第4話 チンピラ勇者と○女は密会する
「あの、勇者様。戦争が発生するのはともかくとして……絶対に難民が発生するなんていう根拠はあるんですか?」
「うん? そりゃあ発生するさ。略奪と強姦は戦争の醍醐味だからな。それを目当てで参加している奴が多い。……国王や将軍がいくらやらせたくなくても発生するさ」
兵士たちにとっては貴重な収入源である。
起こらないわけがない、とアレクサンダーは断言した。
「まあでも、それ以前に……王国と帝国の戦争、ということもあるけどな」
「……どういうことでしょうか?」
メアは首を傾げた。
王国と帝国、という国名は知ってはいるが両国がどんな国なのか、メアは知らないのだ。
「うーん、まず両国の国名から説明してやるか。王国の正式名称はカルヴィング王国。カルヴィング人っていう、人族が主体だ。宗教は多神教である女神教だな」
「カルヴィング人しかいない、ということですか?」
「ああ。そういうことになっている。正確に言えば……カルヴィング人以外は人間扱いされてない、ってのが正しいがな」
カルヴィング人でないのであれば、人族であろうとエルフであろうとドワーフであろうと……
下層民として扱われる。
「まあ割と細かい階層があるらしいんだが……六割の人口を占めるカルヴィング人が支配階層で、それ以外が被支配階層ってのが王国だな。そしてあの国は奴隷制度がある。カルヴィング人を奴隷にするのは禁じられているが、それ以外なら奴隷にしても良い。王国軍に捕まれば十中八九、奴隷にされる。帝国人は逃げるだろうさ」
「つまり王国は悪い国、ということですか? 帝国の方が良いという認識で良いんでしょうか?」
メアの質問にアレクサンダーは肩を竦めた。
「まあカルヴィング人じゃない、俺たちにしてみれば帝国の方が住みやすいと思うぞ。もっとも……今の俺は帝国では極悪非道の犯罪者らしいけど」
アレクサンダーは王国では暮らせない。
そして帝国でも暮らせなくなったのだ。
「帝国の説明だが……帝国の正式名称は、神聖帝国だ。多民族国家で、名目上は差別もない。全ての人間は平等とされている。建前上はな……実際には貧富の差も激しいし、身分の差別もある。それに……ここで言う人間に含まれるのは、神聖帝国の国教である神聖教という一神教の信者だけだけどな」
神聖教では神は唯一とされ、それ以外の存在を『神』と呼び、崇めるのは禁じられている。
つまり帝国にとって、王国の女神教は迷信であり邪教である。
「異教徒や異端者は奴隷にしても良い。それが神聖帝国の、現在主流となっている考えだ。だから帝国軍に王国人が捕まれば、女神教徒の王国人は奴隷にされる。と、まあ根本的にこの二国は相性が悪いんだわ。ここ十年、戦争が無かったことが不思議な程度にはな」
尚、一応アレクサンダーは神聖教徒である。
神聖教徒として洗礼は受けたし、近所付き合いの一環として教会にも行っていた。
もっとも『一応』ではあるが。
先祖代々、神聖教徒だから自分も神聖教徒であり、神聖教徒であることに疑問を感じたことはない。
近所付き合いは必要だし、お祭りは楽しいから神聖教のイベントにはちゃんと出席する。
道徳教育として神聖教の教義を叩きこまれているから、価値判断の基準は神聖教。
そして唯一の神を批判されれば、腹が立つ。
但し、そこまで熱心でもなく、異教徒や異端者を人間扱いしないほどはのめり込めない。
神を批判した人間を殺そうとまでは思えない。
だからといって、異教徒や異端者のために奴隷制度を廃止しようと思い、活動するほど異教徒や異端者に対して同情的にもならない。
アレクサンダーを含め、帝国人の大部分はこのような層である。
「へぇ……どっちもどっち、ですね。ちなみに勇者様はどんな国にするつもりですか?」
「そりゃあ、多民族多宗教多文化国家よ。人を選んでられるほどの余裕はないからな」
細かいことは後で考えるつもりである。
何なら宗教を一から作っても良い。預言者アレクサンダーの爆誕だ。
