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必然

リビングに戻ると、父がビーフシチューを盛り付けしていた。それをわたしはテーブルに持っていく。


「…凄いね。打ち合わせ終わってから作ったとは思えない。」


「まぁな。」


手際のよさが伺えた。父は本当に料理を作るのが好きらしい。冷蔵庫からサラダを取り出し、そしてバゲットをお皿に乗せ、席に着いた。


「いただきます。」


珍しく、今晩は二人で夕飯だ。食事もそこそこで、父は先陣を切った。


「…お前、プリーメルのサポート、やっていけそうか?」


やはりその話題か。


「…やるって言った以上はやるつもり。こんな経験、願ってもないことだし。」


そう言いながらシチューを口に運ぶ。


「…お前が願えば叶えてやるぞ?そのためにお父さんいるんだから。…お前が今まで言わなかっただけで。」


口に運んでいたスプーンが止まる。


「…ちょっと待って。プリーメルのサポートを、わたしがやりたいって言ったらできる訳?」


「…まぁ、俺がプロデュースしてるバンドだからな。」


なんだか父の言うことにモヤがかかる。


「…プリーメルのみんなが、わたしをサポメンとして受け入れてくれたのって、偶然じゃなく必然だったって事?」


少し声のボリュームが大きくなる。


「…いや、それは偶然。」


「それは?…じゃあ他に、必然だったことがあったの?」


父の細かい言い回しが引っかかる。今まであった出来事をよく思い返す。自分では分からない。父は眉間にしわを寄せて、膝の上で拳を握っているようだった。


「…お前が出たコンクールの主催者…審査員に知り合いがいた。…始まる前挨拶した。娘が出るからよろしくって。」


濃厚なビーフシチューの味が、急にしなくなった。挨拶?お父さんが口入れしたってこと?わたしは実力で優勝したと思ってたけど、結果は裏で操作されてたって事?色々な思いが一瞬で溢れ出す。怒りと同時に鼻にツンと込み上げる。


「…笑っちゃう。わたしってそんなに信用ない?お父さんの名前借りなきゃ出られないくらい?…学校で、全校生の前で、コンクールの曲披露して、優勝したのはお父さんの力じゃなく、自分の力だっていうのを証明出来たと思ってた。…わたしただのバカじゃん。親に裏で操作されて、手のひらで転がされて。…ほんと、バカみたい。」


言いながら涙がどんどん溢れ出てくる。流れた涙がビーフシチューの中にぴちゃぴちゃ入る。

席を立って部屋に戻ろうとすると、後ろから父が口を開いた。


「…お前に苦労して欲しくないんだ!」

その言葉に、わたしは思わず立ち止まる。


「…お前が小さい頃、母さんとお前にいっぱい苦労かけて、辛い思い、寂しい思いいっぱいさせて…。せめてお前が、お父さんと同じ音楽の道進むなら、手助けしたいんだ。」


父の方を振り向く。


「…手助け?お父さんのやってる事って不正じゃん!みんな正々堂々やってんのに。助けたいと思うなら口出ししないで!」


「お前が思ってるより、厳しい世界なんだ!」

父が食卓を立ったはずみで、花瓶の花びらがひらりと落ちる。


「…それに、助けられるのも今のうちだけだ。」


「…今のうち?」


「…今はプリーメルのプロデュースをしてるけど、彼らのライヴが終われば、また駆け出しのミュージシャンを担当する。プリーメルも俺の手から離れる。彼らもようやく売れ始めて、玲香の存在も一緒に知ってもらうなら今がチャンスだ。…だから、お前を助けられるのは今のこのタイミングなんだ。」


涙を手で拭いながら、要するに父はわたしのことを心配してるんだと思った。だが、わたしの気持ちを踏みにじられたのには変わりない。


「…どうしようもないね。」


この言葉を残し、わたしはリビングを後にした。

自室に戻って枕に顔をうずめる。本当にどうしようもない。わたしの父が彼である以上、わたしはわたし自身の力で音楽の道を切り開いていくことは出来ないのだろうか。


だとしたら全て投げ出してしまおうか。カーテンの隙間から月の光が差し込んで、コンクールで優勝した賞状が照らされる。今すぐ額縁から外して、ビリビリに破いてしまいたい。トロフィーも真ん中から折って、窓の外に捨ててしまいたい。こんなもの、なんの意味もないのだ。


程なくして、下の階から母が帰ってきた気配がした。そのあとリビングで父と何かを話している声が聞こえたが、色々あった長い一日に、わたしは疲れ切っていて、眠りに落ちていた。


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