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第9話 チンピラ勇者と吸血鬼は迷宮探索をする

 「やあ、アレクサンダー。本日は招いてくれて、ありがとう」

 「むしろ来ていただいてありがとうございます、フロレンティア共和国の執政官様。と言いたいところだな」


 アレクサンダーはアリーチェを歓迎して言った。 


 リリアナを誘拐して一月。

 リリアナ誘拐事件の揉み消し、情報操作等を終えたアリーチェはアレクサンダーを手助けするために、迷宮を訪れたのだ。


 実際に見てみないと何を支援すれば良いか分からない、というのがアリーチェの主張である。


 「彼女、メア、だったかな? メア君の瞬間移動魔法は便利だね」

 「ありがとうございます」


 メアはアリーチェに対し、小さく礼をした。

 ここまでメアの瞬間移動魔法でやってきたのだ。


 無論、帰りも瞬間移動を利用する予定だ。


 「で、今のところどんな調子だい?」

 「取り敢えず、王国と帝国から『そこから出てけ、クソ犯罪者』みたいな素敵な親書を貰ったよ」

 「出ていく予定はあるかい?」

 「まさか。そもそも連中にここをどうにかできないよ」


 迷宮には『対軍トラップ』が存在する。

 軍隊が行軍してきたらそれを感知して、一キロに渡る落とし穴を作成し、全軍まとめて地の底に落とす……

 というレベルのものが山ほどあるのだ。

  

 迷宮を数で落とすのは不可能だ。

 

 だからこそ、アレクサンダーやリリアナ、テレジアのような『一騎当千』の戦士を揃えて、少数精鋭で攻略したのである。


 「攻略の要であった勇者アレクサンダーは敵、魔導士リリアーナは行方不明……実は敵、聖女テレジア・騎士ハンス・暗殺者フィーアと姫騎士アニエス・魔法剣士フィリップは双方敵同士で連携出来ず……はは、王国と帝国は何もできないね」


 アリーチェは愉快そうに笑った。

 王国と帝国はアレクサンダーが楽しく迷宮開拓をしているのを、指を咥えて見ていることしかできない。


 「さて、アレクサンダー。一先ず、各階層ごと案内してくれないかな? 私は迷宮に来るのは初めてでね」

 「おう、任せて置け。まずは……ここ、第ゼロ層。通称『水晶の森』だ」

 

 『水晶の森』

 

 地面から空へ向かって突き出た魔力結晶が、まるで森に生える木々のように見えることから、名付けられた地名である。

 曇りというわけではないが、太陽の光を水晶が吸収しているため、妙に薄暗く……そして肌寒いことが特徴だ。


 「だけどここは良いね。吸血鬼にとっては。まあ寒いのは良くないけど」


 傘をくるくると回しながら、アリーチェは言った。

 吸血鬼であるアリーチェにとって、日光は天敵だ。


 さて、次にアレクサンダー、メア、アリーチェが向かったのは第一階層『大山脈地帯』である。


 「空気が薄いわね。それに日差しが強い……というか、太陽ってどうなってるの?」

 

 迷宮は地下にある。

 故に太陽など、本来は存在しないはずだが……


 「天井にでっかい魔力結晶があるらしい。そっから光が出てるんだってさ」

 「夜とかはあるの?」

 「ちゃんと時刻通り、太陽が動くシステムになってるそうだ。詳しいことは分からん」


 ちなみに四季もちゃんとある。


 「ここ、第一階層『大山脈地帯』の特徴は高低差だ。ここで発生した雪解け水が下の下層まで流れている」

 「雨も降るの?」

 「降るんだよ、それが。意味わからないだろ?」


 アレクサンダーは肩を竦めた。

 洞窟の中で雨や雪が降るようなものである。


 「私からすると、むしろ当然なんですけどね……」

 「メア君は産まれも育ちも、迷宮なのかい?」

 「はい、そうです。アリーチェ様」


 メアは頷いた。

 迷宮内部の自然環境が外部と全く同じだからこそ、メアは外に出てもカルチャーショックならぬ、自然ショックを受けなかったと言える。


 「続きまして……第二階層『大森林地帯』だ」


 

 眼下に広がるのは一面、森ばかり。

 多種多様な木々が生える階層、それが『大森林地帯』である。


 「ここは山みたいだね……それに遠方にも高低差があるように見えるけど、第一階層との違いはあるのかい?」

 「第一階層の標高が高い場所は、草すら生えていない。でも第二階層は木が生い茂っている。高低差は確かにあるけどな。高い場所は針葉樹、低い場所は広葉樹が生えている。下に下れば徐々になだらかになっていくよ」


