第13話 エルミアナ
取り敢えず、奴隷エルフちゃん編が終わるまでは書きたいと思っています
エルミアナはエルフ族である。
それもただのエルフ族ではない。
エルフにとって信仰の中心である、世界樹を守護する特別な一族、ハイ・エルフである。
多くの他種族たちは、このハイ・エルフをエルフ族に於ける王族であると認識している。
だが実態は微妙に違う。
まず前提として、エルフ族の多くは共和制、もしくは寡頭制を採用しており、王という一人の権力者を持たない。
もし仮に王を持ったとしても、それは選挙王政によって選ばれた一代限りの王であり、当然、王位を世襲する一族、“王族”は存在しない。
また他種族の中にはこのハイ・エルフを世襲の聖職者、神官であると認識する者もいる。
だがこれも異なった認識だ。
確かにハイ・エルフたちは祭祀を取り計らったりする。
しかしそれはハイ・エルフの本来の仕事ではないのだ。
では……ハイ・エルフとは何なのか。
その答えは、実は考えてみれば非常に簡単だ。
ハイ・エルフとは、世襲の庭師である。
無論、ただの庭師ではない。
世界樹専属の庭師である。
世界樹は樹木だ。
樹木最大の敵は人間ではない。
害虫や自然災害である。
“世界樹を守護する”ことには当然、他種族によって切り倒されたり燃やされたり傷つけられたりしないようにするということも含まれるが、それ以上に害虫や自然災害から世界樹を守ることの方が重要なのは当然と言えば当然だろう。
世界樹がちゃんと生育できるように、害虫を駆除したり。
土砂崩れで木が傾くことがないように地面を固めたり。
時には肥料を与えたり。
枝を剪定し、大きく育つように導いたり。
そんな風に世界樹を守り、育てることがハイ・エルフの仕事なのだ。
結果として世界樹の意志を代弁する存在として、政治的・宗教的な指導力を発揮することはあるが、それはあくまで結果論。
まず第一に世界樹を守る。
それがハイ・エルフという存在だ。
さて……数百年前までは大陸の各地にはいくつもの世界樹が生えており、そしてその世界樹一本一本の麓にはハイ・エルフとそれに付き従うエルフたちが住んでいた。
エルフたちは皆が優れた弓兵であり、同時に精霊魔法の使い手である。
森に住まうエルフたちを駆逐することは人間には難しく、そのためエルフの住む森は人間たちから不可侵な扱いを受け、放置されていた。
しかし時代が進むにつれて、人間の魔導技術は上昇し始める。
また人間はクロスボウやマスケット銃などの飛び道具を開発した。
結果としてエルフの精霊魔法や弓は、その軍事的な価値を相対的に低下させた。
無論、それでも森林を根城とするエルフが厄介な存在であることは変わらない。
もし仮にエルフが一致団結していれば、人間はエルフの森を侵すことはできなかっただろう。
……そう、一致団結していれば。
そもそもエルフは非常に排他的な種族である。
それは同族に対しても同じで、各地に散らばる世界樹ごとに集落を作って生活しており、それらが同一の勢力として糾合されたことは一度もない。
侵略されている同胞を救うために援軍を送る……などということをエルフたちは基本的にやらなかった。
結果、小さな集落は尽くが百年のうちに滅ぼされた。
最後には大きな集落がいくつか残るのみ。
大きな集落となれば、やはり攻め落とすのは難しいが……
絡め手を使えば難しくはなかった。
質実剛健な暮らしを美徳とするエルフだが、すべてのエルフがそうであるはずがなく、エルフの中には人間の都市文明に憧れる者も少なくはない。
一部のエルフたちはそんな人間の経済的な利益に魅了され……
そして人間たちを森の中に引き入れた。
人間たちは軍事的・経済的に森を侵略していった。
そして……最後にはカルヴィング王国の北部にある、エルミアナの住んでいた世界樹だけが残ることとなった。
それが今から五十年も前のことである。
最後に残ったエルミアナの集落は、約二十年ほどの間、安寧の時を過ごした。
それは嵐の前の静けさに近いものではあったが……少なくともエルミアナは十二歳になるまで、その平和な集落で世界樹の世話をしながら過ごした。
そして今から三十年前。
ついに王国は重い腰を上げて、最後のエルフ族の集落を取り潰しにかかった。
もっとも、この時王国は帝国と軍事的な緊張状態にあり、その常備軍や諸侯軍を動かすことはできなかったため、王国はある組織に、この軍事侵攻を委託した。
それは当時、落ち目となりかけていた冒険者ギルドである。