「ところでメア、お前の瞬間移動ってのは行ったことのある場所にしか、いけないのか?」
「……目に見える範囲、もしくは正確な座標が分かれば可能です。でもそれ以外は正直、かなり危険なのでやりたくないのが本音です」
「じゃあもう一つ、何度も移動をすると疲れるか?」
「それは……まあ、そうですね。それなりに疲弊します」
アレクサンダーは顎に手を当てて考え……
「よし、分かった。明日から活動を開始しよう。今日はもう、遅い。だから……」
アレクサンダーは立ち上がっていった。
「そろそろ俺の財産の回収をしよう」
深夜、二人は帝都の夜道を歩いていた。
帝都は夜間外出禁止だが……まさか昼間からアレクサンダーの財産を回収するわけにはいかない。
「すまんなぁ……メア。成長期なのに夜更かしさせて」
「いえ、構いません。あと私の胸を見ながら言わないでください」
「俺は控え目も好きだぜ」
「私は何も言ってませんが……」
などと軽口を叩きながら、二人がまず向かったのはアレクサンダーの屋敷である。
『元』屋敷が正確には正しいが。
警備兵を殴って昏倒させ、屋敷の奥へと進む。
「ほう……家具は諦めてたが、殆ど手付かずだな。これは幸いだ……メア、家具を片っ端から宝物庫に跳ばしてくれ」
「了解です」
メアは次々と家具を宝物庫に送り込む。
最後にアレクサンダーは屋敷の床のある場所をひっぺ剥がす。
そして隠し扉の鍵を開け、中に入った。
「うわぁ……凄いですね。これ、全部勇者様が集めたんですか?」
「ああ、俺の自慢のコレクションだ」
そこには大量の芸術品や白金貨・金貨・宝石が隠されていた。
彫刻、絵画、陶器、古書、楽器、刀剣など……種類は様々である。
メアはアレクサンダーの命令で、それらも全て宝物庫に送り込む。
「さて、次の隠し場所に向かおう」
アレクサンダーはそう言って屋敷を後にした。
次に二人が向かったのは……帝都の外れにある、孤児院であった。
「……どうして孤児院なんかに?」
「俺の知り合いが経営しているんだ。そいつに財産の一部の管理を任せてたんだよ。まあその代わり、寄付をせびられたがな」
アレクサンダーはそう言って孤児院のドアベルを鳴らす。
出てきたのは銀髪翠眼の少女だった。
「こんな夜更けにどちら様ですか? 常識がありませんね」
「勇者様だ」
アレクサンダーはそう言って眼鏡を外す。
変身の魔法が解けて、アレクサンダーの素顔が露わになった。
「ちょっと、勇者様! い、いくら何でもいきなり……」
メアはアレクサンダーを咎める。
しかし少女は一瞬、驚いたような表情を浮かべたが……ドアを開いて手招きした。
アレクサンダーは平然と少女の招きに応じ、中に入る。
メアは戸惑った表情を浮かべながらも、警戒しながら後に続いた。
そして応接間に辿り着く。
「子供たちは寝ているか?」
「ええ、ぐっすり」
「そいつは良かった」
そう言うとアレクサンダーは少女を引き寄せた。
少女もアレクサンダーに体重を預け……接吻を交わした。
「と、突然何をしているんですか!」
メアは顔を真っ赤にした。
二人の唾液が絡み合う音と、吐息が静かな孤児院に響く。
一分ほどして、二人はようやく離れた。
アレクサンダーは笑みを浮かべて言った。
「久しぶりだな、聖女様」
聖女―テレジアは上気した顔で頷いた。
「子供たちが焼いたクッキーです。まあ舌の肥えているあなたの口に合うかは、分かりませんが」
「料理の味は大切だが、それ以上に大切なのは作った者の気持ち……って俺は聞いたぞ。ありがたく貰おう」
アレクサンダーはテレジアの出したクッキーを食べ、紅茶を飲む。
メアはおどおどと困惑した表情を浮かべていたが……
アレクサンダーはそんなメアの口の中にクッキーを放り込んだ。
メアの目が蕩ける……が、すぐに我に返る。
「クッキーなんて、食べている場合じゃないです! ど、どういうことですか? せ、聖女様は勇者様の討伐に加わったって、新聞に書いてありましたよ!」
