第10話 チンピラ勇者はプールで遊ぶ
「うん、素晴らしい……素晴らしいよ、アレクサンダー」
「気に入ってくれたか?」
「ああ、気に入った」
プカプカと浮き輪に浮かびながらアリーチェは上機嫌に言った。
ここは迷宮第十階層『大海原』である。
そこのとある島に新設されたリゾート施設、海水プールだ。
海から海水を建物の中に汲みあげる。
そして迷宮内部の魔力を流用し、水温と気温を一定以上に保つ。
冬でも利用できることが強みだ。
「太陽がないというのは実に良いね」
アリーチェは魔力で動く照明を眩しそうに見上げながら呟いた。
吸血鬼であるアリーチェが太陽の下で海水浴などすれば大火傷をしてしまうが、魔力で人工的に作られた柔らかい光ならばさほど問題はない。
「ん……」
「もういいのか?」
「他の施設も体験したい。案内してくれたまえ」
アリーチェはそう言うと浮き輪から降りた。
水深はアリーチェの胸元より少し下程度なので、泳げないアリーチェでも溺れることはない。
だが……
「リードしてくれたまえ」
「はいはい」
アレクサンダーはアリーチェの手を取り、水の中を歩き始める。
しばらく進むと……
「うわぁ!」
アレクサンダーは声を上げた。
足に変な、柔らかい感触を感じたからだ。
下を見ると……少女が一人沈んでいた。
ブクブクと泡が立ち、少女が水の中から立ち上がる。
「……」
「フィーアか……お願いだから、水の中に気配を断ちながら沈み続けるのはやめてくれ」
「……」
こくり、とフィーアは頷く。
「フィーア君は水に沈んで、何をしていたんだい?」
アリーチェが尋ねると、フィーアは天上を指さした。
そこには魔導具の照明があった。
「通訳してくれ、アレクサンダー」
「多分だが、水中から見上げた照明が綺麗だった……とか、そんな感じじゃないか?」
アレクサンダーは確認も兼ねてフィーアを見た。
フィーアは小さく頷いた。
どうやら正解だったようだ。
「はぁ……相変わらず不思議ちゃんだね、まるで理解できない」
「フィーアが変なのはむしろ変じゃないから問題ないさ。フィーア、俺たちはプールから上がるが……お前も来るか?」
「……」
フィーアは小さく頷いた。
アレクサンダーはフィーアを伴ってプールサイドに上がる。
「あ、アレクサンダー。何しているの?」
「二人に別の施設を案内しようかと……お前は?」
「泳いだから、休憩中」
ビーチチェアに寝転がっていたルーツィアはそう言いながら起き上がる。
「休憩はもういいのか?」
「うん、私もついていく」
アレクサンダーはアリーチェ、フィーア、ルーツィアの三人を引き連れて別のプールへと向かった。
「湯気が出ているけど……これはプールかい?」
「いや、プールじゃなくて温泉だ」
アレクサンダーはそう言って温泉の中に身を沈めた。
続けて三人も温泉に入る。
「うーん、この温泉は混浴ってことになるのかな? 背徳的だねぇ……」
「混浴だが、水着着用が原則だぞ」
「それは分かっているさ」
王国にも帝国にも都市国家同盟にも。
公共の場で裸になるという文化は存在しない。
男女共同となれば、尚更だ。
「シュワシュワして面白い。炭酸泉?」
「多分な。俺も詳しくはないが」
「そう……まあ、儲かればそれで良い」
などと言いながらも、ルーツィアは温泉をバシャバシャと叩き、温泉の泡で遊び始める。
そういうところは子供っぽい。
「フィーア、お前はどうだ?」
「……」
「そうか、楽しんでくれているみたいで良かったよ」
わずかな表情の変化から、一応楽しんでいるのだろうとアレクサンダーは推測する。
特に反論もない様子なので、実際に楽しんでいるのだろう。
(さて……それにしても、三人の水着を見るのは初めてだな)
温泉に浸かりながらアレクサンダーは値踏みを始めた。
まずはアリーチェ。
水着は金髪に良く映える、黒いビキニだ。
