第5話 チンピラ勇者は国民を捕獲する
それからアレクサンダーとメアは、孤児院の地下室に隠されていたアレクサンダーの私財を宝物庫へと送った。
本来ならその後、帰る予定だったが……テレジアが泊まっていくように言ったため、二人はその言葉に甘えて一晩を孤児院で過ごした。
そして子供たちが起きるよりも早い、早朝に起きて出発の準備を整えた。
「では時期を見て、そちらに私も移り住みます。頑張ってください」
「今すぐとは言ってくれないのか?」
「私にも立場がありますので」
テレジアは肩を竦めた。
両親を含め、親族、友人との関係もある上に……孤児院の子供たちもいる。
そう簡単にアレクサンダーのところへはいけないのだ。
「……できれば定期的にこちらの方に来てください。歓迎します」
「ああ、できれば寄らせて貰うよ」
二人は熱いキスを交わした。
それからアレクサンダーはムスっとした顔を浮かべているメアの手を握る。
「取り敢えず、迷宮に戻ろう。転移をよろしく」
「……はい」
少し不機嫌そうにメアは答えた。
そして即座に景色が変わる。
アレクサンダーはメアに言った。
「ところで不機嫌そうだが、どうした? 眠れなかったか?」
「あのですね……隣のベッドでギシギシやられたら、眠れるものも眠れませんよ」
メアはそう言ってアレクサンダーを睨みつけた。
アレクサンダーは無言で肩を竦めた。
それからしばらくして、帝国と王国が本格的に戦火を交えることになった。
王国が魔王討伐の前段階から軍備を整えていたのに対し、帝国は完全に油断し切っていた。
結果、王国が快進撃を続けることになった。
「あれが王国軍ですか……後ろに引き連れているのは奴隷、ですか?」
「ああ、そうだ。略奪品、だな。良くも悪くも奴隷にして本国に持ち去る予定だから、強姦・略奪はしても虐殺はしていない……まあ連中からすれば死んだ方がマシなのかもしれないがね」
アレクサンダーとメアは小高い山の頂上から、望遠鏡というマジックアイテムを使用して、状況を観察していた。
さらに遠方を見ると、迫りくる王国軍から逃れようとする難民・流民の群れが確認できる。
もっとも……女子供を連れた集団と軍隊では、移動速度に差がある。
すぐに追いつかれてしまうだろう。
「帝国軍は迎撃に出ないんですかね? それとも出れない?」
「両方だ。おそらく帝国は今回は守りに徹するつもりなんだろうさ。……ここら一帯の住民は見捨てられた形になるな」
「……良いんでしょうか? そんなことをして」
仮にも軍隊というのは自国民を守るためにあるものだ。
例えそれが建前だとしても……大っぴらに見捨てたら問題があるのでは? とメアは指摘する。
「メア、考えてみろ。すぐ近くに人を奴隷として掻っ攫いにくるような国があるような場所に、好き好んで住みたい奴はいるか?」
「つまり……住みたくて住んでいたわけではない、ということですか?」
「ああ、そうだ。連中は住まわされていたのさ。つまり元々捨て石になる運命だった連中なんだよ。主に帝国最下層の農奴、改宗した異教徒・異端者や流刑にあった犯罪者、その家族や子孫……最悪、連れ去られても問題ない奴が住んでいるんだ」
王国との国境に誰も住まわせない、ということはできない。
王国に土地を奪われてしまう。
だからといって、あまりに危険な場所に臣民を住まわせたくないし……住みたい者もいない。
いざとなった時、守れる保証もない。
だから最悪、切り捨てても問題ない者だけを住まわせる。
それが帝国の政策だ。
「さて、難民共の数はざっと二万、いや三万はいるかな? 丁度いい数じゃないか。あれをゲットしよう」
「一応言っておきますが、あの数を転移させるのはさすがに無理ですよ?」
「分かってるよ……安心しろ。俺が交渉しに行く」
アレクサンダーは笑みを浮かべ、そしてメアに言った。
「まずは難民共のところに行きたい。連れてってくれ」
「はい、分かりました」
「お前ら、随分と湿気た面してるなぁ」
アレクサンダーは難民たちの目の前に現れてから、開幕そう言った。
メアはハラハラした顔でそれを見守る。
「あ、あんたは……誰だ!」
難民たちは護身用と思われる農具を手に持ち、アレクサンダーとメアを取り囲んだ。
メアは思わずアレクサンダーの服を掴む。
「おいおい、殺気立つな。連れが怯えている……俺の顔を見ても、分からないか?」
アレクサンダーがそう言うと……誰かが叫んだ。
