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希望

サナダさんと話す機会を得たことで、彼に対する印象がガラッと変わった。話す前は、とっつきにくそうに感じたし、こんなわたしの相談に対し、的確にアドバイスをくれるなんて、夢にも思わなかった。


「…君が今、どんな事を考えて音楽やってるのか、分かってよかった。」


信号待ちをしながらサナダさんは口を開く。


「…そうですか?自分では考えてる事が幼稚だなぁって思います。親にかこつけて進路を決めかねてるなんて。」


「…そんなことないよ。俺なんか高校卒業して、音楽の道進むの両親に大反対されて、家出同然で東京出てきたんだよ?大学行けっていう、両親の優しさ踏みにじって。下積みの頃、メンバーと俺とで揉めることがあってさ、自分で決めたのに嫌になって、親の言うこと聞いときゃ良かったって何回思ったことか。…今となっては応援してくれてるけどね。そっちの方が幼稚だろ?」


「…そうだったんですか?」


サナダさんは笑いながら頷いた。確か以前、メンバーのマシロさんと話している際、父がマシロさんに「以前のヤツ」とわたしがそっくりだって言ってたっけ。今の話を聞く限り、その「以前のヤツ」とはサナダさんのことで間違いなさそうだ。謎は急に解けた。わたしとサナダさんは似ているのかも知れない。気を許した相手にはなんでも言ってしまうところ。それが分かったら、わたしは少しだけニヤついてしまった。


「…なに笑ってんの?俺の事、幼稚だと思った?」


そんなことを言われながら、サナダさんに見つめられる。気づくとうちの近くの住宅街まで来ていて、近所の公園の前で停車していた。なんとなくサナダさんと別れるのが寂しいなと思いながら、首を横に振った。


「…ほんとかなぁ?」


そうつぶやくサナダさんの顔が、わたしを覗き込む。わたしも彼と目を合わせようとした瞬間、唇が少し触れた。驚いて離れようとすると、今度は後頭部を包み込まれ、完全に唇が重なった。最初はこわばっていたけど、彼の息づかいと温かく、柔らかい感触が直接伝わってきて、徐々に身体の力が抜けていく。しばらくして自然に身体が離れ、余力で瞼をあける。どきどきしたままサナダさんを見る。


「…言ったでしょ?君に興味があるって。」


正面から見つめられて鼓動が止まらない。でも頑張って深呼吸して、自分を取り戻そうとする。


「…興味があるって言うのは、わたしのフルートに、って意味じゃないんですか?」


「もちろん、フルートにもね。…でもそれ以前に、初めてあった時から君自身に魅かれた。」


「…え?」


ぷいっと窓の方を向かれる。もしかして、サナダさんは照れているのだろうか。わたしの中では、今日ようやくサナダさんがどんな人であるのか分かってきたので、恋愛感情があるのかと問われれば微妙なところである。確かにわたしもサナダさんに興味はあったのだが、それはギタリストとしての彼にだ。ある種、憧れ的要素が含まれている。それが好きという気持ちなのかどうか今の時点ではあやふやなところであった。正直な気持ちを言うのが心苦しくもあったが、今後一緒に活動する上で差し障りがあると悪いので、伝えることにした。


「…わたしもサナダさんのギターと音楽に対する向き合い方に尊敬しました。プロの右腕になれるなんて思っても見なかったし。…でもこれが好きって気持ちなのかどうかは、正直まだ分かりません…。」


サナダさんが不安げに私の方を向く。


「でも、今後分かることだと思います。…まぁ、さっきのは嫌ではなかったですけど。」


それを聞いたサナダさんは、手で顔をゴシゴシと拭ってほーっと息をついた。


「…悪かった。君の気持ちを無視して…。そう言って貰うと正直ほっとする。…でも俺、君といると冷静じゃなくなるかもしれない。」


申し訳なさそうな顔でこちらを見るサナダさんは、イタズラして怒られた子どもみたいだった。彼の気持ちは純粋なのが伺えた。


「…今日はありがとうございました。サナダさんと色々お話出来てよかったです。プリーメルのライヴが最高の形になるよう、全力を尽くします。」


「…うん、ありがとう。」


サナダさんは優しく笑った。玄関の前まで送ると言われたけど、わたしは家まで道のりで頭を冷やしたかったので、お礼をいい、車を後にした。


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