アリーチェの胸はさほど大きくはないが……滅多に肌を外に出さない彼女が、大きく露出をしている様を見るのは中々新鮮で、色気がある。
次にルーツィア。
まだまだ年齢的にも精神的にも幼いルーツィアだが、本人は自分のことを大人だと思っているらしく、ビキニを着ていた。
自分のテーマカラーである青緑色と白のボーダー水着だ。
もっとも、やはり顔立ちが幼いこともあり……美しいというよりは、可愛らしいという感じがする。
最後にフィーア。
フィーアは小柄で、見た目の上では十歳から十二歳程度にしか見えない。
そして彼女自身、水着には全く拘りがないらしい。
そこでアレクサンダーは悪ふざけで「ふぃーあ」と名札のついたスクール水着を着せたのだが……
少々犯罪臭のする姿になってしまった。
(色気という意味合いではアリーチェがトップ。可愛らしさではルーツィア。危なっかしいのはフィーアという感じだな。うん、どれも捨てがたい……)
もっともこの中でアレクサンダーが手を出しても問題ないのはアリーチェだけだ。
ルーツィアは彼女の祖父から釘を刺されており、フィーアはどう口説けばいいのか分からない。
「しかし……運動して、加えて温泉に入ると暑いね。汗を掻いてしまう……その辺の対策とかって、あるかい?」
「無論だとも」
そう言ってアレクサンダーはどこからともなく鈴を取り出し、それを大きく鳴らした。
すると……
「は、はい……ご、ご注文をお伺いに参りました……」
恥ずかしそうに顔を赤らめた少女がやってきた。
白いビキニの上にエプロンという、少々倒錯的な恰好をしている。
エプロンにビキニが見え隠れするのが、まるでスカートの下からショーツが見えているように錯覚するようで、両手でエプロンを押さえて恥ずかしそうにしている。
「メア、五人分の飲み物を用意してくれ」
「は、はい」
メアは頷くと早足でプールサイドを掛けていく。
そんなメアの後ろ姿を見送りながらアリーチェはアレクサンダーに問いかけた。
「あれは何だい?」
「水着エプロンの女の子に接客させようと思って。あ、当然だがメアは接客しないぞ? あれは俺がやらせているだけだ」
「酷い主人だね」
「服従の首輪は使用していないからな? なんだかんだで、あいつも受け入れているのさ」
そんなやり取りをしていると、人数分のジュースをメアが運んできた。
メアは四人にジュースを配る。
「えっと……この最後の一つは?」
「お前もエプロンを外して、入れ。一緒に飲もう」
「あ、はい……ではお言葉に甘えて」
嬉しそうにメアは微笑み、風呂に入った。
そしてジュースのストローに口をつける。
「おいしいね、これ。ところでゴミとかはどうするんだい? それに中身がこぼれる恐れもあるわけだが」
飲みながらアリーチェがアレクサンダーに尋ねる。
「当たり前だが、実際には温泉の中で飲み物を飲ませるようなことはしない。ちゃーんと、テーブルで飲んでもらうさ。というか、この施設を利用するであろうお貴族様はそんな行儀の悪いこと、できないだろう」
「確かにそれもそうだ。安心したよ……だけど、こうやって温泉の中で飲み物を飲めるのは悪くない。何とかならないかね?」
「無理だろう……こぼす奴とポイ捨てするやつがいる」
「そうかい、それは残念だね」
ジュルジュルと音を立ててアリーチェはジュースを飲む。
「他にどんな施設がある?」
「滑り台とか、あとサウナもあるな」
「へぇ……それは楽しみだね。うん、思ったよりも本格的じゃないか。少なくとも私は通いたいね」
「それは嬉しい。是非とも宣伝してくれ」
「うん、国に帰ったらお勧めしておくよ」
フロレンティア共和国の執政官様からのお墨付きを得ることに成功したアレクサンダーは、お湯の中で体の力を抜いた。
「さて……観光地は問題ない。あとはエルフだけだな、エルフ」
「吸血鬼じゃダメかい?」
「両方欲しいなぁ……」
「君は贅沢だね」
まだ水着になってなかった勢の水着回でした