「……勇者様じゃないか?」
「勇者様?」
「勇者アレクサンダー!?」
「勇者様だ!!」
「勇者アレクサンダー様が来てくれたぞ!!」
「俺たちを助けに来てくれた!!」
「やった! これで助かる!!」
勝手に盛り上がる難民たち。
メアは小声でアレクサンダーに尋ねる。
「……勇者様は反逆者になってるんですよね?」
「溺れる者は藁をもつかむ、ってやつよ。それに帝国中枢部ならまだしも、こんな辺境の、それも無理矢理紛争地帯に住まわされている連中に愛国心なんぞ、期待する方がおかしいぜ」
アレクサンダーはそう耳打ちしてから……笑顔を浮かべて言った。
「安心しろ……俺が何とかしてやる。取り敢えず、ここで待っていてくれ」
アレクサンダーはそう言ってから、メアの手を握った。
「まずさっきの山に跳んでくれ」
「はい」
再び、山の山頂に戻るアレクサンダーとメア。
そしてアレクサンダーはそこで作戦の概要をメアに伝える。
「随分と力技の交渉ですね……」
「まあ失敗したらトンズラしようぜ」
アレクサンダーはそう言ってメアの手を握った。
そして……
「よーし、今戻ったぜ」
「あの、勇者様……その人は何ですか?」
難民の一人がアレクサンダーに尋ねる。
その人、というのはアレクサンダーの右手に服を掴まれている小太りの青年である。
「王国軍の総司令官、ピエール将軍だ。お前ら、丁重に扱えよ」
アレクサンダーはそう言って難民たちの方にピーター将軍を放り投げた。
っぎゃ! とピエール将軍は悲鳴を上げる。
「お、お前! お前が丁重に扱え! ぼ、僕を誰だと思っている! 僕は……」
「王国軍のお飾り司令官殿だろ? 知ってる、知ってる……おい、何か縄か何かでそいつを縛れ。ああ、絶対に殺すなよ? そいつを殺すと王国は俺とお前らを皆殺しにするまで、引けなくなるからな」
それはお互い不幸になるだけだ。
などと、アレクサンダーは飄々と言った。
メアは苦笑いを浮かべる。
「よくもまあ、成功しましたねぇ……」
「まあこれでも帝国、いや世界最強の男だからな」
アレクサンダーのやったことは単純明快……王国軍に突撃し、一番偉い奴を攫ってきたのだ。
まずメアの転移で王国軍の上空に出現、メアは即座に帰らせる。
混乱状態の王国軍の中を、聖剣一本で駆け抜けて本陣に突撃。
一番偉そうな男の腹を殴り、大人しくさせてから……
マジックアイテムでメアに信号を送る。
明確な座標を確認したメアが即座にアレクサンダーのところまで跳び、アレクサンダーごと男を転移させる。
以上、誘拐成功である。
「さて、今からこいつを交渉材料にお前らを見逃して貰えるように頼んでくる。メア、いざとなったら信号を送るから助けに来てくれ」
「はい」
それからアレクサンダーは王国軍の実質的な司令官と交渉した結果、難民たちを見逃して貰うことに成功した。
もしピエール将軍が死ねば、実質的な司令官の首が物理的に飛ぶことになるからだ。
苦渋の選択を強いられた司令官はアレクサンダーに罵倒を浴びせたが、アレクサンダーは我関せずの態度で……最後にこう言った。
「姫騎士アニエス殿下によろしく言っておいてくれ。じゃあな!」
アレクサンダーはメアを呼び出し、転移で難民たちの元に戻る。
尚、ピエールはまだ人質として預かっている。
逃げ終わったら返しに行く約束なのだ。
アレクサンダーは喚くピエールを殴って気絶させてから、メアに迷宮の牢屋に運ぶように命じた。
そして難民たちに語り掛ける。
「さて、諸君。多分このまま逃げても、君たちに居場所はないだろう。まともな仕事があるとは思えない。このままだと諸君らは飢え死にするだけだ」
難民たちの顔は暗い。
一先ず危機は脱したが、帝国が彼らを助けてくれるとは限らないからだ。
そんな難民たちにアレクサンダーは提案する。
「さて、実は君たちに頼みたいことがある。実は広くて水がたくさんあり、土も良く肥えている場所を知っている。未開拓の土地だが……開拓すれば、君たちは農奴の立場から、一気に土地持ちの自営農民になれる。食糧もある程度、準備してある……どうかな?」
難民たちに選択肢など、元より無い。
だが大切なのは……選ばせることである。
選ばせることで自分でその道を選び、そして故郷への哀愁を忘れさせるのだ。
斯くしてアレクサンダーは三万人の国民を手に入れた。
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