第6話 チンピラ勇者は大きなブーメランを投げる
迷宮は地上部も含めれば、十四の階層に分かれている。
各階層は独立しており、高低差も気温も湿度も植生すらも違う。
それぞれの階層の名称は以下の通りである。
第ゼロ階層……『地上部』
第一階層……『大山脈地帯』
第二階層……『大森林』
第三階層……『大草原』
第四階層……『大荒野』
第五階層……『大平原』
第六階層……『大湿原』
第七階層……『大熱帯多雨林』
第八階層……『大砂漠』
第九階層……『大凍土・火山地帯』
第十階層……『大海原』
第十一階層……『大宮殿』
第十二階層……『宝物庫』
第十三階層……『心臓部』
アレクサンダーが難民たちに宛がったのは、第四階層『大荒野』である。
正確に言えば、難民たちが『大荒野』を選んだと言える。
アレクサンダーには農業のことは分からないが、難民たちは……
「勇者様! こ、この黒い土はとても肥沃であることの証です! 少し乾燥気味ですが、河もありますし、水は十分。これほど小麦を栽培するのに適した場所はありません!!」
とのことであった。
アレクサンダーはチンプンカンプンだったか、まあ農民が喜んでいるのであればそれで良しとした。
アレクサンダーは彼らに対し、ある一定の広さまでならば、耕した分だけ土地をその耕作者の所有地としても良いと、彼らに許可を出した。
これには農民たちは大喜びした。
今まで農奴として、奴隷のような扱いを受けていたのにも関わらず、努力すれば一気に裕福な土地持ち農民になれる可能性が浮上したのだから、当然と言えば当然である。
もっとも……
取り敢えずは住む場所を整え、そして最低限の灌漑設備を共同で作ることになったようだが。
「彼らに任せてしまって良いんですかね?」
「餅は餅屋ってやつだよ。俺らが下手に指示を出すよりも、連中にやらせた方が良いはずだ。それよりも……だ」
アレクサンダーは家を建てている農民たちを見ながら、小さな声で尋ねる。
「食糧って、足りそうか?」
「半年までは持ちそうですが、それ以上は厳しいかもしれません」
いくら何でも三万人は多すぎたのだ。
こればかりは仕方がない。
とはいえ、一年間は食糧を確保できる。
君たちは食糧の事は気にせず、来年の収穫のために頑張ってくれたまえ!
と大見得を切った手前、「やっぱ無理だった。てへぺろ」というわけにはいかない。
「仕方がない……どこかからかっぱらうか」
「あのですね……」
アレクサンダーの発言にメアは眉を顰める。
「仮にも勇者なのですから、その平然と人から盗もうという発想はどうなんですかね?」
「すまん、昔の癖でな。というか、『仮にも勇者』というからには何か、君の中には理想の勇者像でもあるのかな?」
アレクサンダーの問いにメアは頷いた。
「まあ、そうですね。無いことは、ないです」
「試しに教えてみてくれ」
「そうですね……悪の大魔王から囚われのお姫様を救出する感じですかね?」
思った以上に乙女チックな勇者像だ。
とはいえ、少し考えてみればここで言う『悪の大魔王』というのはメアの父親である魔王そのもので、『囚われのお姫様』というのはメア自身のことを指しているということは簡単に察しがつく。
まさに彼女の願望がそのまま表れていると言える。
父親から受けた虐待を考えれば、何とも悲痛で重い話だが……
メアは憐れまれたくはないだろう。
そう考えたアレクサンダーは揶揄う方向で反応することにした。
「可愛らしいじゃないか。……というか、まさしく俺は悪の大魔王から君を助け出したわけだが。お気に召さなかったのかな?」
「勇者は勇者でも、チンピラでしたけどね。まあでも感謝はしています。本音のところで言えば、もう少し早く来てくださって欲しかったですが」
「そいつはすまなかった。ではこれからは埋め合わせも兼ねて。誠心誠意お姫様にお仕えしよう」
アレクサンダーはそう言ってメアの目の前で跪く。
そしてメアの手を取り、その甲に忠誠のキスをする。
宮廷で覚えた作法だ。
これにはメアも顔を赤らめた。
「やめてください……大袈裟な。まあかっぱらう、というのは結構ですが……もう少し穏便な方法は無いのですか?」
「ふむ……確かに、あまり周囲から恨みを集めるのは得策ではないな。少し今更感はあるが」
すでに帝国と王国から恨まれている。
かなり派手に動いたのでアレクサンダーがここにいるのも知られているだろう。
今は両国、戦争に忙しいため放って置かれているが……
これからどうなるか、分からない。
「まあ白金貨や金貨は山ほどあるわけだし、都市国家同盟から購入するというのはアリかもな」
「都市国家同盟、ですか?」
都市国家同盟。
文字通り、都市国家の寄り合い同盟である。