 第一階層から流れ出た水は第二階層で川となる。

 『大山脈地帯』及び『大森林地帯』で川に溶け出た養分は、下の階層の植生を支えているのだ。


 「第二階層というのは第一階層の下にあるんだろう? 水はどうやって流れ出てるんだい?」

 「リリアナが言うには空間が歪んでるとかなんとか……まあ、よく分からん」


 古代人の魔導科学力の賜物である。


 「しかしこれだけ木々があると……燃料や建築資材には困らなそうだね」

 「まあ丸禿になったらどうなるか分からないけどな。上層の第一階層は鉄鉱石を含む、資源が多く掘れる。鉄の一大生産地になれる……かもしれない」

 「それは素晴らしいね。もしそうなったら、是非とも優先的に我が国に輸出してくれ」


 アリーチェは愉快そうに笑った。

 フロレンティア共和国は鉄を自給できないため、鉄製品の輸入は死活問題である。


 もっともアリーチェのこの発言はただのリップサービスだ。

 アレクサンダーの立てた国が他国に鉄を輸出できるようになるには、まだまだ時間が掛かるだろう。


 「続いて、第三階層『大草原』だ」


 次に三人が訪れたのは、さきほどとは全く景色の異なる、広い広い草原地帯である。

 まばらに低木が生えており、またところどころ小さな森が点在している。


 そして草原を切り裂くように広い大河が流れている。


 「まあ、文字通り一面草木が広がる草原地帯だな。野生動物も多い。この迷宮に流れ着いた農民たちによると……農業もできるが、牧畜が一番向いているんじゃないか? だとさ」


 「なるほどね……確かに牧畜は悪くないと思うね。草もよく茂っているし……それに牧畜は農業よりも比較的簡単に始められる」

 

 「まあ、今のところ国民(・・)に牧畜や遊牧が分かる奴が殆どいないから手を付けられないんだけどな」


 「それは勿体ないね」


 アリーチェはそう言いながら……頭の中でそろばんを弾く。

 もしこの土地全体で羊を生産すれば、どれだけの羊毛が採れるか。

 

 採れた羊毛は間違いなく、王国帝国都市国家同盟、その他の国々の経済に大きな影響を及ぼすだろう。


 アリーチェは『迷宮』の経済的価値を、上方修正した。


 「次は第四階層『大荒野』だ」


 『大荒野』はさほど『大草原』と景色は変わらない。

 『大荒野』の方が少し湿度が高く、そして河幅が大きく、水も豊富にある……程度である。


 「へぇ……ここには人が住んでいるんだね」

 「農業に向いているらしくてな……農民たちを移住して、開拓の真っ最中さ」


 農民たちは汗を流しながら……しかし生き生きと畑を耕していた。


 「……それにしても随分と進んでいるね」

 「重労働はオークが、力の要らない単純労働にはゴブリンが従事しているからな」

 

 メアの魔法により、オークやゴブリンは農民たちの言うことを聞くように調整されている。

 最初は農民たちも怖がり、また使い慣れていないこともあって混乱が生じたが……

 今では貴重な労働力になっている。


 何よりオークやゴブリンは魔力の供給さえ受ければ動き続ける。

 そのため睡眠も不要で、二十四時間たっぷり時間を使って畑を広げられる。


 「オークやゴブリンの魔力供給源は人間だ。だから人口を増やせば増やすほど、召喚できる」

 「羨ましい限りだ。つまり食費の掛からない奴隷だろう?」


 アリーチェは興味深そうに働いているオークを観察する。

 そしてメアに尋ねる。


 「野生のオークでも同じことができるかな?」

 「いえ……難しいと思います。正直、私も原理は分かりませんし。迷宮の機能の一つでしかありませんから」


 メアはそう言って首を横に振る。

 アリーチェは残念そうな表情を浮かべるが……しかし研究する価値はあると、思い直した。


 「さて、ここが第五階層『大平原』だ。まあぶっちゃけ第四階層『大荒野』と大して変わらない」

 「ここの方が少し湿度が高くて、河の水量も多い……その程度の差です」

 「なるほどね」


 付け加えるならば『大荒野』に比べて、森林部分も広い。

 ……が、それでも大きな差はないだろう。


 「まあ小麦、野菜、果物……育てられる作物は多いだろうね。『大荒野』の方が肥沃なのかい?」

 「ああ。降水量はここの方が多いけどな」


 農民たちは比較的肥沃な『大荒野』を選んだ。

 少なくとも小麦栽培という面では、『大荒野』の方が優れている。

 

 次に一行が向かったのは第六階層『大湿原』である。


 「ふむ……『大湿原』という名前の割には、言うほど湿原でもないね? 確かに湿度は高いみたいだけど」

 「実際、湿原になっているのは一部。実際には湿度の高い草原や森、ってのが実態だな」


 大規模な湿原地帯が存在するが故に『大湿原』と名付けられたが、実態としては名前ほどではない。

 もっとも……迷宮付近では滅多に存在しない環境なのは事実だが。


 「農民たちに聞いたところ、湿度が高すぎて小麦や大麦は向かないそうだ」

 「だろうね……稲作なんてやったらどうだい?」


 アリーチェの言葉にアレクサンダーは眉を顰める。


 「何だ、そりゃ」

 「湿地で育つ小麦さ。都市国家同盟のうち、一部の国が育てている。温暖な気候と十分な水分がなければ成立しないから、あまり広まらなかったけどね。ここならもしかすると、適するかもしれない」

