第8話 チンピラ勇者と魔導士は迷宮の構造を知る
アレクサンダーは聖剣を抜き放ち、牢を破壊した。
そしてリリアナの手枷も断ち切る。
リリアナは肩を回しながら、牢屋から出た。
「恩に着るよ、勇者。……僕には今、君が今まで以上にイケメンに見える」
「そいつはどうも。さて、早くこんな辛気臭いところから抜け出そう」
アレクサンダーはそう言うと、メアの手を握った。
リリアナは首を傾げる。
「どういうことだい?」
「こいつは瞬間移動魔法が使えるんだ」
「なるほど……でも、ここではやめた方が良い。ここには僕が導入した、魔法魔術阻害魔術が敷かれている。そういう精度が求められる魔術魔法を使うと、失敗する可能性が高い。外に出てからにすべきだよ」
「なるほど、だそうだ。メア」
アレクサンダーはメアの手を放した。
三人は揃って出口を目指す。
尚、アレクサンダーは白仮面を被り直している。
道中、顔を見られると不味いからだ。
また、リリアナにも自分のことを「勇者」「アレクサンダー」と呼ぶな、と言い含める。
「侵入者だ!!」
「囚人が脱獄したぞ!!」
「捕えろ!!」
出口の前にはすでに騒ぎを聞きつけた兵士たちが、武器を持って立ち塞がっていた。
アレクサンダーは戦闘の構えを取るが……
リリアナがそれを制した。
「ゆう、ごほん。ユウタ、ここは僕がやるよ。個人的な恨みもあるし、久しぶりに運動したいしね」
「誰がユウタだ。まあ、良いけど」
アレクサンダーは一歩下がる。
リリアナは眼鏡を外し、アレクサンダーに手渡す。
そしてゆっくりと兵士たちに近づく。
兵士たちはリリアナの気迫に押されていた。
「あの、勇者様。良いんですか? 魔導士、ですよね? 後方支援が彼女の仕事、ですよね? 近接戦闘なんて、できるんですか?」
「ああ、それは問題無い。……見れば分かるさ」
アレクサンダーはそう言って、メアに黙って見ているように言った。
リリアナはメアの心配など知らないとでもいうように、ゆっくりと構えを取った。
「天才魔導士、世界最強の魔術師と言われる所以、見せて上げよう」
リリアナはニヤリと笑って言い、そして床を強く蹴った。
そして……
殴った。
「うりゃああ!!!!」
殴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る、殴る、蹴る、蹴る、蹴る。
亜音速にまで達したリリアナの蹴り、拳が兵士たちを襲う。
その衝撃は一撃で鎧を粉砕し、兵士たちの骨を折り、内臓にダメージを与える。
まさに一騎当千。
「……魔術師、ですよね?」
「魔術師だぞ。よく見ろ、あれは身体能力強化の魔術だ」
「えぇ……」
確かにリリアナは魔術を使っていた。
全身に高度な身体能力強化の魔術を使い、その膂力を極限にまで増強させていた。
それだけではない。
拳や足の皮膚を硬化の魔術で鋼鉄のように固くし、そして重力魔術で体を軽く、時に重くして、攻撃の速度、破壊力を強めていた。
さらに衝撃反転の魔術を使い、本来己にも返ってくるであろう破壊力を敵に向けていた。
「いろいろな魔術を試した結果、最終的に『殴った方が早い』という結論に達したらしい」
「……」
メアは何とも言えなさそうな顔をしていた。
彼女の中の魔導士魔術師魔法使いというのは、様々な魔術や魔法を駆使して、勇者や戦士をサポートするような、そんな存在である。
少なくとも己の拳で殴ったりはしない。
「というか、眼鏡を外してて見えるんですか?」
「そもそもあいつの、この眼鏡、伊達だぞ。つけた方が賢そうに見えるだろう? だそうだ」
「滅茶苦茶アホっぽい理由ですね」
メアは溜息を吐いた。
メアの中で「リリアナはアホ」という認識が形成される。
アホはアホ相応の扱いをすれば良い。
メアはリリアナに対して気を遣うのはやめようと決めた。
数分後、リリアナはすっきりとした表情でアレクサンダーの方へ歩み寄ってきた。
兵士たちはボコボコに殴られて、気絶している。
「殺したか?」
「どうかな? 彼らは執政官に雇われた私兵、かなり強い方みたいだし、この程度では死なないと思うよ。まあ当たり所が悪くて、何人か死んじゃったかもしれないけど」
僕の知ったことじゃないね。
リリアナは飄々と言った。
リリアナもアレクサンダーもだが、人死にどうこう言う時期はとっくの昔に過ぎている。
できるだけ殺さないようにする配慮はあるが、だからといって不殺を心掛けているわけでもなく、まあ死んだら死んだで仕方がないよね、という程度の認識だ。
「取り敢えず、早く出ましょう。……ここから抜け出したいので」
「それもそうだ」
「そうだね」
メアはリリアナとアレクサンダーを急かす。
斯くして三人は迷宮へと帰還した。
「しかし迷宮内部に国を建てるとは、面白いことを考えるねぇ」
アレクサンダーから建国についての概要を聞いたリリアナは感心したように言った。
