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【夢、実現いたします】  作者: 石田あやね
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第9話『止まない恐怖』

 今日も学校を休ませ、梨花は近くに住む母の家へと朝早くに連れていった。一旦家へと戻ると、スーツに着替えたものの会社へ行く気配のない夫にそっと近付く。


「今日、尋実と会ってから警察へ行くわ」


「分かった」


「梨花は夕方には自分で帰ってくるって言ってたから……わたしは帰れないかもしれないし、後のことよろしくお願いします」


「美由紀っ……ひとりで平気か?」


 首もとに巻いた包帯に手を当てながら、美由紀は笑顔を隆信に向けた。


「心配しないで……梨花とまた生きていきたいから、色々手を尽くしてみる」


「やっぱり俺も行く」


「え?」


「一緒に乗り越えよう。それが夫婦だろ?」


 隆信がそっと美由紀を優しく抱き寄せる。


「ありがとう」


 こんなわたしを受け止めてくれた人をこれ以上悲しませたくはない。


 梨花のためにも、わたしは生きたい。

 どんな手段を使っても生き抜いてみせる。


 美由紀は強い決意を胸に、隆信とともに尋実の自宅へと向かった。




 尋実の自宅に到着し、何度目かのインターホンを押す。しかし、いくら待っても反応が返ってこない。


「あと1日あるから無事な筈なのに……」


「マスコミだと思ってるんじゃないか?」


「そうかもしれない」


 次は尋実の携帯にかけてみる。だが、結果は同じで、反応は全くなかった。


「鐙子みたいに、おかしくなっちゃったんじゃ」


「旦那も一緒なんだろ? もしかしたら留守なだけかもしれない……ひとまず俺たちだけでも警察に」


 先へ進む提案をした隆信の言葉に耳を傾けながら、美由紀は吸い寄せられるようにドアノブに手を伸ばす。すると、カチャッと音を立てて玄関の扉が開かれた。


「おいおい、不用心だな」


 隆信が先に立ち、ドアの隙間から中を覗き込むが、人影らしきものは見受けられない。


「一応確認しておくか?」


 隆信の問い掛けに、美由紀は黙ったまま頷いた。


「ごめんくださいっ……」


「尋実っ! わたし、美由紀よっ」


 薄暗い玄関先で声を掛けるが、返事はない。靴を脱ぎ、ふたりは躊躇いながらゆっくりと一階の廊下を進む。一番奥にある花柄が浮き出た曇りガラスのドアを開けると、広いダイニングキッチンとリビングがあった。


 カーテンで閉ざされ、日差しが僅かしか入らない空間の中で、蛇口から滴り落ちる水音が異様に響き渡る。


「居ないな……」


「他の場所も見てみましょう」


 一階のお風呂場、トイレ、客間と覗いていくが誰もいない。残るは、玄関前から階段で上がる二階の部屋だけとなった。


「行ってみましょう」


 足を踏み込む度に軋む階段を上がっていく。先程から心臓の音がうるさいほどに動いた。上がって直ぐのドアの前に立ち、ふたりは息を飲んで開け放つ。


 そこは子供部屋だった。


 あの事件のままの状態で放置され、ベッドの上は土で汚れていた。あまりにも生々しい状態を目にした隆信は即座にドアと閉じる。


「次へ行こう」


 美由紀は頷き、隆信の言葉に従う。そして、子供部屋の隣のドアを開けた瞬間だった。


「あああっ!!」


 隆信の叫びが家中に響き渡る。美由紀は悲鳴も上げられず、込み上げてくる吐き気に口元を押さえるのが精一杯だった。


 包丁で背中中央を刺され、大きなダブルベッドで血塗れの状態でうつ伏せに倒れている男性の姿が目に飛び込む。見開いた片目がこちらを凝視していた。


 そして、その後ろで揺れる人影。


 カーテンレールにシーツを縛り付け、首を吊っている尋実だった。無惨としか言えない光景に、身体中がガタガタと震え出す。


「どっ、どうして……」


 バランスを維持できず、美由紀はふらつきながら後退りし、背中を壁に寄せた。


 そして、何者かの気配に気付く。


 目だけを横へと移したと同時に、一気に恐怖で顔が引き攣った。


 階段から覗くようにこちらを見つめる千佳子がハッキリと映る。長い髪は乱れ、着ている当時の学生服は泥と血で汚れていた。千佳子は無言のまま、憎しみと怨みで歪んだ笑みを浮かべている。


 娘の代わりに死んでも構わないと覚悟したつもりだった。その決意は変わらない。だが今は、死への恐怖よりも千佳子の存在が恐ろしくて堪らなくなった。


「ちっ、か……」


 美由紀は気を失い、その場に倒れ込む。


「美由紀っ!? おいっ、大丈夫か!!」


 気絶した美由紀を抱え上げる隆信も、()()に気が付く。ニタリと嫌な笑みを浮かべた千佳子を見てしまった隆信の顔から血の気が一気に抜けた。


 千佳子はそのまま空気に溶け込むように姿を消していく。隆信は全身に走る戦慄に身動きがとれず、力なく床に座り込んだ。



 悍ましい光景が目に焼き付いて離れない。


 止まない恐怖の足音を隆信自身も実感してしまった。

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