はじまり
ミュージシャンを父に持つ高校3年生の西部玲香は将来を悲観していた。彼女自身もフルートをやっていて、それを手に職を付けるべきか迷っていた。そんな折、父がプロデュースするバンド「プリーメル」のメンバーと出会う。メンバーの1人ギター担当のサナダにフルートを聞いて貰ったのだが…?
彼女のバンド音楽を通しての成長と家族との関わり、ギター担当サナダとの関係が描かれています。
「第39回全日本学生ソロコンクール、フルートの部優勝は…西部玲香さん!」
わぁっと客席から歓声と拍手があがる。ステージ上のわたしは、ライトが顔に当たって熱いのと眩しいので、それを避けるように深々と頭を下げた。
「優勝した西部さんへトロフィーの贈呈です!」
フラッシュがたかれ、ただでさえ眩しいのにより目を細めてしまう。嬉しい気持ちはあるが、素直な気持ちが表情に現れる。つまり、笑顔にはなれない。
「優勝した西部さんからひとこと、将来の夢はありますか?」
余計な質問が混ざる。優勝のした今の気持ちだけならまだしも、なぜこんな大勢の前で将来の夢など語らなければならないのか。無難なコースが頭をよぎる。
「まず練習を見てくださった先生、夜遅くまでの練習で送り迎えをしてくれた両親に感謝の気持ちを伝えたいと思います。そして、将来はプロの演奏家として音楽に携わっていけたらと思っております。本日は本当にありがとうございました。」
再び深くお辞儀をする。会場から大きな拍手が沸き上がる。それを聞きながら、我ながらよくやったと自らを称える。フルートで優勝したことにではなく、優勝したこの場に相応しいコメントをしたことに、だ。閉会式も滞りなく終わり、吹き抜けのエントランスを通り、外に出る。すると、演奏を聞きにきていた父から声をかけられる。
「おめでとう。ただ、最後のひとことはお前の本心じゃないだろう?」
「ありがとうございましたの部分?そこが本心じゃないとすると、お父さんはわたしをそんなに冷たい人に育てたの?」
こつん、とエアーげんこつがとんでくる。屁理屈を叩くわたしはまだまだ子供だ。
「将来はプロの演奏家になってっていう部分だよ。お前の口から初めて聞いたぞ?」
やはり親には分かってしまうか。だが、優勝しといてああでもいわなきゃ落とし前がつかない。
「将来のことなんて、まだ誰にも分かんないじゃん?」
「お前、そろそろ高校最後の夏休みだぞ?もうちょっと将来のこと、真剣に…」
青葉が茂る7月の、一瞬強く吹いた風で誤魔化して聞こえなかったフリをする。親父は真剣に将来を考えてないとお思いだ。あのコメントが本心じゃないとわかった時点で、気づくべきなのに。わたしは真剣に将来を考えている。