 「なるほどね……でも、取り敢えずは草原や平原の開拓で良いかな」

 「それは賢明だね。慣れないものに手を出すのは、余裕が出てきてからで良い」


 そもそも本当に育てられるか分からないのだから、考えるだけ無駄だ。


 「はい、次は第七階層『熱帯多雨林』……ここはいつも暑いな」

 「はい……私は嫌いです」

 「木が多くて薄暗いのは好きだけどね……湿度は嫌いだな」


 三人は憂鬱そうな表情を浮かべる。

 

 「こんな暑くてジメジメしてちゃ、まともに作物は育たないかもね」

 「迷宮の外の作物はな」


 アレクサンダーはそう言って、聖剣を軽く振るった。

 斬撃が頭上の木に実っている果物を落とす。

 アレクサンダーはそれをキャッチして、皮を器用に剥き、一口齧った。


 それをアリーチェに手渡す。


 「食べてみろ」

 「食べかけを寄越すとは、良い度胸しているね?」

 「いやだったか?」

 「いや、そんなことはないけどね」


 アリーチェはそう言って微笑み、一口齧った。

 アリーチェは目を見開く。


 「これは……美味しいね」


 そう言ってさらに一口、食べる。

 噛むと濃厚な甘味と、若干の酸味を帯びた果汁が口の中に溢れ出る。


 「ふぅ……美味しかったよ。これは何という果物だい?」

 「父は『マンゴー』と名付けていましたよ。お気に入りだったみたいです」


 まあ私は最近まで食べたことありませんでしたけど……

 と、メアは自虐気味に言った。


 「美味しいけど、腐りそうなのは難点だね。酒か干し果物に加工して……あとは冷凍魔法で防腐処理をすればギリギリ輸送できる、って感じかな?」

 「まあ果物は確かに腐るからな。だが、こんなものもあるぞ。こいつは腐りにくいはずだ」


 アレクサンダーはそう言ってポケットから小さな瓶を二つ出し、アリーチェに見せた。


 「それは……まさか! ここで収穫できるのかい!?」 

 「ああ。ちゃんと野生種が生えていることは確認できた」


 小瓶の中に入っていたのは二種類の乾燥物。

 その植物の名前は……


 「丁字と胡椒。どちらも高値で売れるよ……それは栽培した方が良いね。ああ、でも……生産量は調整した方が良いか。価格崩壊が起これば、商人の恨みを買う。それは良くないだろう」

 「分かっているさ。俺だって都市国家同盟の商人を破産させようなんざ、思ってないよ」


 香辛料は大陸の外からの、完全な輸入品であり……それを独占しているのは都市国家同盟の海運国家である。

 ここで香辛料を大量生産し、売りに出すのはそれらの海運国家に喧嘩を売るのに等しい。


 都市国家同盟にはこれから支援して貰う予定なのだ。

 喧嘩を売るような真似はできない。


 もし売るにしても、必ず都市国家同盟を経由させるのが利口だろう。


 「あの、勇者様。父から聞いたのですが……外の人間は腐ったお肉を食べるために香辛料を使う、という話は本当ですか?」


 メアの質問にアレクサンダーとアリーチェは顔を見合わせた。 

 

 「魔王ってのは、天才的な闇の魔導士って聞いたが、案外世間知らずだな」

 「全くだね」


 アレクサンダーとアリーチェは魔王の悪口を言ってから……メアに説明する。


 「幼少期、腐った肉を食ってた貧民出身の俺の体験談だがね……まず腐った肉を食わざるを得ない奴は香辛料なんぞ高くて買えない」


 「香辛料を好きなだけ買えるお金持ちの私から言わせて貰うけどね、私たちのような富裕層からすれば新鮮な肉の入手は難しくないよ。そもそも腐った肉に香辛料をかけるなんて、勿体ない真似をするわけないだろう」


 それなりの資産があれば、新鮮な肉類の入手は難しくはない。

 城壁に囲まれた街の外側には、都市の資産家向けに野菜や肉類を育てている農家がいるのだ。


 そして本物の大金持ちは自前の農場を保有している。


 「そもそも香辛料には防腐効果なんて、あまりないしね。モンテメラーノ女史も言っていた」

 「どうしても臭いを消したければ、ミントでも使えばいい。あの雑草は嫌でも生えてくるからな」

 「ハーブやオリーブ油で大概の臭みは消せるからね……香辛料の必要性は薄い」


 香辛料があった方が美味しい。

 だが無しでも美味しいモノは作れる……とアレクサンダーとアリーチェは言った。


 メアは首を傾げる。


 「じゃあ何で高いのにみんな買うんですか?」

 「「金持ちの見栄」」


 二人は揃って言った。


 「世の中には高いから買うってやつがいるのさ」

 「結果としてさらに価値が上がるわけだから、商人たちはウハウハだな」


 二人は肩を竦めた。


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