あまり政治や経済については興味のないリリアナも、さすがにこのレベルのことになると少し興味が湧く。
「第三、四、五、六階層の土地は肥沃度が高い。うん、開拓に成功すれば大きな収穫も期待できる。良いと思うよ」
「天才魔導士殿にそう言ってもらえると嬉しいね」
「それほどでもないさ」
自慢気に胸を張るリリアナ。
その胸を見て、メアは「勝った」と内心でガッツポーズを取る。
「で、僕は何をすれば良いのかな?」
「迷宮について調べて欲しいんだ。何か分かっているなら、教えてくれ。迷宮で無尽蔵にモンスターが作れるとは思えない。何か制限があるはずだが……それが分からない以上、下手にモンスターを呼び出したり、罠を作動させたりできない」
「なるほどね……」
ふむふむ……とリリアナは頷いた。
そしてメアに言う。
「魔王からは特に何も聞いてないんだよね?」
「はい、私の父は特に何も教えてくれませんでした」
「なるほど。取り敢えず、迷宮を見て回りたい。君が知っている限りのところに跳んでみてくれないか?」
「分かりました。……では上から順に跳びましょう」
一通り迷宮を見て回ったリリアナは、アレクサンダーとメアを前にして己の仮説を語った。
「まああまり小難しい説明をしても分からないだろうから、結論だけ言おうか。迷宮は地脈、地上に降り注いだ太陽光や、地上に漂う魔力を吸収することでエネルギーを得ている。このエネルギーの九十九%は迷宮内部の自然環境の維持に使用され、残りの余剰分一%は迷宮内部に蓄えられている」
「ってことは、その余剰分を使用してモンスターやトラップの類は作動している。ということか?」
「さすが勇者。話が早くて助かるね」
迷宮そのものは遥か大昔から存在が確認されている。
魔王が迷宮に住み着いたのは、今から百年前だ。
つまり魔王は今まで溜めこまれた余剰分を消費して、モンスターやトラップを作動させていたことになる。
「その余剰分はどれくらい残っているんだ?」
「うーん、魔王がかなり無駄遣いしたみたいだね。現在の消費量を考えると、あと百年で枯渇するだろうね。無論、モンスターを召喚すればさらにエネルギーは消耗するよ」
「……あのクソ親父め」
メアは小さな声で悪態をついた。
アレクサンダーやリリアナにとっては、魔王なんて過去の人なので特に恨みはないが……魔王が無駄遣いしなければ、もう少し展望は明るかったという点ではメアと同じ気持ちである。
「しかし困ったな……できればオークなんかを召喚して、そのエネルギーで開拓を進めたかったんだが……」
「ふふふ、話は終わってないよ、アレクサンダー」
リリアナはニヤリと笑みを浮かべた。
「この迷宮は魔力を吸収する作用を持つ。地上からも、地下からも、そして……迷宮内部からもだ。勇者も知っていると思うけど、我々人間は自力で魔力を生成できる数少ない生物……広義の『幻獣』に含まれる」
「ってことは、人間を住まわせれば魔力を得られるということか?」
「御明察の通りさ」
現段階でも三万人の人が住んでいる。
人間を増やすのはそう簡単ではないが……不可能ではない。
しかしアレクサンダーは一つ、疑問を抱く。
「だが魔力を吸われ過ぎて不健康にならないか?」
「いや、迷宮内部の吸収量は思ったより少ないんだよ。……これは僕の仮説だけどね、おそらく迷宮は古代人の作った巨大なマジックアイテム、場違いな工業品だ。元々人間を住まわせることが目的で作られたんじゃないかな? だとするならば、致死量まで魔力を吸い上げるとは思えない。というか、もしそうだとしたらとっくに魔王は体調不良で倒れているよ」
「確かに……私もあまり、魔力を吸われたというような自覚はないですね」
メアは頷いた。
生まれた時からメアはこの迷宮で過ごしてきたが、魔力を吸われ過ぎて体調不良に陥ったということは一度もない。
「で、何人につきどれくらいのオークやゴブリンを召喚できる?」
「そうだね……オークなら五十人に一人、ゴブリンなら十人に一人で賄えるんじゃないかな? まあトラップの維持とかも考えると、数値は変わるけどね」
「ということは、えっと、えっと……」
メアが指折り数えている間に計算を終えたアレクサンダーが言う。
「ゴブリンを三千は召喚できるな。オークはゴブリン五匹分で計算すればいい」」
オークの労働力を成人男性二人分と計算すると……その労働力は千二百人分になる。
オークはモンスターであり、その維持に必要なのは魔力だけだ。
「素晴らしいじゃないか……メア、早速オークを召喚しろ。土地を耕させるぞ……それくらいの知能はあるよな?」
「まあ、命令されればそれなりのことはできると思いますよ」
斯くして本格的な迷宮開拓が始まろうとしていた。
ちなみに迷宮は、古代人が作った核シェルター的なもの
という裏設定があります