自負
「いやー、玲香ちゃんが来てくれたおかげで雰囲気明るくなってよかった!」
コウイチさんがフライドポテトをつまみながら言う。
「…そうですか?」
「そうだよ。見ての通り、サナダが厳しいから。でもまぁ、締めるやつがいないと、まとまんないからね。…ごめん、吸っていい?」
マシロさんがタバコに火をつける。わたしはどうぞと言いながら、ウーロン茶を飲む。
「東京出てきて本格的に音楽やるってなった時から急に変わって、アイツ。リハで出来てないとブチ切れて。…って、歌詞覚えてこない俺のせいだけど。」
笑いながらコウイチさんは言う。
「サナダが胸ぐら掴んだ時は一応止めたけど、あれは内心、フォローしきれんかった。」
「許して、ユッキーちゃん!」
コウイチさんはユッキーさんに抱きついた。
「…でも色んなことでサナダと揉めて、あん時は結構辛い時期だったけど、やっぱあいつがいなきゃここまでこれなかったな。あいつ、今回のライヴも相当気合い入ってるし。」
マシロさんがタバコの煙と共に、サナダさんへの思いも吐く。
ここまで来るのに、サナダさんがあえて悪役を買って出たのではないだろうか。プロになる為、気持ちを切り替え、そして意識を高く持つ事により、それがメンバーに伝染し、困難な道のりを乗り越えてこれたのかなぁと思った。プリーメルのみんながサナダさんを思いあっている事に、彼に対して尊敬と感謝の念が感じられた。きっとサナダさんは元々プロになるべくして、なった人なんじゃないかとも思った。
「…絶対、成功させましょう!」
わたしは口から自然にこの言葉が出てきた。こんな素敵な彼らと同じステージに立てるんだと思うと、言わずにはいられなかった。
「よっしゃ!気合い入れるのにもう一回乾杯だ!次なに飲む?」
コウイチさんが言うと、ちょうど頼んでいた物を女性店員が運んできた。だが、料理をテーブルに置く手が震えていて、なんだか様子がおかしい。
「…失礼します。あ、あのもしかしてプリーメルのみなさんですよね?わたし、大ファンなんです!もしよかったら、サイン書いて貰えませんか?」
そう言った彼女は震える手で色紙を出てきた。
コウイチさんは色紙を受け取り、にこやかに対応した。
「いいよ、ありがとう。今日、サナダいないけどいい?」
そう言うと、女性の顔が一瞬曇ったように感じたが、「大丈夫です」と言っていた。コウイチさんから、ユッキーさん、マシロさんの順でサラサラと色紙にサインを書いていく。それを店員に返そうとすると、「女性の方もお願い出来ますか?」とわたしの方を向いて、言われた。「わたしですか?」と尋ねると、「お願いします」と言われた。関係者だと思ったのだろう。
正式なメンバーではないけどいいのかな、という思いがよぎる。しかし、メンバーのみんなが書いてあげてという感じの視線をわたしに送ってきたので、色紙の端の方に「西部 玲香」と書いた。これを彼女に渡すと非常に喜んでくれ、「今度のライヴも必ず見に行きます」と言ってくれた。
意外なところで書いた、わたしの初めてのサインだ。ドリンクの注文を賜った、店員の彼女は胸にしっかりと色紙を抱え、とても嬉しそうに店内へ戻って行った。ファンに喜んでもらえる音楽を作っている、プリーメルの彼らをとても誇らしく思えた。