丁度、当時の冒険者ギルド長は冒険者ギルドをどうにかして立て直そうと躍起になっており、このエルフの集落を攻めて欲しいという王国からの依頼は渡りに船であった。
手に入れた土地は王国のもの。
その代わり、土地以外のもの……エルフ族の資産や、エルフ族そのものは冒険者ギルドのもの。
そういう取り決めが交わされ、そして冒険者ギルドは冒険者たちや傭兵を使って集落に攻め込んだ。
斯くして最後の世界樹は切り倒され、燃やされた。
そして万を超すエルフが奴隷にされ……
エルミアナもまた、戦利品として冒険者ギルド長の所有物となったのだ。
「……」
エルミアナは無言で注射針を冒険者ギルド長の体に注入する。
エルミアナがエルフとしての技術を使って作った薬品であり、残り少ない冒険者ギルド長の命を引き延ばすためのものだ。
「無様なものですね」
エルミアナは冒険者ギルド長のおむつを取り替える。
彼はもはや自分で自分の生理現象すらもコントロールすることができない。
その命はエルミアナに握られていた。
「冒険者ギルド中興の英雄が、この様とは。……バチが当たったのです」
エルミアナは涎を垂らし、何を考えているのか分からない――おそらく何も考えていない――冒険者ギルド長を睨みつける。
エルミアナの故郷を燃やし尽くし、エルミアナの両親を殺し、そしてエルミアナを犯し、性奴隷にした冒険者ギルド長は、一時的に得た略奪品を元手に冒険者ギルドの財政を立て直した。
そして各地の冒険者ギルドの支部長を粛正し、本部にその権力を集め、あらゆる経営の合理化とコストカットを図ることで見事に冒険者ギルドの力を少しだけだが取り戻すことに成功した。
無論、現在の“主権国家体制”時代の流れから逆行することはできない。
しかしそれでも、いやだからこそ、ボーダーフリーの組織として冒険者ギルドの価値を高めることで、生き残りを図ったのだ。
エルミアナからすれば百回殺しても足りない極悪人ではあるが……
冒険者ギルドからすればまさに英雄だっただろう。
そう、十年間の間は。
エルミアナの集落を滅ぼしてから十年後、冒険者ギルドの立て直しに成功した冒険者ギルド長は、疑心暗鬼に陥った。
権力を自らに集中させ過ぎたのだ。
その権力に囚われ、溺れ、そして誰かが自分を追い落とし、殺そうとしているのではないかという妄想に駆られた。
冒険者ギルド長は疑わしいと思った幹部を次々と粛正していった。
しかしいくら粛正しても、キリがない。
誰も彼もが疑わしく思えてくる。
結果……皮肉なことに冒険者ギルド長が唯一信用できたのは、“服従の首輪”という道具で縛り付けた性奴隷のエルミアナただ一人であった。
“服従の首輪”で縛り付けられているエルミアナは、この両親の仇の命令に逆らうことはできなかった。
エルミアナは冒険者ギルド長の補佐をすることとなり、その粛正に協力した。
気付けばエルミアナは冒険者ギルドのナンバー2になっていた。
そして……今、現在。
冒険者ギルド長は病に倒れ、自らの意志を示すことすらできない。
完全なエルミアナの傀儡だ。
つまり、今の冒険者ギルドのトップはエルミアナである。
「できるだけ、苦しんでくださいね」
エルミアナは冒険者ギルド長に向かって微笑んで言った。
エルミアナはかつて掛けられた命令のため、冒険者ギルド長を殺すことができない。
だからひたすら延命を続ける。
彼にとって、この延命こそが最大の拷問になるとエルミアナは確信していた。
「……そして、できるだけ長生きしてください」
エルミアナが冒険者ギルド長を殺せない。
それは命令に縛られているということもあるが……もう一つ大きな理由があった。
エルミアナは冒険者ギルドで恨まれているのだ。
それも冒険者ギルド長以上に。
多くの者はエルミアナが、私利私欲で冒険者ギルド長を誑かし、その権力を強奪したと思っている。
無論、エルミアナは好きで権力を得たわけでもないのだが……
冒険者ギルドとしては、大英雄が疑心暗鬼に囚われて大粛清を行ったという筋書きよりも、エルミアナという下等種族の性奴隷に誑かされ、騙されたという筋書きの方が都合が良いのだ。
今は冒険者ギルド長の権力を笠に着ることでエルミアナは自分の身を守ることができている。
しかし、もし冒険者ギルド長が死ねば……
「……死にたくない」
エルミアナは両手をギュッと握りしめた。
その手の中には、唯一この大陸で残された、世界樹の種が握られていた。
新作、というか、新しい内政チート系の話を書きました
都市作り? が主となっています
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