「私にも立場というものがありますからね。ところでこの子は何ですか?」
テレジアはアレクサンダーに尋ねた。
「うーん、簡単に説明すると……かくかくしかじか、こんな感じだ」
「なるほど、かくかくしかじかですね」
「……あの、『かくかくしかじか』という言葉は万能ではないので、それだけでは何一つ伝わらないと思うんですけど」
メアがそう突っ込むと、二人は揃って肩を竦めた。
「「ジョークだ(です)」」
その後、アレクサンダーは「かくかくしかじか」ではなく、しっかりと事情を説明した。
テレジアはなるほど、と頷く。
「用件はあなたの財産の移送、ですか。しかし瞬間移動魔法とは、便利なものですね。ところで勇者」
「何だ?」
「……好きなんですか? 奴隷」
翡翠色の瞳でテレジアはアレクサンダーを見つめる。
「どういう意味だ?」
「……いえ、深い意味はありません」
テレジアは目を逸らした。
そんな二人に対し、次は聞くのは自分の番だと言わんばかりにメアは身を乗り出した。
「あの、結局……聖女様は味方なんですか?」
「はい。安心してください……私は勇者が反逆罪を犯した程度では、勇者と敵対することはありませんから」
テレジアは断言した。
アレクサンダーは苦笑いを浮かべる。
「そもそも冤罪だけどな」
「別にこんなところでも演技をする必要はないですよ。ここにあなたの敵はいません」
「……?」
「……?」
二人は揃って首を傾げた。
そしてアレクサンダーは尋ねる。
「……お前、もしかして俺が本気で反逆罪を犯したと思っているのか?」
「違うんですか? あなたならやりそうだと思ってたのですが」
「やらんわ! 何でそう思ったんだ!」
「だって顔が……」
「人を人相で判断するな!!」
お前は信じてくれていると思っていたのに。
心外だ! とアレクサンダーは怒る。
テレジアはそんなアレクサンダーに笑みを浮かべて言った。
「安心してください、勇者。私は……たとえあなたが強姦殺人事件を犯してもあなたの味方です」
「犯さんわ!」
「まあ証言台に立たされれば、嘘を言うわけにもいかないので『いつかやるって言ってました』と言いますが」
「言ってねえよ! というか、何だよ、言ってましたって。普通はやると思ってました、だろ!」
「大差はありません」
「大ありだ!」
そんな仲良さげな雰囲気の二人を見て、メアは少しいたたまれない気持ちになった。
同時に胸にモヤモヤとしたものが広がる。
「あの……テレジアさんは聖職者なんですよね? それも聖女でしょう? 良いんですか?」
「そもそも私、聖女なんて名乗った覚えありませんし」
勝手に帝国が呼んでいるだけです。
とテレジアは答える。
「代々聖職者の家系なので、そのレールに従って何も考えずに聖職者になったら、たまたま聖職者の中で一番強く、容姿も良かったことが理由で、魔王討伐チームの一人に選ばれ、何か知らないうちに聖女と呼ばれていた感じですね」
「……信仰心とか、ないんですか? というか、無くてもなれるんですか?」
「信仰心を測るマジックアイテムなんて、存在しませんからねー」
つまりなれちゃうのだ。
それなりに頭が良く、そしてコネがあれば。
メアの中の聖女像が音を立てて崩れ落ちる。
「……あの、ところで勇者様に協力している理由は何でしょうか?」
メアが一番気になっていることを尋ねる。
仮にも反逆罪で逃亡中の男だ。接触して、こうやって話し合うだけでも危険なはず。
それだけでなく、その財産まで隠しているとなれば……もしこのことが知られたら大変なことになるだろう。
それをするだけの理由が何か、あるはずだ。
真剣な表情のメアに対し、テレジアもまた真剣な顔で答えた。
「簡潔に答えますと……」
「答えると?」
「お〇ん〇んが大きかったからですね」
「……」
「ジョークですよ」
「……」
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