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【夢、実現いたします】  作者: 石田あやね
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第7話『書いた者の結末』

 床から漸く視線を夫へと戻す。未だに自分が梨花を殴ったと疑う目で見つめてくる相手に、力ない声を発した。


「この間、ニュースでやってた谷山和真くんの事件覚えてるでしょ?」


「谷山?」


 他人事のように見ていたニュースなどすっかり記憶から抜け落ちてしまったようで、隆信は小さく首を振る。


「口に土が詰め込まれて窒息死した子の……」


「ああっ、あれか」


 梨花の額を気にしながら、隆信は次に軽く頷く。


「思い出した。けど、あれはただの殺人事件じゃないのか?」


「違うわ……和真くんも梨花と同じように、神社で夢を書いたの」


「夢って、梨花が話してた夢が叶う箱ってやつか? そんなの人寄せかなんかで広まったただの噂に決まってるじゃないか……何を根拠に呪いなんてっ」


 丸っきり信じる様子もない夫の様子に、美由紀はゆっくりと梨花に目線を移した。


「梨花……今日見たのは、階段から突き飛ばされる夢よね?」


 梨花は一言“うん”と答える。隆信はますます分からないという面持ちで疑問を口にした。


「まさか、夢が現実化するとでも言いたいのか? なら、梨花は? この後どうなるんだ?」


「待って、その前に梨花の傷の手当てを……話はふたりでゆっくりしたいの」


 美由紀は全てを明かす覚悟をしなくてはならない。しかし、それは梨花には決して聞かれたくなかった。


「分かった……なら、俺は仕事休むって連絡してくるから」


 夫もどこかで娘の辿るであろう結末に気付いている。部屋を出ていく後ろ姿はどこか絶望感を漂わせていた。


「お母さん……ごめんなさい」


「梨花っ」


 さっきは取り乱してしまったが、今は娘を失う悲しみに心が引き裂かれそうだった。自分の愛娘だけでも助かりますようにと、都合のいい願いを抱きながら、美由紀は梨花を優しく抱き締める。


「梨花はなにも悪くない……悪いのは全部お母さんだから」





  ◇◇◇  ◇◇◇



 梨花の手当てと着替えを済ませ、落ち着いたようにまた眠りに付いた娘を見届け、そっと部屋を後にした。


「小学校には俺から連絡しておいたから」


 リビングへ入るなり、ソファに座って待っていた隆信が小さな声で告げる。ワイシャツにネクタイが中途半端なまま結ばれている姿を見つめながら、美由紀は同じソファに腰かけた。


「ありがとう」


「で、梨花は? この後どうなるんだ? お前知ってるんだろ?」


「明後日には……和真くんのようになる」


 震える手を必死で押さえる。


「死ぬってことか? だって、夢を書いただけじゃないか!! それでなんで梨花が死ななきゃならない!」


「わたしのせいなのっ……全部わたしが悪いのっ」


「お前のせいってなんだ!? はっきり分かるように説明してくれ!」


「だから、千佳子の呪いなのよ!」


 美由紀は涙を溜めながら言い放つが、隆信にはやはり理解しがたく、苛立ったようにテーブルを強く叩いた。


「そんな馬鹿な話あるわけないだろっ!! て言うか、千佳子って誰なんだよ!」


「千佳子を殺したの!! そのせいで……わたしのせいで梨花がっ」


 思わぬ告白に、夫は言葉を無くす。


 美由紀は全てを打ち明けた。だが、隆信はその話に対して何も返さず、美由紀から目を背けたまま黙り込む。また怒鳴られるか、軽蔑され家を出ていく事を予想していた。だが、余程ショックを受けたのだろう。一言も言葉を発しようとはしなかった。


 重苦しい静けさ中、突如テーブルに置いてあったスマホが着信音を奏で始める。


 相手は鐙子だった。


 嫌な予感が過ったが、美由紀は電話を取る。


「……はい」


『わたしも死ぬみたい』


 いきなり飛び込んできた言葉に、思わず目の前に居る夫の顔を見た。


「どういう事?」


『尋実の息子が夢に出てきて……目が覚めたら……いやっ!! 来ないでっ!あっちに行って!!』


「鐙子!?」


『千佳子が来るっ……美由紀! あんたが何とかしなさいよ!! わたしはまだ死にたくないの!!』


「鐙子、しっかりして! まだ二日目だから時間はあるからっ」


『いやぁああっ!!』


 正気を失った鐙子の声は、何の前触れもなく途絶えた。耳に響いた悲鳴に戦慄が走る。


 鐙子が十階にある自分の部屋の窓から飛び降りた。それを知ったのは、もう日が沈みかけた頃。


 知らせてくれたのは尋実だった。



 殺人容疑を掛けられたが、証拠不十分で警察から漸く解放された尋実は、真っ直ぐ鐙子のマンションへ向かったらしい。目の前までやって来るといきなり頭上から叫び声が聞こえ、見上げた瞬間、鐙子が落ちてきた。


 それを泣きながら話す尋実に、美由紀はなにも返すことが出来ず、ただ震える事しか出来ない。あんなに気の強い鐙子でさえおかしくなってしまう程の恐怖がじわじわと近付いているのが嫌でも分かった。


 もう、千佳子を止められない。

 だって、尋実はこうも言った。


『わたしも今日……和真に会ったの』


 書いた本人と、書かれた人にも呪いがやってくる。やがて、自分が犯した罪のせいで梨花までもが犠牲になってしまう。


 そして、次はわたしだ。

 確実にわたしも殺されるだろう。

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