連合や連邦と言われないのは、都市国家同士が個々に外交権を有し、時に内部で戦争が起こることもよくあるからだ。
『同盟』程度の横の繋がりである。
都市国家同盟は都市国家ごとに社会制度や国家方針がまるで異なるが、大方『反帝国反王国自治独立』という点では共通している。
敵の敵は味方論的に考えて、都市国家同盟と関係を築くというのは悪い話ではない。
「あの国には知り合いもいるしな」
「知り合い、ですか? えっと……」
「魔導士だ。天才魔導士リリアナ・モンテメラノ」
正しい発音はリリアーナ・モンテメラーノだが、生憎ここにはそれを訂正する人間はいない。
「都市国家同盟出身だったんですか?」
「ああ。知らなかったか?」
「父が『あのクソ眼鏡魔導士』って、言ってたのは知ってますがそれ以外は……」
そもそも勇者も魔王も、お互い自己紹介をしたわけではなく、会話もしたわけでもない。
互いの出身地など知る由もない。
「まあ、あながち間違ってもない。……さて、そうと決まったら行こう」
「はい」
アレクサンダーとメアは手を結んだ。
アレクサンダーが訪れたのは、都市国家同盟の中心都市国家の一つ。
フロレンティア共和国に訪れていた。
ここではアレクサンダーの顔が指名手配書に載っているということはないため、彼は堂々と顔を晒していた。
一先ず食事にしようと、二人は喫茶店の屋外客席に座り料理を注文する。
「む、むぅ……思うんですけど、一々こんなの使う必要、あるんですか? 手で摘まんじゃった方が早いじゃないですか」
メアは初めて使うフォークに悪戦苦闘しながら、スパゲッティを食べていた。
スプーンとフォークを使い、何とか麺を絡めて、口に運ぼうとしている。
カチャカチャと音が鳴ってしまうのは、まあ慣れていないので仕方がないだろう。
「手が汚れるだろ」
「舐めればよくないですか?」
「うーん、舐めるのはどうかな? まあ拭えばいいといえば、それもそうだけど」
別にフォークなどを使わずとも、食事はできる。
舐めるのはいささか汚いが、まあ洗うか拭くかすれば良いだけの話だ。
「だがね、マナーってのは基本的に不合理なものなのさ」
「そうですかね?」
「お前だって、いくら熱い場所だからって、服を着る必要がないから脱ごう……って発想にはならないだろ? それに脱いでいるやつがいたら、頭でもイカれてると思うだろ?」
「それも、そうですけど」
理解はしたが納得はしていない。
メアはそんな顔を浮かべていた。
まあアレクサンダーにもそういう時期はあった。
暫く使っていれば、直に慣れる。
アレクサンダーはそう思いながら、丁度近くを通りかかった新聞売りの少年から新聞を購入する。
珈琲を飲みながらそれを読み……
ブゥー!!!!
珈琲を噴き出した。
そして咳込みながら、腹を押さえて笑い始める。
「ひぃ、っひぃ、マジか、マジか! ウケる、やばい、は、腹が、腹が痛い!!」
突如、大笑いし始めたアレクサンダーにメアは怪訝そうな表情を浮かべた。
そんなメアにアレクサンダーは新聞の、ある記事を見せた。
そこにはこう書かれていた。
『リリアーナ・モンテメラーノ氏、研究費横領疑惑で捕まる!? 天才魔導士の裏の顔とは……』
「ば、馬鹿じゃねぇの! 捕まってやんの!! 魔王討伐を終えたらアホ眼鏡は用済み! ……っひぃ、き、鬼畜過ぎ、や、やばい、面白すぎ、あ、あいつ俺を笑い殺す気か、腹がいてぇ」
「……」
メアは思った。
デカイブーメランが刺さってるぞ、と。
その後、アレクサンダーは時折思い出し笑いをしながら……
フロレンティア共和国の中心部へと向かった。
高級住宅街のうちの一つ、一際巨大な屋敷に赴く。
予め手紙を送っておいたこともあり、すんなりと中に通して貰えた。
メアと共に、応接間に通される。
「あ、あの、勇者様。ここって、誰のお宅ですか? 今から誰とお会いするんですか?」
「すぐに分かるよ」
アレクサンダーは笑みを浮かべて言った。
そしてすぐにその人物はやってきた。
それは一人の少女だった。
髪は美しい金髪、肌は雪のように白く、瞳は真紅に輝いている。
容姿は大変整っており、まるで人形のようだ。
年齢は十二、三歳ほどに見える。
しかし……唇の端から僅かに除く牙と、背中の小さな羽が、彼女が人間ではないことを物語っていた。
「やあ、久しぶりだね。アレクサンダー……聞いたよ、帝国に反逆したんだって? 君ならいつかやってくれると思っていたよ。まあ、しかし失敗は間抜けだね。やるからには成功させないとさ」
愉快そうに少女は笑った。
アレクサンダーはメアに言った。
「紹介しよう……アリーチェ・メディシーナ。フロレンティア共和国の執政官様さ」
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