一曲目が終わると、コウイチさんによるメンバー紹介が始まる。先に他のサポートメンバーの方が紹介されて、私の番が来た。
「フルート、玲香!」
ユッキーさんのドラムが鳴る。会場から歓声と拍手をもらい、わたしはお辞儀する。
「今回彼女は俺らの推薦で、ここに立ってもらってます。実は彼女、みんな知ってると思うけど、音楽プロデューサーの西部さんの娘さんなんです。」
会場からへぇーといった声が漏れ出す。
「彼女のフルートがあまりにも素敵で、新曲のイメージとも合ってたからスカウトしちゃった。」
コウイチさんがそう言うと、会場からさらに拍手を貰った。
「いやいや、俺が見出したんだからね?」
すかさずサナダさんが割り込んでくる。
「その割に、お前こないだの決起集会、来なかっただろ!」
会場から笑いが起きる。
「このライヴの為に決起集会開いたんだけど、サナダだけ来なくてさ。」
コウイチさんは頬をふくらませる。その姿に会場から笑いがこぼれる。
「それで?何話したの?」
サナダさんからわたしに話を振られたので、答えることにした。
「マシロさんの飼ってるネコの名前の話とか…」
「じゃあ、行かなくてよかったわ!」
食い気味のツッコミに、会場が笑いに包まれる。
するとマシロさんが、
「ちなみに我が家のネコの名前はサクラです。」
と言って、さらに会場を盛り上げた。
「彼女に俺らはほんと助けられた。彼女の力がなかったら、新曲のイメージが固まらなかった。」
サナダさんはわたしの方を見ながらそう言った。最高の褒め言葉だ。
「玲香にもう一度拍手を!」
コウイチさんがそう言うと、会場全体から大きな拍手を貰うことが出来た。その後はプリーメルのメンバー紹介がなされ、ついに今回のライヴ最後の曲となった。




