第7話 チンピラ勇者は魔導士を助けに赴く
「ご紹介に預かった、アリーチェ・メディシーナ……まあアリーチェと呼んでくれて構わないよ。さて、君は?」
「メア、という。魔王の娘だ」
「メアです……今は勇者様の奴隷です」
メアは明らかに偉そうな雰囲気を醸し出しているアリーチェに頭を下げた。
そしてアレクサンダーに尋ねる。
「あの、執政官って、何ですか? 偉いんですか?」
「この国で一番偉い人だよ」
「……王様ということですか?」
メアは首を傾げる。
優れた聴覚で二人のやり取りを聞き取ったアリーチェは肩を竦めた。
「我が国の国名をしっかりと認識して欲しいな。フロレンティア共和国……そう、共和国さ。我が国は民主制を採用している。私は市民に選ばれた、市民の代表。王などというものと一緒にしないでくれたまえ」
「かれこれ百年間、ずっと執政官に再任し続けているくせによく言うな。実質的に王様と変わらないだろうに」
するとアリーチェは鼻を鳴らした。
「民がそれを望んでいるのさ」
「そいつは結構なことだな……さすがは救国の吸血鬼様。市民からの信用は厚いようだね」
「ふふ、それほどでもないさ」
アリーチェは笑みを浮かべた。
召使がテーブルの上に紅茶とお菓子を置く。
メアの目がお菓子に釘付けになった。
「甘い物は好きかい?」
「へ? い、いや、そ、その……」
「食べたければ好きなだけ、食べると良いさ。何ならお代わりしても良いくらいだよ。見たところ食べ盛りみたいだしね」
アリーチェの言葉にメアは目を輝かせた。
クッキーに手を伸ばし、幸せそうな顔でそれを食べるメア。
アリーチェは目を細めた。
「お前も見た目の上では食べ盛りに見えるけどな」
「見た目の上、という言い方は良くないね。実際に食べ盛りなのさ」
吸血鬼の成長速度は遅い。
アリーチェはかれこれ百年以上生きているが、吸血鬼の中ではかなり若い部類に入る。
「だから、ふふ、分かっているね?」
アリーチェはニヤリと笑う。
口角が上がり、鋭く尖った牙が光る。
「分かっているとも……好きなだけ、飲ませて差し上げよう。その前に俺の頼みを聞いてくれないかな?」
「ふふ、聞くだけ聞いてあげよう」
アレクサンダーはアリーチェにこれまでの経緯と、諸々の支援の要請をした。
アリーチェは真紅の瞳を光らせ、チロリと舌なめずりをする。
「ふふ、君が国造りとはね。面白いじゃないか……良いだろう、協力してあげよう。だが条件がある」
「さっき、血を飲ませてやるって言っただろう?」
「それは聞いてあげる条件だよ」
アリーチェの言葉にアレクサンダーは肩を竦める。
付き合いも長いため、アリーチェがそう言い出すことは読めていたのだ。
「リリアーナ・モンテメラーノ。彼女をヴェンジニア共和国から救い出してくれ」
アリーチェの言葉にアレクサンダーは眉を顰めた。
「まあ、折を見て助けに行く予定ではあったが……理由を聞いても良いか?」
「彼女が投獄された事件は知っているようだね。あれは冤罪だよ……そして直に裁判が行われるが、結果は決まっている。有罪だ……そして彼女は犯罪奴隷の身分に落とされるだろう。……その買い手も決まっている。帝国だ」
「ふむ、お前が言うからには間違いはないんだろうが……ヴェンジニア共和国が帝国にリリアナを売る理由が分からないな」
天才魔導士リリアナ。
確かに高値で売れるかもしれないが、ヴェンジニア共和国にとっても都市国家同盟全体にとっても、リリアナは『勇者』や『聖女』に対抗し得る数少ない戦力であり、彼女の研究も多くの富を生む。
それを帝国に売却するのは、いくらヴェンジニア共和国が商業国家であったとしても、いや、だからこそ理性的とは思えない。
「端的に言うと、ヴェンジニア共和国の執政官が帝国の傀儡なのさ。まあ経歴を調べてみれば分かるが……彼は帝国出身者で、元々親帝国的な発言が目立っていたからね。それにヴェンジニア共和国もどちらかと言えば親帝国的だ」
帝国は都市国家同盟に対して領土的な野心を見せている。
今回はその一環。
アリーチェはそれを妨害したい……とのことであった。
「ふーん、分かった。支援はしてくれるんだな?」
「無論だとも。陰ながら、だけどね。ただし……モンテメラーノ女史を救出した、脱獄させたのが君だとは分からないようしてくれたまえよ? 私と君が仲が良いのは有名だ……私は関与を疑われたくない。その時は容赦なく切り捨てさせてもらうから、善処したまえ」
「了解、了解……リリアナはそのまま貰っていっても構わないんだな?」
アレクサンダーが確認を取ると、アリーチェは頷いた。
「ああ。彼女を匿うのは少々リスクが高いからね……その点、君は失うモノが何一つない。それにこれから必要だろう? プレゼントだと思ってくれ」
「そいつはありがたいね」
迷宮という特殊な環境に国を建てる関係上、魔導士リリアナはアレクサンダーとしては是非とも手に入れたい人材である。
それにいざという時の伏せ札としても機能する。
「まあ、取り敢えず……今晩は泊まっていきたまえ。行動は明日からにしよう」
「了解」
「ぐはぁ……」
「勇者様……顔色があまりよくないですが、大丈夫ですか?」
メアは青い顔のアレクサンダーに尋ねる。
現在、二人はアリーチェが手配したヴェンジニア共和国行きの馬車に揺られていた。
アレクサンダーは気怠そうに答える。
「昨晩、絞られてな……」
「はぁ……血ですか? それとも、えっと……」
「両方だ……吸われながら吸われた」
「それは……御愁傷様です」
男ではないメアにはアレクサンダーがどのような気分なのか全く分からなかったが、青白い顔を見れば「大変だった」ということだけは理解できた。
「ところで勇者様」
「何だ?」
「……アリーチェさんって、何歳ですか?」
「知らん。本人に聞くと良い」
「……そんな怖いこと、できませんよ」
「俺もできないよ」
「聞いてくれ!! 僕は悪いことなんてしてない! 冤罪なんだ!!」
ヴェンジニア共和国、地下牢。
そこに収監されていた少女は半泣きで叫んでいた。
桃色の髪に、赤紫の瞳。
黒いフレームの眼鏡と白衣―少し汚れてくすんでいるが―を着ている。
顔立ちは整っており、とても賢そうだが……眼鏡が少しズレているところが、どこかアホっぽさと醸し出している。
手には魔力を封じる、魔力封じの枷が付けられていた。
「うるせぇ! 黙ってろ!!」
看守は少女―リリアナに対して怒鳴りつけた。
「っひ!」と小さな悲鳴を上げて、リリアナは身を竦ませる。
「で、でも冤罪なのは……」
「そんなの誰が信じるか! うん? お前のお仲間の勇者も、反逆者だって聞いたぞ? 反逆者の仲間なんだ。お前だって、そうに違いない」
「あ、あんなチンピラ紛いの勇者と一緒にしないでくれ! あれと同列に見るのは、僕に対する侮辱だぞ!」
リリアナは叫んだ。
「冤罪なんだ!!」という叫び声よりも大きい……それほど否定したかったのだろう。
リリアナが叫ぶのと同時に、看守の男はなぜか呻き声を上げて倒れた。
何者かが背後から看守を殴ったからだ。
「……誰だ? 君は」
リリアナは謎の白い仮面をつけた、明らかに不審な男と、それに付き従うやはり白い仮面を被った少女に尋ねた。
男は仮面を取った。
それはリリアナが良く見知った人物だった。
「助けに来た……つもりなんだが、やっぱりやめるわ。奴隷生活、頑張ってくれ」
「ゆ、勇者!?」
アレクサンダーはそう言うと、踵を返した。
少女が「良いんですか?」と尋ねるが、アレクサンダーはそれに対して「あんな失礼なやつ、助ける必要はない」と答える。
リリアナの背筋に冷たいモノが走った。
「勇者! 助けてくれ!! さっきのは、その、嘘だ! ほら、分かるだろ? 僕にも立場ってのが、あるんだよ! ほら、僕らは仲間だったろ? 困った時はお互い様、仲間は助け合うものだろ? 助けて、お願いします、助けてください!! 奴隷は、奴隷は嫌だ!!!」
アレクサンダーはリリアナには答えず、少女―メアに尋ねる。
「ああ言ってるけど、さっきのって本当に嘘だと思うか?」
「魂からの叫びに聞こえましたね。本気で勇者様のことを『チンピラ紛い』だと思っていたと思いますよ。私もそう思います」
「……後でいろいろと言いたいことがあるから、覚悟しておけよ?」
アレクサンダーがそう言うと、メアは肩を竦めた。
そしてアレクサンダーは後ろを振り返って言う。
「どうしても、助けて欲しいか?」
「助けて!」
「何でもする?」
「何でもする! 何でもするからさぁ!!」
泣きながらリリアナは叫んだ。
アレクサンダーはニヤリと笑みを浮かべる。
「じゃあ、後でしっかりと働いて貰おう」
アレクサンダーは邪悪な笑みを浮かべる。
メアは呆れ顔でアレクサンダーを見て、溜息を吐いた。